ファンタジー小説「タイトル未定」

 初めて魔導書に出会ったのは、まだ両親が生きていた頃のことだ。
 両親は色んな土地を飛び回って貴重な品や珍しい品を集め、好事家に売りつけて生計を立てていた。たまに自分が気に入ったものや買い手がつかなかったものは手元に残した。家はいつもよくわからない物品で一杯だった。
 一度旅に出ると帰ってくるまでの時間はまちまちで、次の日に帰ってくることもあれば、暦が一周しても帰ってこないこともあった。ただ、いつも家に居ないことを気にしてか、帰ってくると暫くの間旅には行かず、オレと一緒に過ごしてくれた。収集してきた宝の山も説明してくれた。オレには何がなんだかさっぱりだったが、両親がニコニコと嬉しそうにしていたので、オレも一緒に笑ってた。
 ある日、両親はまた旅に出た。今度は失われた王国に行くとか言っていた。暦が二周するかどうかくらいで、やっと帰ってきた。ボロボロの荷馬車から降りて、開口一番、
「今回は大漁だぞ!」
 とどでかい声で言った。オレに一言かけるよりも前にそんなことを言うもんだから、俺の面倒を見てくれていたおばさんも呆れていた。それでもオレは構わなかった。今まで以上に両親がニコニコ笑っていたから。
 そうして皆で家に帰って、両親は戦利品を家に運び入れた。保管庫はすぐに一杯になり、生活スペースにも物が溢れた。誰かが買っていってくれるまでの辛抱だ。
 オレがなんとはなしに戦利品の山を見ていると、父親がオレを呼び出した。父親が待つ部屋に行くと、にやけ面でオレを待っていた。
「今回のお宝はなあ、こんなもんじゃあ無いんだぞ」
 手に持っていたこれまた年代物の革袋の中に手を入れ、「何だと思う?」と訊ねてきた。
 また始まった。とっておきの物品を見つけてくると、とにかく紹介したくてたまらないらしく、ほとんど家に帰ってきた姿のままオレを呼びつけ自慢の品について熱く語ることが常だった。母親のように荷物を仕舞ったらとっとと体を綺麗にしてくればいいのに。
 独特の体臭が鼻につき、オレは反射的に顔をしかめた。しかし父親はお構いなしで、オレを隣に座らせ革袋の中身を見せた。
 恭しく取り出されたものは、四角い形をした厚みのあるものだった。確か、似たようなものを教会の先生が持っていた気がする。
「……本?」
「お、よく分かったなあ。今までのと大分形が違うのに」
 今までの戦利品の中にも本はあった。ただ、大体がボロボロで、迂闊に触ったらボロボロになってしまいそうなものばかりだった。
 ところが、この本は少し埃臭くはあるが、状態は先生が持っていたものと遜色ないくらい綺麗だった。綺麗な状態の本を見たことが無かったら、多分記憶と結びつかなかっただろう。
 表紙に何か書かれていることに気付き、読んでみようとしたが、何だか分からなかった。見たことも無い文字だった。何が書かれているのだろう。オレは初めて戦利品に興味が出た。
「本、触ってもいい?」
「お、いいぞ! 大事に扱ってくれな」
 思えば、自分から戦利品に対して何かするのは初めてだった。自分から知ろうとすることすら無かったかもしれない。父親は眦の皺を下げて、オレに本を手渡した。
 俺は両手でそれを受け取り、まじまじと本を眺めた。青みがかった黒色の装丁は、革のような質感だったが、今まで触ったことのない手触りだった。裏表紙、背表紙には何も書いておらず、表紙にだけ不可思議な文字が書かれている。表紙に直接掘りつけたのか、文字の部分だけ少し凹んでいた。
 オレは恐る恐る本を開いてみた。劣化によりページがくっついているかと思いきや、不思議なほど綺麗に開けた。
 中の紙は驚く程白く、サラサラと滑りが良かった。オレの知っている紙というのは妙に硬かったりごわごわしていたりしているものだったから、衝撃的だった。幼心に、これは質の違うものなのだろうなということが分かった。
 ペラペラとページを捲ってみると、真っ白い何も書かれいないページや、表紙の文字に似た不可思議な文字がずらりと並ぶページ、それから見たことも無い図が描かれているページなど、様々なページがあった。何も理解出来なかったが、オレは本から目が離せなかった。
「それは魔導書っていうんだ」
 夢中になっているオレに、父親が静かに話し始めた。
「ずうっと昔に作られた、魔法の本。魔女や魔法使いが得た知識が記されている本のことで、今の俺たちにゃ理解出来んシロモノだが……面白いか?」
「うん」
 オレはすぐに頷いた。頷いてから、自分で驚いた。
 書いた人も、いつ書かれたかも、何が書いてあるかも、何も分からない。それなのに、何を面白いと思ったのか、当時を振り返ってみても分からない。
 それでもオレは、この分からないことだらけの書を、いつか分かるようになりたいと思った。
 結局母親が帰ってきてからもオレは魔導書を読み続け、いつの間にか魔導書はオレのものということになっていた。誕生日も近かったから、その贈り物として。
 それからまた二人が旅に出るまで、オレは毎日魔導書を読んだ。教会に勉強をしに行くときも、近所の人の手伝いをするときも、ずっと肌身離さず持っていた。そのうちに、似たような文字列が何度も繰り返されていることに気付いた。それを両親に報告すると、二人とも目を丸くしていた。父親は特に大喜びで、「また魔導書探しに行くとするか!」なんて豪快に笑っていた。
 それから二人はまた旅に出た。魔導書が存在するという噂のある遺跡に向けて。遠い土地にあるから、今まで以上に帰りが遅くなるかもしれないと言っていた。オレは了承して、二人を送り出した。
 暦が一周した。二人は帰ってこなかった。オレは体を鍛え始めた。
 暦がもう一周した。二人は帰ってこなかった。おばさんに悪いから、オレは三人で暮らしていた家で一人暮らすことにした。
 暦がもう一周した。二人は帰ってこなかった。二人の残したお宝は、少しずつ売ってしまうことにした。帰ってきたら謝ろう。
 暦がもう一周した。二人は帰ってこなかった。オレは教会の仕事を手伝う代わりに、もっと高度な勉強を教えて貰えることになった。
 暦がもう一周した。二人は帰ってこなかった。先生が驚くくらいのスピードで、俺は知識を吸収した。魔導書の構成は、八割方理解してしまった。
 暦がもう一周した。
 二人は帰ってこなかった。
 オレは、旅に出ることにした。旅に出るには知識と体力、精神力、軍資金、そして腕っぷしの強さが必要らしい。酒を飲むたび管を巻く父親に対し、母親は「全部あたしが助けたんじゃないか!」とふくれながらも笑っていた。
 二人には遠く及ばないかもしれないけれど、もう、一人で待つのはたくさんだ。
 お世話になった人達に挨拶をして、オレは町を後にした。
 勿論、あの魔導書も一緒だ。風の噂によれば、近くに魔導書があると共鳴を起こし、場所を教えてくれるらしい。きっと魔導書探しの役に立ってくれることだろう。
 尤も、そんな機能が無くたって、オレはこいつを連れて行くつもりだったが。
『トレジャーハント』:になんて興味が無いと思っていたが、どうやら血は争えないらしい。
 オレは魔導書が眠るという土地に向けて歩き始めた。
 力強く大地を踏みしめる感触に、心を躍らせながら。



 今後これの続きを書くか、それともまったく別の話を書くかは未定。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?