眠れぬ夜のMidnight note「死ぬ宣言が怖くて」
わたしはそこそこに人の死と対面してきた。
と言っても、とても身近な大親友が亡くなったという事は無いので軽い方とは思う。
知り合いの死について、いくつか選び書きました。苦手な方はバックしてくださいませね。
フェイクありです。
中学の頃、友達が自殺すると言った。
本気だったのかわたしを試していたのか分からない。ただ、日時と場所を指定した。●●マンションの屋上から、と。
家庭が複雑な子だった。学校でも特定の誰かに対して、嫌な思いをしているようだった。
わたしは泣きながら必死にとめた。自殺はやめてくれたけど、わたしはその「特定の誰か」と話せなくなった。わたしはその人好きだったんだけど。
でも、その子が死ななくてよかったと思った。
「死んだら悲しい」と「死んだらわたしのせいだ」という気持ちが混ざってた。
高校の時、同じ学年のほとんど関わり合いの無い子が亡くなった。
クラスも被ったことがないから、どんな子だか知らない。存在と名前を知っていたのは、他クラス合同の体育の授業でだった。
ある朝学年で体育館に集められ、校長先生から聞かされた。夏休み明けのことだった。濁した言い方に感じたのは事故や病気ではなく、自ら死をえらんだのだろうと推測。
関わりがなかったからどんな人か知らない。もちろん卒アルにはいないから、もうハッキリと名前も思い出せない。大人しそうで可愛らしい子だった。体育の授業で1回テニスをした気がする。そんな薄いつながり。
それなのに、次の体育の授業から彼女がいないのがとても悲しかった。
なんでだろう。こんな、繋がりもない人が悲しんでたら本人の近しい人達に失礼だと思って、誰にも言わなかったけど、何故か涙が出た。ほとんど他人なのだから偽善の涙だろう。
それでも体育の授業でもっと関わっておけばよかった。もしかしたら知らないだけで他クラスでいじめがあったのかな。家庭の事情かも知れない。
その子の死は、当時のわたしには衝撃的だった。
次は、共通の趣味の友達。
わたしは東方Projectの二次創作カードゲームにハマっていた。それ繋がりで知り合った同い年の男性。
Skypeのグループで知り合い、Twitterで繋がり、住んでるところが近くて会ったりもした。当時はネットで知り合った人と会うのはあまり良く思われてなかった時だし、緊張した。
いい友達だった。冗談かも知れないけど、わたしのことを好きだとも言ってくれたこともある。お断りしてしまったけど。
カードゲームで遊んだりもしたし、小説を書く人だったから、一緒にコミケに参加したり、他のイベントで隣合うスペースにしたり。彼の本にゲストでイラスト書いたりもした。
いつだかの二月、やばいほどの大雪が降った次の日に地元でカラオケしたのは楽しかったな。
そんな彼とはほとんど喧嘩別れだった。
突然、怒った感じでメッセージ。「お前大学の●●でカードゲームするなら静かにしろ」と。
わたしと大学が同じ方が「カードゲーム勢のマナーが悪い」とツイートをしていた。それはそう思う。共有スペースでかなりうるさい方々もいた。
それに対し彼が「女もいましたか」と聞く。ツイ主が肯定すると「それ俺の知り合いなので注意します」とリプをしていた。
わたしはその場所(●●)でカードゲームしていないし、そこに女性はいたけど自分ではない。
当時のわたしはそうやって一方的に決めつけられてかなり怒った。(今となれば、わたし、そこまで怒らなくてもと思う。それより前にも色々あって、溜まっていたのはある)
それで、一方的に絶縁した。ブロック→ブロック解除。
本人はしばらくしてからフォローしてきた。ブロック→ブロック解除で対応した。たまにリプもきた。無視した。リプを返したこともある。そのあとフォローは返さなかった。
イベントのスペースで見かけたけどスルーした。相手も気づいていなかった。
わたしは存在を忘れていた。
そのあとは普通に生活してて、お互い別の道を歩んでいた。
わたしが彼の死を知ったのは彼が亡くなってから数ヶ月経った時の事だった。
自分が参加するイベントで、そういえば彼もまたサークル参加するだろうかと思って名前でTwitterを検索した。
彼は「さようなら」という最期のツイートをしていた。
決してTwitter引退ではない。他の人のツイートを見ると本当に亡くなったとのこと。
ツイートを遡ったがすごく病んでる様子はなかった。原因は全然分からない。
ああ、これも自殺。
一時期かなり仲が良く、その後悪くなってしまった(わたしだけが嫌っていた)人の死。
高校の同級生の時より重くのしかかった。後悔しかない。
許してあげられなくて、ごめんなさい。
彼は「銀猫は意地っ張りだからなww」と言ってくれるかな。
今も残るpixiv、Twitter、会話履歴、わたしの部屋にある彼の同人誌。見る度に辛い。でも、消さない、捨てない。リア友ではなかったからそんなに思い出がない。だからわたしにとっては、それらだけが彼かが生きてた証のような気がして。
こんな後悔は二度としたくない。
他にもあった。
優しくしてくれた部活の先輩は、社会に出たあと亡くなってしまった。お仕事の関係かなと思う。卒業後関わりがなかったけど、知った時は涙が出た。
現実が辛くて辛くてマンションのベランダから飛び降りた子もいた。助かったけど、二度と消えない傷が心にも身体にも残った。
人の死に触れるのが怖い。
「死にたい」というツイート見るのはまだ平気。
中学の友達のように「死ぬから」「今から死ぬね」と宣言されるのが本当に怖い。周りの人から見たら「死ぬわけねーだろww」という感じかも知れない。
それでも、もし死んだらその人は帰ってこない。
わたしはカードゲームで知り合った彼の死のように後悔を抱き続けるのだ。
それで過ちを犯した。
「もう死ぬね」
「あの橋から飛び降りる」
「これから死にます」
「今包丁取り出したよ」
「死ぬ」
「本当に死ぬから」
ガラケーの画面に映された、中学の友達の「屋上から飛び降りるね」のメール。
それだけでも恐怖なのに。
LINEが当たり前の現代。そんな文章を連続で縦並びに送られて。
Q. そんなことされたら、どうなるか
A. こうなる
その人のことは普通に好きだった。人望もある人だなと思ってたし、その人がもし死んだらたくさんの人が哀しむ。自分も。
だから死んで欲しくなかった。
死なないでと何回言ったかな。生きて、お願い、お願いします、と。何度も。
「わたしに出来ることがあれば何でもするから」
そう言った。
だから可能な限り、何でもした。自分を犠牲にした。それが相手を救う手段なのだと言い聞かせてた。
そう言われてわたしがしたことは、多分周りにはあまりよく思われないことだ。その間は心も体もボロボロになった。その上お金も無くなってしまい、わたしもすごく死にたくなった。何度も死のうと思った。Twitterに死にたい死にたい言ってた。
全てが終わってから分かった。その人の「死ぬ」は「死ぬ死ぬ詐欺」で、微塵もそんなこと思ってなかったのね。
わたし、薄々気づいてた。誰にも相談できなくて、小学校の友達に打ち明けた時にもそれは言われた。
でも、もしも……という考えを捨てれず続けていた。だって死んだら取り返しつかない。
ここまで話を聞いてたらその人が死んだら「あの時にわたしが言うことを聞いていれば死ななかったのに!」となるだろう。それが怖かった。単純にその人失うことも。
でもそんなのは幻想。あの人は言うことを聞かせたかっただけ。あの人に最後に会った時、本人の口からそれを言ってた。
ああ、今まで知り合いの死があったのに見極められないなんて。本当に馬鹿だった。
恐怖で支配されて、それでも言うことを聞くのは謎の強迫観念だった。今となれば過去の自分を全力で引き止めたい。
「死ぬ死ぬ詐欺」は、相手を縛り付けて言うこと聞かせるのに最適なんだろう。
わたしにはできないな。「じゃあ死ねば?」と言われたら、きつすぎる。
今でも、人の死のツイートを見るととても怖い。「死にたい」であれば、わたしもたまにしちゃうし分かる。
具体的な自殺方法、時間とかを見ると身構えてしまう。
Twitterならまだいいよね。LINEで延々と送られることに比べれば。ツイートで心配になるけどまだ落ち着いていられる。
人は簡単に死んでしまう。死ぬ人が連絡しないなんて嘘。本当に突然いなくなってしまう。怖い。怖いんだ。
どうかそれを逆手にとり、死ぬ死ぬ詐欺をする人が増えないといいな。
大切な人を「失うかもしれない」という思いを抱き続けるのは、想像以上に辛い。
だから、どうか自分を満たすために誰かに死ぬ死ぬ詐欺をしないで。
でも本当に本当に辛い時には、まわりにちゃんと助けを求めてほしい。
そしてその言葉を受ける側の人が、自分が後悔しない選択をできることを祈っています。
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