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魔道廃棄物の闇と王都の思惑
数日が過ぎ、俺は“廃棄管理局”の現場作業に少しずつ慣れ始めていた。初日に暴走武具を封印した功績が認められたらしく、周囲の職員たちからも
「新入りにしてはやるじゃないか」
と声をかけてもらえるようになったのだ。
とはいえ、呪詛の仕分けや危険物の封印をしていると、やはり負の魔力を相手にする重圧は尋常じゃない。油断すれば今日にも死ぬかもしれない。そんな緊張感が常につきまとう職場だと痛感する。
そんなある日、廃棄管理局の廊下を掃除していると、耳を澄ませなくても聞こえるくらい大きな噂話が飛び込んできた。どうやら王都付近の研究所で、
「大量の呪詛品が違法に製造・販売されている」
というのだ。
しかも、それを裏で操っている闇商人がいるらしい。
「最近、やたらと危険な魔道具が流れ込んでくるのは、その研究所が原因かもしれないね」
「闇商人が黒魔術師と手を組んで、大量の呪詛武具をばら撒いてるって話もあるよ」
休憩室のテーブルを囲む同僚たちが、そんな不穏な噂をひそひそと交わしている。もしそれが事実なら、さらに危険度の高いブツが増えてしまう。
廃棄すべき呪詛品がどんどん街へ溢れた結果、一般市民の安全が損なわれるのは目に見えていた。
「コウタ、ちょっといいか」
そう声をかけてきたのはシャーレンだった。王室付の大導師という肩書きだけあって、管理局の中でも一目置かれる存在らしい。落ち着いた物腰だが、その背後には常に鋭い眼差しを感じる。
「はい、何でしょう?」
「お前が浄化炉行きの荷物を運ぶのも、だいぶ板についてきたな。周りの評価も上々だ。ただ、王都で噂されている“違法呪詛品”の増産が事実なら、われわれ廃棄士への負担はさらに増すだろう」
シャーレンはそう切り出し、俺を局長室へと連れていく。そこには所長や軍の関係者らしき人物も居並んでおり、何やら深刻な面持ちで相談が行われているようだった。
俺が入室した瞬間、みんなの視線が俺に注がれ、一瞬居心地が悪くなる。
「噂は聞いていると思うが、王都の近くにある研究施設が闇商人と繋がっている可能性があるんだ。呪詛品の不正製造も含めて、国全体を脅かす問題に発展しつつある。何らかの陰謀が絡んでいるかもしれん」
所長が低い声で説明を続ける。会議の卓上には、大量の文書や報告書が散らばっていた。どうやら既にいくつかの調査が進められているが、はっきりとした証拠を掴めないらしい。
だからこそ、闇の呪詛品が次々と出回ってしまっているという状況なのだろう。
「闇ルートに流れた廃棄物は、凶悪な“武具”や“魔術具”へと転用される。そうなれば、これまでの暴走事件なんか比じゃない被害を王国にもたらしかねない。わたしとしても、早い段階で歯止めをかけたいところだ」
シャーレンは深いため息をつきながら、机上の書類を片端からめくっていく。呪いに冒された武具の暴走や、悪質な魔法薬の横行……読んでいるだけで胃が重くなりそうな報告が続いていた。
「当然、これは王室や軍の重大案件でもある。だが同時に、コウタ、君たち“呪詛廃棄士”の専門知識がなければ話にならない。闇商人の拠点を突き止め、そこから流出する呪詛品を回収・封じ込める必要があるからな」
俺にまで視線を向けながらそう語る所長。
どうやら軍と廃棄管理局が共同で問題解決にあたる方針だが、実際に現場で動くのは廃棄士の役割ということらしい。軍の人間でさえ触れるのをためらうような呪詛品を、俺たちが回収しに行かなくてはならない。
「違法製造の拠点が王都近くの研究所だけとは限らない。各地に飛び火し始めたら、手に負えなくなる。特に、国境付近の警備が甘くなっているエリアから、危険なものがどんどん持ち込まれる恐れがある」
所長や軍関係者の切迫した表情を見ていると、この件がどれほど深刻か嫌でも伝わってくる。今のところ俺自身は見習いから正式登録へ昇格した程度で、まだそこまでの実力があるとは思っていない。
だけど、あの暴走大剣を封じた経験や、前の世界で培った“危険物処理”のノウハウを活かせるなら、やるしかない。
「前の世界でもそうだったけど、ゴミや廃棄物は知らないうちに溜まっていくから、放置すると必ずトラブルを起こす。国全体の安全を守るためには、避けて通れないですね……」
俺がそう呟くと、シャーレンは小さく微笑んだ。まるで、俺がこの異世界へやって来たことに、何らかの運命的な意味を感じているかのようだった。
「ただし、くれぐれも無茶はするなよ。こちらは“廃棄士をさらに増やす”ために、別の世界からの新たな招致も進めてはいるが、何せ時間がかかる。すぐに補充できるわけじゃないんだ」
シャーレンの言葉は脅し半分、気遣い半分といったところかもしれない。だが、それでも背筋が伸びる思いがする。ここで命を落としてしまったら、俺が積み上げてきた経験も無駄になるし、世話になった人々にも迷惑がかかる。それだけは避けたい。
そうして会議が一段落し、俺が廃棄物の保管エリアに戻ろうとした時、先輩の赤毛の少女が慌てた様子で駆け寄ってきた。顔には緊張がにじんでいる。
「ちょうど探してたところ!さっき上層部から連絡があったんだけど、コウタの正式登録が完了したって。しかも、もう次の大きな任務が来そうな感じだよ。なんでも“国境を越えて呪詛品を回収しろ”って話まで出てるみたい」
先輩の話によれば、“闇商人の影響は隣国にも波及している”らしく、そこから流入してくる呪詛品が後を絶たないという。現場の廃棄士たちが足りていない今、俺を含めた管理局のメンバーが国境線に派遣される可能性が高いらしいのだ。
「国境越え……俺がそこまでしていいのか?」
「いいか悪いかじゃなくて、他に人手がないのよ。特にコウタは武具の暴走を鎮めた実績があるでしょ?そういう実践経験を買われてるんだと思う」
見習いだと思って気楽に構えていたら、いつの間にか大役が降ってきた。異世界に来てまだ間もないというのに、こんなに急激に事態が動くとは予想外だ。
しかし、裏を返せば、俺がこの世界で必要とされているということでもある。
「先輩やシャーレンも動くんですよね?」
「もちろん。アタシたちだけじゃ足りないから、軍の護衛や別の支部の廃棄士も合流する予定。ただ、今回の任務で何かを掴めれば、例の“王都の研究所の闇”を暴く手掛かりになるかもしれない……怖いけど、やるしかないわね」
先輩は眉をひそめながらも、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。国境付近で見え隠れする闇商人の動向を探ることは、ひいては違法製造の拠点を突き止めるための手がかりになる。
とはいえ、その闇商人や黒魔術師たちも手ぐすねを引いて待っているに違いない。呪詛品を金儲けの道具としか思わない連中と、直接対峙することになるのだ。わずかな油断が死に直結する世界。
「……わかりました。王都の闇を止めるためにも、闇商人の動きは放っておけませんね。俺も全力でやります」
そう答えると、先輩は「やっぱりね」と笑みをこぼした。
異世界に転生してまだ日が浅いけれど、ここで働くうちに俺にも守りたいものが増えてきた。街の人たちの生活、安全に作業する仲間たちの姿……どれも前の世界で感じていた“社会を支える誇り”と通じるものがある。
そんな思いを噛み締めながら、俺は新しく支給された呪詛廃棄士の装備を確認する。魔力切断器や封印札、そして各種防護具。
かつて使っていたゴミ収集の道具とはまったく違うが、その本質は“危険物を処理して人々を守る”という点で同じはずだ。
「次の任務は……国境だね。気を張っていかないと、すぐに死んでしまうかもしれない。でも、私たちが行かなきゃ終わらない」
荒れ果てた隣国との境界線。そこに巣食う闇商人や黒魔術師がどんな罠を張っているのか、想像するだけで胃が痛い。けれど、このまま立ち止まるわけにはいかない。
闇に包まれた研究所と黒い噂、それに連なる国境の暗部。
いずれすべてがつながって、このネイヴァル王国を大きく脅かす危機になりかねない。俺たち呪詛廃棄士の覚悟を試すように、運命が強烈な試練を突きつけている。そんな気さえしてくる。
そして俺は、新たな恐怖と使命感を胸に、次の指示を待つことになった。まもなく、国境を越えた先で出会うだろう厄介な呪詛品と、邪な思惑を抱えた連中。そこにどう立ち向かうのか。
やがて届く命令の書簡は、俺の想像通りの内容だった。
『隣国“バスシオン公国”からの呪詛品流入を阻止し、回収せよ』
気づけば、馬車で国境へ向かうメンバーのリストに俺の名前が大きく記されている。まるで運命の歯車が大きく回り始めたように感じながら、俺は覚悟を新たにするのだった。