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初現場と魔力の洗礼

第三章

翌日、俺はシャーレンの案内で“廃棄管理局”へ向かった。郊外にそびえ立つドーム状の建物は、近づくと壁面にびっしり刻まれた魔術式が目に入る。

人の背丈ほどもある扉を抜けると、内部は無機質なコンクリートと錆色の金属パイプが張り巡らされた、どこか近未来的な実験施設を思わせる巨大な空間。

「ここで呪詛の仕分けと一次処理を行う。とりわけ危険度が高い物品は、あちらの“浄化炉”へ直送する必要があるのだが……まずは軽度の呪詛品に慣れてもらおうか。」

シャーレンは奥の廊下を指し示す。目を凝らすと、通路の先から時折、「ギャーッ!」とか「ドスン!」という物騒な音が聞こえてくる。どうやら処理に失敗し、呪いが暴走する事例は珍しくないようだ。

「死んでもまた別の世界から召喚はできる。だけど、手続きはめんどくさいから、なるべくなら死なないでくれよ?」

シャーレンはさらりと不穏なことを言ってくる。背中に冷たい汗が伝うが、引き返すわけにはいかない。俺は大きく息を吸い込み、腹をくくった。

そんな俺が最初に回されたセクションには、担当の先輩が待ち構えていた。見た目は二十代前半くらいの赤毛の少女。手袋をはめた手で、積まれた箱から次々と呪詛品を取り出しては、テキパキ仕分けしている。

「はい、そっちの棚から順に整理していくよ。これは“呪われた鏡”、こっちは“失敗作の毒薬ボトル”。失敗作は変な成分が混ざりがちだから、扱いに注意してね。あっちの棚にある“主無き魔人形”は動き出す可能性あるから、紐とお札でぐるぐる巻きにしておいて。」

「う、動き出す……?」

呪われた鏡も毒薬も物騒すぎるが、“魔人形”が勝手に歩き回るというのも背筋が凍る話だ。

しかし、考えてみれば、前の世界でも医療廃棄物や化学薬品を扱うときは細心の注意が必要だった。かつて習慣づけていた分別マニュアルや危険物の封じ込め、ラベリングの手順が、ここでも役立ちそうな予感がする。

「危険物は周囲に拡散する前に封じ込める。ここにもラベルを貼って、カテゴリごとに仕分けする。そうじゃないと何が何だかわからなくなるからね。」

先輩は容赦なく指示を飛ばしながら、呪詛品を仕分けていく。俺もメモを取りつつ必死に食らいつくが、毒薬の瓶一つにも「斜めにしない」「衝撃厳禁」など細かなルールがあり、気を緩めるとすぐに事故に繋がりそうだ。

実際、部屋の隅では破裂痕らしき焦げ跡や、何かがこびりついたようなシミが目に入る。呪詛廃棄士という仕事が、ただの肉体労働ではなく、知識と注意力を極限まで要求される危険な業務なのだと改めて痛感する。

とはいえ、やること自体は前の世界の“ゴミ収集”に通じる部分が多い。袋に入れるときの扱い方や、こぼれたり割れたりしないようにする工夫は、俺の経験がそのまま活かせそうだ。

「油断は禁物だよ。呪詛の厄介なところは、目に見えない“魔力のしぶき”が空気中に散ってる可能性があるってこと。すぐに症状が出なくても、じわじわ影響が出るケースだってあるからね。」

先輩の言葉に一瞬、身が竦む。廃棄物の毒性が体内に蓄積するように、負の魔力が蓄えられていくというのか。気をつけていても、完全に防ぎきれるものなのだろうか。

「ちなみに、いずれは“高危険度”のエリアにも回されることになるけど、見習いのうちはこっちの軽度ゾーンでの作業が中心。慣れたら、浄化炉へ運ぶ手順も学んでもらうよ。あっちにはもっとヤバい代物がゴロゴロしてるからさ。」

奥の区画には巨大な扉があり、常に数名の兵士らしき者たちが厳重に見張っている。きっと、いずれ俺もあそこに踏み込む日が来るのだろう。ほんの少し、心の中を緊張が走る。

作業を進めるうち、呪詛品の“素性”も少しずつ見えてきた。

これは魔法薬の研究所が廃棄した失敗品、あれは闇商人から押収された呪いの小箱……そして中には、王国の軍備実験で生み出された試作品らしきものも混じっている。

どれも放っておけば、街中で事故や被害をもたらしかねない危険物だ。俺たちが地味に分類・封印・保管していくからこそ、ネイヴァル王国の人々は安全に暮らせるのだと思うと、使命感が湧いてくる。

ちょうど、仕分け作業も一段落した頃だろうか。通路の外から、バタバタと慌ただしい足音が響いた。同時に警報のような音も遠くで鳴り始める。扉が乱暴に開け放たれ、青ざめた表情の職員が転がり込んできた。

「侵入者が……!いや、違う、勝手に動き出した“呪いの武具”が暴れてる!第一保管庫が手に負えない状況だ!」

先輩やシャーレンが顔を見合わせる。まさか、早速こんな大事件に巻き込まれるなんて。俺も思わず背筋に冷たいものが走る。

「見習いのお前は下がっていた方が……いや、人数が足りないからこそ、ここに呼び寄せられたんだったな。」

シャーレンは苦い笑みを浮かべると、急ぎ先輩とともに奥のエリアへと駆け出す。俺も「俺にできることがあるなら……!」と叫びながらその後を追った。

案内された第一保管庫は、思っていたより広大で、棚に並べられた箱や武器がいくつも見える。

だが、そのうちの一本、漆黒の大剣が宙に浮き上がり、何かに取り憑かれたかのように床を斬りつけている。周囲にいた警備員が次々と弾き飛ばされていた。

「くそっ、呪詛の核がむき出しになってるせいで完全に暴走してる……!まずは魔力のコアを断つしかない!」

シャーレンの指差す先には、刀身の付け根に赤黒く輝く宝石のような塊がはめ込まれているのがわかる。先輩も魔術具を構えて飛び込むが、大剣の一撃で吹き飛ばされそうになり、悲鳴を上げてしまう。

「こうなったら、俺が……!」

前の世界で危険物処理をする際、俺は常に“死角に回り込み、迅速に封をする”という手順を叩き込まれていた。似たような感覚で、この宙を舞う大剣に立ち向かえるかはわからないが、とにかくやるしかない。

敵の動きを見極め、背後へ回り込み、魔力切断器を振りかざす。

「どりゃあっ!」

一瞬、大剣が鋭い唸りを上げ、こちらに切りかかる気配を感じた。しかし、命を賭けた覚悟が勝ったのか、ギリギリのタイミングでコア部分に工具を突き立てることに成功する。

ガキンという硬質な音が響き、次いでバリンという破砕音が保管庫にこだました。

宝石のようなコアが粉々に砕け散った瞬間、大剣はまるで操り糸を断たれた人形のように床へ崩れ落ちる。静寂が戻るまで、さほど時間はかからなかった。

「助かった……まさか、君がここまでやるとは。」

シャーレンも先輩も驚きの面持ちで俺を見つめ、警備員たちはほっと胸を撫で下ろしている。だが、ここで気を抜くわけにはいかない。

残った魔力の残滓を回収し、しっかりと封印容器に納めなければ、第二、第三の暴走を招く可能性があるからだ。俺は急いで先輩と一緒に作業を進め、無事にコアの破片を封じ込めることができた。

「これが“魔力の洗礼”ってやつなのかもしれないね。とにかく助かったよ、日野……いや、コウタでいいんだっけ?」

先輩の声音には、苦笑混じりの安堵が滲んでいる。俺は心臓の鼓動を必死に抑えながら、気を張っていた身体をようやく緩めた。

「まだ序の口かもしれませんよ。」

横からシャーレンが口を挟み、小さく息をつく。彼の瞳には、安堵と同時に、先を見据えた警戒心が宿っているように見えた。

「実は近ごろ、王都周辺で“闇の呪詛品”が増産されているという噂がある。そうした品物が今後ますます流れ込めば、俺たちの負担も危険も跳ね上がる。今日の大剣がほんの前触れでないことを祈るばかりだ。」

静まり返った保管庫に漂う空気は、まるで新たな戦いが始まる警鐘を鳴らしているかのようだった。

俺がここで見習いとして働き始めたこの時期に、そんな不穏な噂が重なっているのは、果たして単なる偶然なのか。それとも……?

俺は生まれ変わって初めての現場で、生き延びるための術と、この国を蝕む危機をほんの少しだけ垣間見た。これから先、俺の“呪詛廃棄士”としての使命と運命が、どこへ向かうのか……その答えは、まだ闇の中だ。

けれど、命懸けのこの仕事が誰かの助けになるのだとしたら、やはり諦めるわけにはいかない。空っぽの身体に吹き込まれた新たな熱い血潮が、静かに、しかし確かに脈打っているのを感じた。

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