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FKA twigs "EUSEXUA"

Jan 24, 2025 / Young, Atlantic

イギリス・グロスターシャー出身のシンガーソングライターによる、オリジナルフルレンスとしては約5年ぶり3作目。

2015年のフジロックで見た FKA twigs のライブは、まさに未知との遭遇と呼ぶべき体験だった。バレエダンサーのごとく四肢をしなやかに伸ばし、ステージの端から端までを行き来して細い体をダイナミックに魅せる。途中からは筋骨隆々のゲストダンサーとペアを組み、一糸乱れずに呼吸を合わせて機械的な高速ヴォーギングを繰り出し、さらに聴衆の度肝を抜く。元々の楽曲が体温を感じさせないミステリアスな曲調だったのもあって、Björk とはまた別のスタイルでのポストヒューマン像、次世代のプログレッシブなポップアートを構築していたのだ。終盤に本人の MC が入るまで緊張感はまるで途切れず、自分はただただ固唾を飲んで見守るしかできなかった。

早いものであれから10年が経過し、現時点では残念ながら再来日は果たされていないが、彼女はあれからもマイペースかつ着実にリリースを重ね、そのたびに神秘的な魅力を深化/拡張させ続けてきた。その最新地点となるのが今作。印象としては、「未知」の存在であった彼女がいよいよ我々俗世の元に歩み寄ってきてくれたという、今までとはまた別種の新鮮さが作品全体から感じられた。

一番の変化はダンスビートの導入。冒頭の表題曲 "Eusexua" から高速の4分打ちキックが入り、今作が以前とは全く違うモードに入っていることを明確に告げる。ただ一口に4分打ちといっても BPM の微妙な塩梅、音の質感や上モノの乗せ方によっても印象がまるで変わってくる。シンプルなリズムパターンであるが故に扱う側のセンスが大きく問われる代物だと思うが、この楽曲では鮮やかでありつつも下世話には転ばず、FKA twigs の透明度の高い歌声とマッチするように、クールな洗練が細部にまで施されているのはさすが。続く "Girl Feels Good" はサイケデリックな音像に90年代サイバーパンクへの憧憬が見られるトリップホップ、"Perfect Stranger" は彼女のキャリア史上最もシンプルかつキャッチーと言える UK ガラージ調の R&B で、やはり90年代から Y2K に至る時期へのオマージュを汲み取れる。例えば Olivia Rodrigo がエモ/ポップパンクを参照したり、NewJeans がニュージャックスウィングを大胆に導入したりといった様々なリバイバルの潮流があり、FKA twigs がそこへ安直に参入したわけではないだろうが、このアルバムでは彼女なりの温故知新が、楽曲によってリズムを切り替えながら多彩に表現されている。

ところで、このアルバム全体に共通する90年代~Y2K感とサイバーパンク感に引きずられているからか、自分が今作を聴いて思い出したのは菅野よう子が手掛けた "攻殻機動隊 S.A.C." シリーズのサウンドトラックだった。菅野氏の作る音楽はスペーシーなドラムンベースを基調とした "Inner Universe" を筆頭に、荒々しいバンドサウンドから荘厳な聖歌隊、ファンクロックからエレクトロニック、果てはアーシーなフォーク/ブルースなど、ともすればサイバーパンクのイメージから程遠いはずのジャンルまでを縦横無尽に取り入れ、アニメの世界観の拡張に少なからず貢献していた。この "EUSEXUA" はそこまで闇鍋的な内容というわけではないが、中心にある冷徹なサイバーパンクの質感を軸に、およそ四半世紀前を取り巻いた数々の音楽へと向かうベクトル、これは(8曲目 "Childlike Things" で見せるささやかな茶目っ気なんかも含めて)両者の本質的な部分に共通しているものではないだろうかと思う。

ついでにもうひとつこじ付けてみよう。アルバム表題の "EUSEXUA" とは造語で "Euphoria" と "Sex" を組み合わせたものであり、人間の形を超越したかのような極度の陶酔感を表現しているとのこと。心の奥底を掘り起こし、これまでよりもさらに開放的に賦活された状態。その状態から発せられた他者への愛情は、もしかしたら一転して凄まじい憎悪や呪いと化してしまうかもしれない。だがそれでも FKA twigs は Eusexua を目指し、保とうとする。これは人間という生き物が抱えたプリミティブな欲求、業を突き詰めたものであり、その意味では極めて世俗的、野性的と言えるだろう。つまりは彼女が曲調やビジュアルイメージで表しているミステリアスやポストヒューマンといった要素と相反するものだ。非人間性への到達と人間性への回帰、これは攻殻機動隊、もっと遡ればブレードランナーなどでも見られる SF 作品の大きなテーマでもある。歌、サウンド、ビジュアルで構成される FKA twigs の多層的な世界観には、そういった意味でも攻殻、ひいては菅野よう子との奇妙なシンクロニシティを感じずにはいられない。

9曲目 "Striptease" において彼女は「心を開くことはまるでストリップショーみたい」と繰り返し歌う。精神と肉体で繋がることを強く望んでいる。流線形のポップなメロディが極めて泥臭いメッセージを聴き手に伝え、衒いなく胸を打つ。デビュー当初の得体の知れなさを思えば随分遠いところまで来たなと感慨すら覚える。FKA twigs は今作で血と肌の暖かさを帯び、狂おしいほど繊細な歌で我々を魅了するのだ。あまりにも人間的に。

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