2024年間ベストアルバム50選
人は皆、誰もがそれぞれの年間ベストを背負っている――――――。
ということで、今年も若手からベテラン、西から東、北から南、ロックからジャズ、メタルからヒップホップ、エレクトロニックからフォーク、とにかく多くの傑作に出会えた。なのでその中から特別の50枚を選出して順位をつけた。このリストが皆様のひとつの出会いのきっかけになればこれ幸い。あと Apple Music と Spotify でそれに準じたプレイリストも作った。年末年始の休みの緩やかな時間にでも。
50. The Messthetics & James Brandon Lewis "The Messthetics & James Brandon Lewis"
アメリカ・ワシントン出身のロックバンドとニューヨーク出身のサックス奏者のコラボ作。リズム隊が Fugazi の面々なわけだが、今作は Fugazi とジャズが融合したと言うよりも、Fugazi の音楽に内包されていたジャズ性が前面に引っ張り出されたといった印象がある。昨今のジャズシーン最前線でトレンドとなっているエレクトロニック要素やスピリチュアルなアンビエント要素などはなく、極めて実直で正統派なジャズセッションを志向しているが、例えば "Emergence" は Fugazi の代表曲 "Waiting Room" をモロに想起させるリフから直線的なスピード感になだれ込むといったように、絞り込まれた肉体派のパンク要素もそこかしこで顔を出す。また "Boatly" のスロウなブルース調で聴かせる哀愁もポストハードコアの激情と自然に繋がり、彼らの出自を明確に打ち出している。ジャズのパンク化でもなくパンクのジャズ化でもなく、彼らにしか成し得ない妙技。
Listen: The Messthetics & James Brandon Lewis "Emergence"
49. Iglooghost "Tidal Memory Exo"
イギリス・シャフツベリー出身のプロデューサー。前作 "Lei Line Eon" とは趣を変え、電光石火の勢いで硬質ビートが荒れ狂うエレクトロニック・アサルトの応酬。影響源としてはグライム、ドリル、ドラムンベース、またはインダストリアルや IDM の要素も汲み取れるが、それらは可変速のローラーコースターのごときスリルと切迫感、ダンスフロアからベッドルームに至るまで全ての聴衆を撃ち落とさんとするアグレッションの下に一体化する。本人による無表情かつ挑発的なラップも野心バリバリ。だがそれでも彼らしいドリーミーなメロディは残されており、例えば "Spawn01" "flux•Cocoon" などで冷たい歌声が重なる場面では映画的/ゲーム的な世界観の奥行きがグッと増し、彼の目指している風景が聴き手にもはっきり伝わってくる。Igloo の美学は意外にタフだった。
Listen: Iglooghost "Coral Mimic"
48. Pom Poko "Champion"
ノルウェー・オスロ出身のロックバンド。某ジブリ作品から拝借したというバンド名の時点で期待値が高まるが、内容も痛快そのものな仕上がり。マスロック風の変拍子もノイズもふんだんに散りばめた、ちょうど Deerhoof 直系と言えるエクスペリメンタル・アート・パンク・ポップの応酬。テクニカルな演奏力も随所で活かして実際の BPM 以上のカッ飛んだ勢いを体感できる。ただ今までの作品に比べればストレートにポップソングを演っている場面も多く、アバンギャルド度合いで言えば丸くなったということになるが、牧歌的でかわいらしいメロディと攻めた構築性のバランス感覚が一層研ぎ澄まされたといった印象の方が強い。何ならアルバム表題曲 "Champion" のようなスロウテンポでさり気ない楽曲にこそ彼女たちの成長が感じ取れるとも言えるだろう。愛すべき一枚。
47. Brijean "Macro"
アメリカ・ロサンゼルス出身のポップデュオ。微睡みのチルアウトに向かうが深淵までには到達せず、陽気なダンスグルーヴあるいはロックビートを取り入れるが狂騒までには登り詰めず、その境目あたりのちょうどいい領域だけを揺らめく洒脱で軽妙なセンス。メンバーは Toro y Moi のライブバンドに参加していたりもするので、サイケデリックな空気感やファンクの要素はそのまま通ずるものだろうし、またシンセポップ、ジャズ、ラテンの味わいも随所で見られたりとごった煮状態だが、それをいかにもごった煮な暑苦しさには感じさせず、スムースなポップソングとして最後まで息詰まることなく聴かせる手腕が冴え渡っている。器用に緩急を調節しながら微温の心地好さに浸らせる良作。DJ Johnson (Khruangbin) や Chris Cohen (ex. Deerhoof) も参加。
Listen: Brijean "Workin' On It"
46. Nikki Nair "Snake"
アメリカ・アトランタ出身のプロデューサー。一発で毒状態にされそうなコブラジャケットがインパクト大だが、Nikki Nair 本人によれば「蛇」とは崇拝の対象であり生命力の象徴なのだという。肉体を躍動させ、精神を研ぎ澄ませる活力の源。そう考えればここに収められた刺々しいダンスミュージックとの親和性についても合点がいく。輪郭の際立ったソリッドなビートは、時にはダブの音響をまとってキナ臭い緊張感を放ち、時には強烈に歪められてアグレッシブに迫る。ブレイクビーツが唸るアルバム表題曲 "Snake" に至ってはもはや The Prodigy の領域だ。ひどく粗雑でぶっきらぼうな、悪趣味とも言えるドギつさのハードロッキンビーツの連打はダンスフロアを掌握するのはもちろんのこと、モッシュに飢えた血気盛んなパンクヘッズも片っ端から撃ち抜くこと必至。
45. 天国注射 "春彦"
大阪出身のロックバンド。今年のフジロック3日目の27時、ひと夏の熱狂もほぼほぼ消えかかろうとしている頃に、彼らの演奏は ROOKIE A GO-GO を興奮の坩堝に落としこんでいた。パンクの攻撃性とファンクのふくよかさを同時に鳴らし、天を衝くモヒカン刈りのボーカルは致死量以上のルサンチマンを全方位にぶちまける。「資本主義最高って百回叫んでみろよ」「俺のような人間が/大量に生産されて大量に廃棄される/コンビニおにぎりのように」…これらの殺気立ったパンチラインは、腹から芯の通った声で一曲の間に何度も連呼され、聴き手の脳内にある開けるべきではない扉を無理矢理こじ開けようとしてくる。80年代の悪名高いライブイベントからバンド名を拝借し、活動拠点は難波ベアーズ。計算高く垢抜けた優等生ばかりでは退屈は埋められない。自分はきっと心のどこかで、こんなバンドをずっと待ち望んでいた。
44. Claude Fontaine "La Mer"
アメリカ・ロサンゼルス出身のシンガーソングライター。ロンドン滞在中にレコードショップで出会ったジャズやボサノバ、レゲエなどの音楽に多大な影響を受けた彼女は、レゲエ界の大御所プレイヤーを多数揃え、全ての影響元を自身の歌声の下に一本に接続することに成功した。一曲毎にボサノバ曲とレゲエ曲が切り替わるユニークなアルバム構成だが、いずれにおいても可憐なウィスパーボイスが醸し出す蠱惑的な空気感、ラグジュアリーかつシックな気品が通底しており、不思議と統一感がある仕上がり。例えば小島真由美や EGO-WRAPPIN' が強靭な胃袋で多くのジャンルを飲み込んだ上で洒脱なポップソングを作り上げていたのと同様に、彼女もジャンルや時代の壁などのせせこましい考えを抜きにして、極めて自由な手つきで高品質な歌ばかりを届けてくれる。その姿勢はいつの時でも正義的だと思う。
Listen: Claude Fontaine "Love The Way You Love"
43. bbymutha "sleep paralysis"
アメリカ・テネシー出身のラッパー。トラップやドラムンベース、またはダンスホールレゲエなど、多岐にわたるリズムパターンのトラックはいずれも聴き手をしっかりブチ上げる即効性に満ちているが、悪夢のようにキッチュでサイケデリックな上モノ、そして声質も発音もフロウもクセつよのラップは、ビートの即効性をそのままスポーティで爽快なものとはしない。むしろダークで混沌とした音像は、bbymutha の内に潜むトラウマと対抗するための牙を研ぎ澄ませるには最適の役割。10代の頃から妊娠、退学、ドラッグと波乱に満ちた道程を歩んできた彼女は、自分に向けられた蔑視や敵意を何なら創作のガソリンとし、不気味で毒性バリバリな、それでいて強烈にキャッチーなラップソングのみをここに揃えた。確かにヘヴィではあるが、それと同時に、極めてユーモラスでキュート。そこが肝心。
42. Shygirl "Club Shy"
イギリス・ロンドン出身のシンガー/プロデューサー。合計しても15分という簡潔さでまとめられた6曲は、そのいずれもが正統派4分打ちキックで統一されている。テクノ、ハウス、トランス、またはその先の EDM までを見据えているのだと思うが、総じては90年代~2000年初頭あたりのダンスポップリバイバルといった印象が強い。この作品を聴いていると4分打ちというフォーマットの奥深さを改めて思い知らされる。ここから BPM が1~2ほど速すぎても遅すぎても、ビートの質感が硬すぎても湿りすぎても、ここで生み出されているグルーヴの強靭さは失われてしまうだろう。曲毎に多くのゲストを迎えつつも Shygirl らしい抑制の効いたムードで全体を締め、なおかつキックの一打一打がどてっ腹を打ち抜き、容赦なくブチ上げる。これほどのダンスミュージックの分かり手もそうはいない。
Listen: Shygirl "thicc (ft. Cosha)"
41. Frail Body "Artificial Bouquet"
アメリカ・イリノイ出身のメタルバンド。開始即決壊するディストーションと超高速ブラストビートの土石流は、もちろん暴虐の限りではあるが同時に不思議と恍惚や浮遊感も滲み、なおかつ青白いドラマチックなメロディセンスも切迫したギリギリのテンションで放たれ、一切手を緩めずにレッドゾーンばかりを疾走する。ブラックメタルとシューゲイザーの融合と言えばテン年代の Alcest や Deafheaven 以降と言えるオルタナティブメタルの一種のトレンドだが、このバンドの場合はさらにそこへエモ/ハードコアの要素が大きく噛んでくる。とにかく苛烈で、直向きに破滅的で、だからこそ生へと向かうための脈動に満ちている。それこそレーベル Deathwish 主宰であり今作のアートワークも担当している Jacob Bannon 率いる Converge と同様、爆音に端を発する音楽であればどのジャンルでも根底の部分では繋がっているということを痛烈さで教えてくれる、そんな力作。
40. Lia Kohl "Normal Sounds"
アメリカ・シカゴ出身のチェロ奏者。例えば鳥のさえずりや波の音を音楽として捉えるのと同様に、テニスコートの照明、冷蔵庫、またアイスクリームトラックなんかが鳴らす無機質なノイズ音も、音楽として捉えることによって普段とは別の質感、表情が浮かび上がることもある。そういった理念を基に、彼女はフィールドレコーディングで採取したサンプルと自身の演奏によるチェロやシンセを掛け合わせ、日常の中に非日常の幻想を映し出す。シュールな機械音はなぜだかノスタルジックな雰囲気をまとい、ホワイトノイズが際立たせる静寂に何かしらの物語を感じずにはいられない。耳障りな騒音でしかないはずの素材をほぼそのままの形でコラージュしており、それゆえに情景描写は具体的で、大胆でユーモラスだが、音の拡がりは至って自然なもの。この世のすべてが音楽であったことを改めて思い知る意欲作。
Listen: Lia Kohl "Car Alarm, Turn Signal (ft. Ka Baird)"
39. Fievel Is Glauque "Rong Weicknes"
アメリカ・ニューヨーク/ベルギー・ブリュッセル出身のジャズユニット。見かけ上は以前の作風よりも丸くなったように思える。音質は真っ当に向上し、流動的だった参加メンバーも統一され、アグレッシブなスピード感を抑えて1曲あたり3~4分ほどのオーソドックスな尺でまとめる、ジャズ/ボサノバ/チェンバーポップ由来の流麗で洒脱な楽曲群。しかし彼らの苛烈なまでの現場主義は今作でも貫かれている。牧歌的なメロディの裏側に仕組まれた迷宮のようなアレンジは、3つのライブテイクを編集でコラージュして作り上げたとのことで、そこに耳を凝らしていると彼らの持つ高度な技量やマニアックなクリエイティビティが、より一層消化されて飛び道具ではなく必要不可欠な肉体と化したことがよく分かる。つまりは更なるミュータントに進化したということ。人間の手によるライブ演奏はまだまだヘンテコになれる余地がある。
Listen: Fievel Is Glauque "Love Weapon"
38. SPRINTS "Letter to Self"
アイルランド・ダブリン出身のロックバンド。不穏なノイズを撒き散らすギタープレイは思うさま Bauhaus を連想させるし、実際にそういったゴシックロック界隈からの影響も公言している。だがこのダークな不穏さはシアトリカルな装飾というよりも、パンクロック本来の反骨精神から発せられているのだろうと、聴くほどに思った。どの楽曲でも直線的でストレートな疾走感を見せ、ボーカリスト Karla Chubb は自身が抱えるトラウマや鬱屈を激しくシャウトし続ける。ゴスもパンクも出自を遡っていけば大きなクロッシングポイントに行き着くはずだが、きっとこのバンドはその本質を十分に理解している。ゴスとパンク双方のスリルをまとってエクスキューズなしに突っ走る。なにせ「自分自身への手紙」なのだから嘘をついている暇など一切ないのだ。同郷ダブリンの奇才バンド Gilla Band のベーシスト Daniel Fox がプロデュース。
37. Astrid Sonne "Great Doubt"
デンマーク出身のシンガーソングライター。歌詞を追ってみると「あなたの愛のために私の全てを捧げるよ」「私はどこにも行かない/ここであなたと一緒にいる」「抱きしめたいと私に言って」と、何の衒いもなくストレートな愛情表現があちこちで見られる。だが牧歌的な切なさは今作にはない。やけにドスの効いたダウンテンポビートや、平面的でシュールな上モノシンセによって構成されるエレクトロトラックは、隙間の無音を大きく活かしたアレンジも相まって、文字通りのメッセージ以外に何か無言の文脈が隠されているような、行間を果てしなく意味深長にする装置として機能している。歌とバックの音との距離感、ミスマッチなテイストが奇妙な憶測を呼ぶミュータント・アートポップ。これまでは歌詞を書いて歌うことに抵抗感があると述べていたという彼女は、他の誰にも似ていない歌を今作で初めて書き上げた。
Listen: Astrid Sonne "Staying here"
36. Heems & Lapgan "Lafandar"
アメリカ・ニューヨーク出身のラッパーとシカゴ出身のトラックメイカーによるコラボ作。Heems はかつてラップグループ Das Racist の一員として活動し、2012年の解散後も精力的にソロワークなどを行っていたが、2016年以降はペースを落としていくつかの楽曲にゲスト出演するのみだった。自身の名義としては実に9年となったこの新作では、過去の彼に見られたユーモラスかつシャープな毒気も健在だが、それよりも純粋にヒップホップという音楽フォーマットの本質的魅力、シンプルに格好良いラップをみっちり堪能できる内容に仕上がっている。Lapgan のトラックはインド系アメリカ人としての出自を示したエキゾチックなサンプルを多用しつつ、土台のビートはオーセンティックと言えるブーンバップが基調で、Heems はそのうねる波をどっしりした足腰で乗りこなし、痛快なまでの実直さで押韻を畳み掛ける。オルタナティブな道化ではなくヒロイックな佇まいに痺れまくり。
Listen: Heems & Lapgan "Accent"
35. 優河 "Love Deluxe"
東京出身のシンガーソングライター。「根暗でも踊れるダンスアルバム」とは本人の弁だが、まあ根暗はともかくとして、これまでのフォークソングからディスコや R&B 方面に舵を切った挑戦作となっており、特にアルバム表題曲 "Love Deluxe" でのファンキーなグルーヴを効かせた曲調には、前作 "言葉のない夜に" を愛聴していた自分としてはかなり面食らう。だがそれも何周かすれば慣れてくるもので、むしろ彼女の包容力のある歌声がダンサブルな曲調によってミステリアスだったりセクシーだったり、時には夜霧に隠れる幽霊のように掴みどころのない印象となるなど、表現の幅をさらに拡張していることに恐れ入る。プロデュース、ミックス、作曲にまで携わる岡田拓郎を筆頭に、演奏陣の主張もしっかり発揮されており、彼女のステージが新たな領域に踏み込んだことを示す好盤。
34. Beak> ">>>>"
イギリス・ブリストル出身のロックバンド。今年は Beth Gibbons がまさかのカムバック、新譜リリースと初の来日まで果たしてしまうという事件があったが、その一方で同胞 Geoff Barrow 率いるこちらの Beak> は人を食いまくったアートワークからも伺えるように、周囲の期待を必要以上に背負うことなく、密やかにマイペースに自分たちのやりたいことを続けている。ミニマルな反復を続けながらじわじわと不吉さを増していくスタイルは明らかにクラウトロック、プログレッシブロックを基盤とするもので、音の端々には良い意味でのいなたさ、シリアスになりすぎないユーモラスな感覚が常にありつつ、生演奏のセッションから発生するダイナミズムにしっかり焦点が当てられている。余裕と貫禄と探求心。ところで Geoff は別プロジェクトに専念するため今年一杯の活動をもって脱退を表明。ということは?
33. Luna Li "When a Thought Grows Wings"
カナダ・トロント出身のシンガーソングライター。やる気満々の物騒なジャケットが目を引くが、内容はロマンチックでドリーミーな美しさのインディポップ。韓国にルーツを持つとのことで同じ韓国系の Japanese Breakfast やアジア系レーベル 88rising からのフックアップを受けており、その流れで言えば Mitski や beabadoobee の後に続く存在として注目を集めるだろうことは容易に想像がつく。しかし彼女は彼女の道を行く。ギター、ベース、バイオリン、ハープ、多重コーラスまで自身でこなす多才っぷりを、いかにも多才でございといったこれ見よがしのゴージャスさでは打ち出さず、それこそ月の女神を指し示す名前にぴったりのイメージで、優しく微睡みを誘う空気感と高純度のメロディに還元する。未だ見たことのない景色を目指す時、すなわち思いに羽が生えた時、恐怖はただの幻想なのだと陶酔感とともに思い知る、そんな歌の数々。
32. James Blake & Lil Yachty "Bad Cameo"
イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター/プロデューサーと、アメリカ・アトランタ出身のラッパーによるコラボ作。Lil Yachty は今年のサマソニにて、最新作 "Let's Start Here" で提示していたサイケデリックロック路線が嘘だったかのようなド直球トラップ一本勝負をカマしていたが、ここでの Yachty は James Blake の作風にピッタリと寄り添い、終始アンニュイなテンションでラップを披露している。そして JB もいつも通りのどっぷり憂いに満ちた歌声で、陰と陽の対比ではなく陰に陰を掛け合わせるタッグ。しっかり手堅い、逆に言えばコラボならではの驚きに欠けるといったところではあるが、後半 "Missing Man" からギアが切り替わってスピード感が増し、ひりついた切迫感が放出される、この終わりに向かって転がり落ちていくような勢いには思わず固唾を飲んでしまう。手堅いけれども安牌ベタ降りではない、あくまでも攻めの姿勢。
Listen: James Blake & Lil Yachty "Missing Man"
31. Chelsea Wolfe "She Reaches Out to She Reaches Out to She"
アメリカ・カリフォルニア出身のシンガーソングライター。プロデュースを務めるのが David Sitek (TV on the Radio) という意外な人選だが、結果として完成したのはフォーク、エレクトロニック、メタルをゴシックの名の下に連結してきた彼女のキャリアを収斂させたような、シリアスな情念が全編に迸る孤高のダーク・アートポップ。10代の頃から悩まされ続けていたアルコール禍を前作 "Birth of Violence" リリース後の2021年にようやく克服したという彼女は、負の連鎖を断ち切って変化/前進するのが今作のテーマだと述べている。なるほど確かに彼女の歌はシアトリカルでありつつ真にエモーショナルで、必要以上に着飾ることをせず、冷徹な空気の中にも確かな脈動を感じさせ、闇をまといながら闇を切り裂く力強さに満ちている。具体的な参照元として Depeche Mode や Nine Inch Nails などを堂々と挙げている点も相変わらず頼もしさしかない。貫禄の一枚。
Listen: Chelsea Wolfe "Whispers in the Echo Chamber"
30. Total Blue "Total Blue"
アメリカ・ロサンゼルス出身のジャズバンド。ウィンドシンセとフレットレスベースを軸に展開される神秘的なサウンドは、これぞ名は体を表すといった具合にジャケット同様の完全なる青の世界をイメージさせる。一言で言えばアンビエントやニューエイジに属する類の音楽だが、単純な癒しの押し売りにはならず、非常にスムースかつリッチな聴き応えがあり、とことんまで洗練された音作り/演奏によって聴き手を思索の迷宮へと手招く。特にフレットレスベースの音色が絶品で、ふくよかで優しく、それでいて艶めかしさも感じられる低音のうねりはアンサンブルの中で特に存在感を放っている。時にはシンセやギターのソロプレイを挟んでスリリングに展開したり、仄かにファンキーなリズムも効果的に挿入されるなどで、緩急と刺激も聴覚的快楽をもりもり助長する充実作。
29. Four Tet "Three"
イギリス・ロンドン出身のプロデューサー。オープナー "Loved" を聴いた時点でなんだか嬉しさが込み上げてきた。しっかり生音なブレイクビーツを軸に、抽象的なシンセ音を重ねてセッション風に展開していく、これぞフォークトロニカのオリジネイターと呼ぶべき繊細かつ深遠な電子音響。至って力の抜けた様子でありつつ、凡百のローファイ・ヒップホップを寄せ付けない流石の手腕を見せつけている。近年は Skrillex や Fred again.. との意外なコラボに驚かされたりもしたが、ここでは原点回帰と言うべき静謐を湛えた作風で、"Daydream Repeat" や "31 Bloom" のような4分打ちダンストラックにしても、アッパーであると同時にズブズブと没入していくアンビエント感も兼備。時にはノイズも味方につけてのレイヤーの絶妙な差し引きで聴き手の意識をまっさらに漂白する。Four Tet として特別なことはしていないが、高純度、高品質に唸らされっぱなし。
28. JPEGMAFIA "I LAY DOWN MY LIFE FOR YOU"
アメリカ・ニューヨーク出身のラッパー。昨年リリースの Danny Brown とのコラボ作 "SCARING THE HOES" に引き続き、今回もぶっ放しまくり。ますますロック/メタル色が強くなったトラックはダークな攻撃性が剥き出しの状態で、彼ならではの無軌道ブツ切りエディットも相まって切れ味が冴え渡っている。かと思えば R&B からのサンプリングで丸みを帯びてみたりと硬軟を巧みに切り替え、シリアスに凄んできたかと思ったら声を裏返しながら奇矯なテンションではしゃいだり、トリックスター然としつつもフロウやライミングは一級のそれだしで、相変わらず捉えどころのない難儀な男だ。でも中には "vulgar display of power" なんていうモロな楽曲名もあったりするので、ハードコアな精神姿勢の持ち主という点だけは一貫しているかもしれない。真ん中にぶっとい芯の通ったカオス。何にせよ悪名に磨きがかかっているのは間違いない。
27. St. Vincent "All Born Screaming"
アメリカ・ダラス出身のシンガーソングライター。前作 "Daddy's Home" のサイケデリックソウル/ソフトロック路線に大してピンとこなかった自分なので、今作での再度の奇矯っぷりには思わずガッツポーズしてしまった。初のセルフプロデュース体制を取り、Dave Grohl や Josh Freese を招聘。従来のシアトリカルなアートポップ、そこへオルタナティブロックやインダストリアルメタルの血を注入し、さらにダークな深みを増した Annie Clark の最新形態。それは Annie が信奉する David Bowie が80年代末~90年代に試みてきた実験とも重なり、つまりは多方面への畏敬を自らの手で新たにシェイプアップした、豊かな文脈を感じさせるものでもある。特にラストのアルバム表題曲 "All Born Screaming" の1曲単位とは思えないほどの密度は圧巻。情感を露わにしつつもカルトスターたる機知に富み、7作目にしてまだまだ変容の可能性を示す快作。
Listen: St. Vincent "Broken Man"
26. 折坂悠太 "呪文"
鳥取出身のシンガーソングライター。これまでの流れを汲む日本産フォークで、時に民謡/浪曲風だったりする一方でサイケなバンドサウンドもあったりするが、特別に新境地を切り開いているわけではない。だがジャケットの本人写真にも表れている通り、日々を暮らす上で自然と湧き出てきた言葉を音に乗せて伝える、その滋味がより一層洗練され、上品さと鋭さを増している。「知人づてに車売りました」「就職したよNASAに」などの意表を突くユーモラスなセンテンスもそうだし、"正気" での「私は本気です/戦争しないです」といった静かな怒りを漂わせるところも、レイドバックした演奏の空気感を引き締め、牧歌的なままでは終わらずに凛とした佇まいを見せている。この絶妙な塩梅が彼ならではの味だろう。時代を見据えつつ、時代に消費されない歌の数々。
25. Oliver Coates "Throb, shiver, arrow of time"
イギリス・ロンドン出身のチェロ奏者。ここ数年は映画のサウンドトラック仕事が多かった彼だが、このオリジナル作では前作 "skins n slime" で披露していたエクスペリメンタルな手法を押し広げ、さらに圧倒的な世界観を提示している。厳かで優美なチェロの音色を場面に合わせて加工し、ノイズ一歩手前のエレクトロニックな質感にまで捻じ曲げてしまうことも多々。だが前作ではいかにも実験精神が剝き出しで重々しいという印象だったのが、ここでは正統なクラシカル由来のメロディ/フレーズの美しさ、また複数の演奏が多層的に重なって生まれる奥行きと広がりも増し、以前よりも情景/情感の描写に重きが置かれているようで、また一味違った魅力を堪能できる。特に "Radiocello" でのアポカリプス的な緊張感、"Apparition (ft. Malibu)" での徐々に浮かび上がる悲壮感など、Sigur Rós や world's end girlfriend の表現ともリンクする部分も少なからずあり、否応なしに没入してしまう。
Listen: Oliver Coates "Apparition (feat. Malibu)"
24. Alcest "Les Chants de l'Aurore"
フランス出身のメタルバンド。いわゆるブラックゲイズのオリジネイターとして名を馳せる彼らだが、今作でもその手腕は健在。高速ブラストビートやデスボイスといった暴虐そのものの手法を美しさに変換し、何ならファンタジックなポップさすら見せる Alcest 流メタルサウンド。"Komorebi" で見せる開放的な陽性の世界観、"L'Envol" や "Flamme Jumelle" での重厚かつ繊細に紡がれる悲壮のメロディ、また "L'Enfant de la Lune(月の子)"では日本語のモノローグも挿入して極東への憧憬を深めていたりと、どこを切っても確実に Alcest でしかなく、それでいてメロディ/サイケデリア/ヘヴィネスの三大要素をさらにブラッシュアップして進化を遂げている。どちらかと言うとブラックよりもゲイズの方に比重が傾いた感があり、激しさを多く含みつつも柔らかな印象が強いのはデビュー作 "Souvenirs d'un autre monde" を思い出させるところも。長い航海を経ての回帰ということか。
23. Rachel Chinouriri "What a Devastating Turn of Events"
イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター。アルバム全編に大きく導入されている分厚く歪んだギターサウンド。90年代オルタナティブロックやシューゲイザーからの影響は明白だが純粋なリバイバルではなく、そういった影響を踏まえてのアートポップを組み立てているという印象で、センスが至って現代的。この路線は例えば beabadoobee だったり Nilüfer Yanya だったり、昨今のロンドンでは一種のトレンドと化していると思われるが、彼女の場合は傷心や葛藤を吐露している場面でも、非常に瑞々しく溌溂としていて、ポップスとして明快に突き抜けている。オルタナを援用しつつもオルタナの様式には囚われず、アレンジは多彩で華があり、R&B のフィーリングも多く含むメロディを活かすための手段として消化しており、何とも自由な佇まい。これほど躍動的でカラフルに彩られた "devastating" もそうはないだろう。
Listen: Rachel Chinouriri "Never Need Me"
22. Nala Sinephro "Endlessness"
ベルギー・ブリュッセル出身のハープ奏者。雅やかなハープの音色とモジュラーシンセによる多彩な装飾で紡ぐアンビエント/スピリチュアルジャズ、という方向性は前作 "Space 1.8" と同じ。しかし今作は液体から半固体へと質感が変化するように、各楽曲にまとまった構成が生まれたことで、深みとスケール感が一層増している。Nubya Garcia や Morgan Simpson など強力なゲスト陣を迎えつつ、プロデュース、ミックスは Nala Sinephro 自身が手掛け、静謐と浮遊感を湛えた、すっかり天上のものとしか思えない優美な世界観を創生。1~10までナンバリングされた "Continuum" という楽曲名からしてアルバム全体がひとつの組曲を成しているわけだが、楽曲の流れは確かに穏やかでありつつ密接。実際に1曲目から順に聴いていけば、いつのまにか自分が世俗と切り離されて Nala の世界に飲み込まれ、かつて自分が生まれた場所、そしてこれから行く先に自ずと思いを馳せてしまう、それくらいの不可思議な力を持った作品だと思う。
Listen: Nala Sinephro "Continuum 1"
21. Fabiana Palladino "Fabiana Palladino"
イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター。レーベルを主宰する孤高のプロデューサー Jai Paul が全面バックアップ、そして実の父親である重鎮ベーシスト Pino Palladino も半数の楽曲に参加。その時点で勝利は約束されたようなものだが、実際には確かに、少ない音数をとことんまで磨き上げた立体音響、そこに食い入る生演奏の味わいも間違いない。だが最も重要なのは当然ながら本人の歌と楽曲である。Janet Jackson や Sade などを筆頭とする80年代~90年代初頭あたりの R&B ポップスを参照しつつ、澄み切ったアンビエント感を増幅させ、何ともラグジュアリー、かつスマートに洗練された音像へと昇華。その中で Fabiana の透明感に満ちたボーカルはやはり特一級の表現力で、ゲストの協力に寄りかかるのではなく、あくまで自身が目指すポップスの理想像を体現するためのゲストを集めたのだという信念が透けて見える。じっくり味わって特別な気分に浸りたい。
Listen: Fabiana Palladino "I Can't Dream Anymore"
20. Bladee "Cold Visions"
スウェーデン・ストックホルム出身のラッパー。30曲63分、一貫して粗野でダークなレイジ/トラップ。ベースラインは緊張感を煽り、1~2分程度で曲が矢継ぎ早に切り替わる構成もひどくアグレッシブ。なので躁状態の縦ノリグルーヴが延々と続いているわけだが、Bladee 本人のラップは対照的に心許なく、常に強迫観念に駆られているかのような陰鬱さを漂わせる。ビートの放出する熱量はラップと一体化すると焦燥感にすり替わり、終わりの見えない悪夢の中で次々とスライドしていく景色に翻弄される。初手から「脳細胞はもう残ってないけど、準備はできてる」と自嘲気味に始まり、不器用に韻を踏みながら紡がれる心の闇。露悪的でナイーブな、それでいてどこか恍惚とした立ち振る舞いが、聴く人によってはある種の代弁者、救世主のように映ってしまうかもしれない。クールとは対極の、言わばドブネズミに宿る美しさ。
Listen: Bladee "I DONT LIKE PEOPLE (ft. Yung Lean)"
19. 長谷川白紙 "魔法学校"
日本のシンガーソングライター。オープナー "行っちゃった" 開始即、腹を括っているのがよくわかる。グラインドコアの突然変異か、ガバの過激派か、はたまた Mike Patton の遺伝子の正統後継者か?そのどれでもあってどれでもない。ビートとピアノが一心同体となって超高速ブラストビートで駆け巡り、愛らしいあどけなさと暴力的狂気がポップの名の下に統合される。ピアノを弾き語る際のセンスの鋭敏さ、肉体的快楽を満たしつつ無軌道に向かう反射神経の強さはこれまでの作品でも実証されていたが、それをさらに突き詰め、エレクトロニクスもバンドサウンドも同列に飲み込み、ボーカルの表現もさらに多彩になり、よりしなやかでよりマキシマルな、一切の迷いを取っ払った長谷川白紙の本性ともいうべき作品がここに誕生した。「キラキラ笑ってピースピース!」はおどけているだけではなく大マジの境地。
18. Katy Kirby "Blue Raspberry"
アメリカ・ナッシュビル出身のシンガーソングライター。テーマは「愛」。自分の性的指向がクイアだと気付き、恋人と出会い、そして別れるまでの経験を経た Katy は、今作で初めてラブソングを書くことを決意したのだという。音的には前作 "Cool Dry Place" と比較してギターよりもピアノの比重が増し、インディフォークというよりもチェンバーポップの要素が増して、ますますトラディショナルな、かつ美麗で豊かな音楽性へと向かった。その中で Katy は、不確実なものに惹かれ、運命に屈服して、倫理や論理などはどうでもよくなって、やがて悲嘆に暮れる。だが激情をそのまま曝け出すことはせず、穏やかに思慮深く、それでいて切実に、物語を読み聞かせるように歌を紡いでいく。さり気なく上品だが、しっかりビターなリアリティに貫かれたラブソングの数々。
Listen: Katy Kirby "Cubic Zirconia"
17. Lava La Rue "STARFACE"
イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター。コンセプトはレズビアンバージョンの "Ziggy Stardust" とのことで、2024年に地球に不時着したエイリアン「スターフェイス」が、この惑星で生活しながら喜びや悲しみを発見していくという物語に基づいているのだと。音楽的には Lava La Rue と自身の名前を定めてからの6年間を総括するかのごとく、R&B 、ファンク、サイケデリックロックといった、言わば官能性に根付く音楽ジャンルを片っ端から網羅したようなスウィート極まれりな内容。ゴージャスな力強さがあるわけではないが、とても親密で柔らかな心地好さがアルバム全体に通底し、緩やかにダンサブルで体温の暖かみを伝え、甘酸っぱくほろ苦く、聴き手を至福の恍惚へと誘う。パーソナルでありながら SF 世界観のエンターテインメント性も備えた内容は、それこそ David Bowie や Prince などポップシーンの偉人の系譜に直接繋がるものだろう。
Listen: Lava La Rue "Push N Shuv"
16. Thou "Umbilical"
アメリカ・ルイジアナ出身のメタルバンド。相変わらずさすがの極悪スラッジサウンドなのだが、10曲48分とこれまでで最もコンパクトな尺にまとめられ、爆音とヘヴィグルーヴを維持しながらキャッチーに仕上げられている。特にシングル曲 "I Feel Nothing When You Cry" と "Unbidden Guest" では重たい腰を上げて前のめりの勢いを見せており、アルバムの中ではかなり鮮烈なアクセントとして機能。また過去には Nirvana 曲オンリーのカバーアルバムもリリースしているだけあって、グランジの淫靡なダークさやパンク/ハードコアの粗さもそこかしこで活かされており、殺伐とした中に旨味が効いている。同郷ルイジアナのアングラレジェンド Eyehategod や Acid Bath の正統後継者たるアングラメタルを標榜し、最終的には爽快なカタルシスへと至る力作。
Listen: Thou "I Feel Nothing When You Cry"
15. BUCK-TICK "スブロサ SUBROSA"
群馬出身のロックバンド。これは間違いなく、今までの活動と地続きの地平にある BUCK-TICK のアルバム。ただ櫻井敦司の圧倒的な歌唱力を失った代わりに、今井寿はさらに彼の脳内世界をスパークさせてキテレツ極まりないエレクトロ・グラム・パンクを量産し、星野英彦は自身のボーカルを解禁して正統派のポップシンガーを目指すことに決めた。完全にギターを捨てて奇怪な電子音を飛ばしまくるアルバム表題曲 "スブロサ SUBROSA" 、RCサクセションをルーツに持つ彼らならではのワイルドなロックンロールテイストが発揮された "雷神 風神 - レゾナンス" 、そして幕間の SE ではなく1曲単位のウェイトを占める複数のインストゥルメンタル曲など、逆境を逆手に取って自由度を押し広げた圧巻の17曲73分。決意に満ち満ちているがウェットなエモーショナルにはならず、あくまでもクールに、タフに、セクシーに、B-T は今ここにある享楽で我々を魅了する。さあ踊ろう泣けてきちゃうくらい。
Listen: BUCK-TICK "雷神 風神 - レゾナンス"
14. Lynn Avery & Cole Pulice "Phantasy & Reality"
アメリカ・カリフォルニア出身のマルチ奏者デュオ。これまでは同じ街でともに生活しながら音楽制作を続けてきたが、人には色々あるので2022年に離れた場所に移ることになり、そのためリモートでの共同作業を模索してきたのだという。その結果生まれた今作は、フィールドレコーディングやシンセサウンドのダビング編集も活かされているが、基本はピアノやサックス、クラシックギターの素朴な演奏を中心に立て、リモートとは思えないほどの呼吸の合致を見せるニューエイジ/アンビエント・ジャズ。楽曲によって音の質感を変えながらも淡く穏やかなムードは一貫し、サックスに息を吹き込む際の掠れ音まで如実にパッケージされ、音と音の間の澄んだ空気が聴き手の意識を自然に惹き込んで頭の中を漂白していく。目の前の何気ない景色と楽曲が同化して、日常をひどく鮮やかなものに感じさせてくれる。優れたアンビエント、いや優れた音楽とはそういうものだ。
Listen: Lynn Avery & Cole Pulice "All That the Air Allows"
13. Floating Points "Cascade"
イギリス・マンチェスター出身のプロデューサー。Pharoah Sanders とロンドン交響楽団とのコラボ作 "Promises" で渾身のスピリチュアルアートを作り上げた彼が、次はヘヴィなダンスミュージックを作りたいと考えていたという。まさしく有言実行である。音作りやミックスはやはり精緻なもので、それだけでも聴覚的な刺激の心地良さは絶品なのだが、何より収録曲の半分以上で鳴らされるアップリフティングな4分打ちキックの豪快さでぶっ飛ばされる。浮遊感に満ちたサウンドで思索の内宇宙へとトリップしていく…かと思いきや、ビートが鋭く挿入されて肉体的快楽がダイナミックに爆発する。曲中のここだという一点で内と外が一気に入れ替わる、その鮮烈さにはただただ舌を巻くばかり。Sam Shephard が決してアカデミックだったり越境的な思想にばかり偏っているわけではない、根っからのダンス原理主義者、根っからのシンセサイザーオタクであることがよく分かる。真っ向勝負なアルバム序盤から終盤の IDM 寄りな構成に至るまで興奮冷めやらぬ。
Listen: Floating Points "Vocoder (Club Mix)"
12. すずめのティアーズ "Sparrow's Arrows Fly So High"
日本のフォークデュオ。収録曲はすべて日本や諸外国の民謡のカバーなのだが、わずか二声にもかかわらず独特の豊かな響きで惹き込むポリフォニー歌唱、そして種々のアコースティック楽器を用いたジャジーなアレンジもしっかり原曲にハマり、土着的な郷愁の感覚を残しつつも洗練された、絶妙な塩梅のカバーセンスにとにかく圧倒される。"ザラ板節" や "秋田大黒舞" での日本民謡とブルガリア民謡をスムースに接続する構成の巧みさ、"糸繰り節" のコントラバスやビブラフォンのふくよかな音色が効いたボサノバアレンジなど、世界各国から引用されたフォークミュージックが民謡のメロディに接続されていく様にはもう笑うしかない。民俗学の造詣の深さ、そして形式に囚われない自由さをフル活用した、真にオリジナルな個性。町田康も町蔵時代の歌詞をセルフ引用して絶賛するまでに至った、天然の鉱石のような輝きを放つ傑作。
11. The Smile "Wall of Eyes" "Cutouts"
イギリス出身のロックバンド。本隊 Radiohead よりも遥かにフットワークが軽いとは思っていたが、いやまさか1年にアルバム2枚も出すとは予想しなかった。かつての "Kid A" "Amnesiac" と全く同じように、同時期のセッションの間に生まれた楽曲をそれぞれ2枚に振り分けた、あくまでそれぞれ独立した作品という関係性。"Wall of Eyes" にはプログレッシブで重厚な構築性が全体にあり、"Cutouts" はファンキーだったりサイケだったりに枝葉を伸ばしている、といった対照的な構図も "Kid A" "Amnesiac" と瓜二つ。ゴリゴリにツアーを続けてきた末の成果か、両作ともにインテリジェントかつダークな音像ではあるが肉体性も十分で、ドラムはしなやかにうねり、ギターは弾きまくり、そして Thom Yorke がいびつなリズムパターンに合わせて剽軽なダンスを繰り出す様子がはっきり脳内に浮かんでくる。とめどなく加速するクリエイティビティ。第二次最盛期か?
10. SML "Small Medium Large"
アメリカ・ロサンゼルス出身のジャズバンド。LAジャズシーンの重要拠点であり、惜しまれつつも2023年末に閉店したジャズバー、エンフィールド・テニス・アカデミー。その会場にて行った即興のジャムセッション4公演分を録音し、その後に各メンバーが編集を施して完成したのがこのデビュー作とのこと。耳聡い好事家たちが夜な夜な集っていたであろうこの場所で、見たことのない何かが今まさに産声を上げようとしている、そんなスリリングで神聖な瞬間ばかりがパッケージされた、空前のドキュメンタリーとでも言うべき演奏の数々。多彩な質感で心地好く耳をくすぐる Jeremiah Chiu のアナログシンセサイザー、その合間をかいくぐるようにしてギター、ベース、サックス、ドラムが慎重に音を重ねる…かと思えば電化マイルスからポストパンクまでを捉えた鋭角ファンクビートで躍らせたり、楽曲未満の不定形の音の群れが漂ったり。この演奏を理解できるか?感じられるか?容赦ない問い掛けの連打に挑戦心を煽られる。安心ばかりじゃ物足りないのよ。
Listen: SML "Three Over Steel"
9. Ben Frost "Scope Neglect"
オーストラリア・メルボルン出身のプロデューサー。今作では米国メタルコアバンド Car Bomb のギタリスト Greg Kubacki と、同郷メルボルンのポストパンクバンド My Disco のベーシスト Liam Andrews が参加。特に Greg のギターサウンドが全編でフィーチャーされており、ハイゲインで殺傷力の高いヘヴィギターをこれでもかと弾き倒しているわけだが、Ben Frost はそのプレイからメタルの構成を完全に抜き取り、ズタズタに切り刻んで伸縮させて冷徹なシンセサウンドと絡め、以前のドローン的手法とも違う新種のヘヴィサウンドコラージュを完成させている。個々の音の鋭さがえげつないのはもちろん、音の間を大きく取った構成は真っ暗闇の中で息を潜める大蛇に睨まれ続けているかのような、嫌な汗をかくほどの途轍もない緊張感を発する。叙情や叙景、意味性の一切を剥ぎ取った純粋無垢のヘヴィネスは、それでもなお新たな叙情や叙景、意味性を聴き手の内に沸き立たせる作用がある。果たしてそこに何が見えるか?
Listen: Ben Frost "The River of Light and Radiation"
8. Kelly Moran "Moves in the Field"
アメリカ・ニューヨーク出身の作曲家。今作で使用されたのはヤマハ製ディスクラビアなる自動演奏機能つきグランドピアノ。これまでの作品で顕著だったプリペアドピアノの実験的な響きはなくなったが、代わりに人間の物理的な限界を超えたピアノプレイを可能にする…とは言いつつも、ここではあからさまにスーパーヒューマンな超絶技巧を見せつけるのではなく、独奏あるいは連弾のナチュラルさを保持し、エレクトロニックな装飾もほとんど無しのクラシカルなテイストを重視しながら、自動演奏を導入して表現の拡張を試みる、といった手法が取られている。想像をかきたてるタイトルを冠せられた、複雑さや奇抜さではなく調和の取れた正統なピアノ曲。なので制作の背景を知らずとも、ここにある楽曲の流麗な美しさ、凛々しくもセンチメンタルに彩られたメロディの数々は、あらゆる属性に左右されず多くの人の胸を打つに違いない。
Listen: Kelly Moran "Butterfly Phase"
7. ZAZEN BOYS "らんど"
日本のロックバンド。聴けば聴くほどに、向井秀徳の話者としての説得力に唸らされる。シンセサイザーを排して元来のシンプルなバンドサウンドに回帰したのもあるし、向井の声質が経年変化で少しずつ嗄れてソリッドになってきてるのもある。強烈なマスロック/ポストパンクの演奏と同等、いやそれ以上に言葉が前面に浮かび上がってくるのだ。先行で公開された "永遠少女" はもちろんのこと、"八方美人" でのやり場のない渇望や孤独感、"公園には誰もいない" や "YAKIIMO" などの何気ない風景の中に潜む寂寥、また "バラクーダ" や "胸焼けうどんの作り方" のシュールでナンセンスな遊びにおいても、ひとつひとつの言葉がくっきりした輪郭を持って突き刺さってくる。冷凍都市から諸行無常の乱土を見つめながら湧き上がってきた詩情は、なんでもない飄々とした素振りで、しかし時には険しい表情で、市井の人間にふわりと寄り添ってくる。そして完膚なきまでに躍らせる。
6. Nilüfer Yanya "My Method Actor"
イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター。90年代オルタナティブロックが源流にあるのは確かなはずだが、前作 "PAINLESS" のように具体的な影響元が透けて見える感覚は今作にはあまりなく、初聴きの際は取っ掛かりにくい印象があった。しかし注意深く聴き進めていくと、フォークの素朴な渋味やインディ・エレクトロの知的な洗練、ドリームポップ風の音響やラウドなギターに至るまでが、メランコリックでしなやかな Nilüfer の歌声に導かれて濃密に溶け合っていることに気づく。心の翳りや弱さを表現するために、彼女はダイナミックな抑揚をつけることを選ばず、心の曖昧な移ろいをそのまま音に反映させるかのように、多彩な音のテクスチャーを一本の線で丁寧に繋ぎ、控えめでありながらひどく雄弁なアートポップを完成させるに至った。何某のジャンルやバンドといった既存の像に囚われない、さり気ないようで独創的な、味わい甲斐のある音像だ。
Listen: Nilüfer Yanya "Like I Say (I runaway)"
5. BIG|BRAVE "A Chaos of Flowers"
カナダ・モントリオール出身のメタルバンド。本来は最大の音量こそが最大の結果をもたらす派閥のドゥーム/スラッジメタルであり、実際にここでも聴き手を圧殺する勢いのヘヴィサウンドが展開されているのだが、禍々しいとかドラッギーだとかの印象はなく、むしろ崇高で美しいとすら思う。ボーカリスト Robin Wattie の物憂げで柔らかな声、また大らかなグルーヴや侘しさの滲んだギターフレーズにはフォーク/カントリー色が強く表れており、そのためポストロックあるいはスロウコアの深遠な空気感が通底し、ドゥーミーでありながらしなやかで風通しの良い感覚も共存している。個々の音は破壊的なまでにブーストされているが装飾は最小限で、音の間の静寂も味方につけて自己流の美しさを追求している。ドゥームの流儀に背を向けず、ドゥームの領域を拡張する試み。力強さと脆弱さが同時に封じ込まれた、あまりに生々しい生命力を感じる作品。
Listen: BIG|BRAVE "i felt a funeral"
4. 柴田聡子 "Your Favorite Things"
札幌出身のシンガーソングライター。自分は柴田聡子の作品をきちんと聴くのは今作が初めてで、試しに過去の作品も遡って聴いてみたが、それなりに段階を踏んではいるものの、明らかに今作でモードが切り替わっているのがよくわかる。艶やかな R&B 由来のメロディと素朴な J-POP のセンスが交差し、横揺れする絶妙なグルーヴや音響構築の面でも細かいところまで気が配られている。そこに豊かな多重コーラスが加わると、個人的には意外と坂本真綾の諸作を思い出したりするのだが、意表を突く言語チョイスや言葉本来の音節を分解した譜割りも彼女ならではのユニークさがあり、さらさらと力の抜けた素振りの歌の中へ自然と惹き込まれてしまう。カバーアートからして映画のワンシーンを切り取ったような情感の機微を感じさせるが、その名も "Movie Light" でたおやかな弦楽隊をバックに歌う彼女の声は、目に見える日常をドラマチックな映画の世界へとすり変えてしまう、それくらいのパワーが宿っていると思う。この歌に出会えてよかった。
3. Still House Plants "If I don't make it, I love u"
イギリス・ロンドン出身のロックバンド。ロックバンドは、とりわけスリーピース編成のシンプルなアンサンブルは、その三位一体がまるでひとつの有機的な生命体であるかのように感じることがままある。互いの音を重ね合わせ、呼吸を重ね合わせ、視線を重ね合わせることで生まれる新たな融合体。この Still House Plants の新作はそんな現象の最たるものだった。硬く乾いた鳴りのドラム、豊かなリバーブを含みつつも金属質にザラついたギター、そして自分自身に何度も強く問いかけるように歌う祈祷のようなボーカル。オルタナティブロック、マスロック、ポストロックの最新鋭と形容することはもちろん可能だが、それ以上にこの、殺伐とした空気の中に少しずつ熱を昇らせ、仄かな憂いとともに空高くカタルシスへと向かおうとする、とことんまで感覚を研ぎ澄ませて展開される演奏の数々は、ジャンル云々を飛び越えた演奏/歌唱のプリミティブな魅力が宿っている。鳴らされる音のひとつひとつに確かな血脈が感じられ、わけもわからず無性に涙が零れそうになる、そんな名演ばかりが詰まった傑作。
Listen: Still House Plants "M M M"
2. Mk.gee "Two Star & the Dream Police"
アメリカ・ニュージャージー出身のシンガーソングライター。自分が確認できただけでも Justin Bieber 、Eric Clapton 、Nicole Kidman からも注目を集めていたりと、今年に入ってから急速にトレンドの波を巻き起こしている感があるが、実際に彼の柔らかな歌声とニュアンスに富んだギタープレイ、ロングヘアーで目線を隠しながらフェンダージャガーを爪弾く佇まいにはある種のアイコニックというか、新世代のインディ・ヒーローとでも呼ぶべき異質のカリスマ性が漂っている。かくいう自分もそんな彼の姿に魅了されている人間のひとりなのは認めざるを得ない。主に80年代のソウルや R&B 、ファンク、ニューウェーブポップといった要素を集約し、アンビエント感の豊かなトラックと瑞々しいギターの音色、暖かく穏やかな歌声に、極めてシンプルな形で反映させた珠玉の歌の数々。何気ないスタッカート、転調、テクスチャーの変化のひとつひとつが胸を刺し、ベルベットの柔らかさとナイーブなざらつきを同時に感じさせる。浅い眠りの夢の中で鳴っているような非現実的でミステリアスな音なのに、聴き手のそばにふわりと寄り添い、琴線に触れてくる。さり気なくて規格外。これぞ大器だろう。
Listen: Mk.gee "How many miles"
1. The Cure "Songs of a Lost World"
イギリス・クローリー出身のロックバンド。
改めて自分の話をすると、自分は BUCK-TICK や Plastic Tree 、cali≠gari といったヴィジュアル系バンドのルーツを辿って The Cure に行き着いた。最初に聴いたのは "Greatest Hits" か "Disintegration" のどちらかだったと記憶しているが、いずれも J-POP に慣れ親しんだ十代の耳には少し難しく、ウンウン唸りながら何度も繰り返し聴いていた。その一方で前述のバンドたちも追い続け、また他の国内外のオルタナティブロックバンドにも手を伸ばしたりを繰り返しているうちに The Cure に対する理解が徐々に深まり、ようやくリアルタイムでの体験となった "4:13 Dream" 、そこから10年越しの2019年フジロックで来日ライブの機会をようやく掴んだ時には、The Cure は確実に自分の人生の一部と化していた。ファン歴で言えば他の猛者たちには遠く及ばないが、The Cure 自身、そして彼らが影響を及ぼしてきた後進バンドを含めれば尚更、このバンドが無ければ今の自分は存在しないと言い切れる。
そんな自分にとって、長いこと制作の話ばかりが宙に浮いていたこの16年ぶりの新譜は、紛うことなく The Cure そのものであり、それでいて過去の模倣に陥らない、堂々たる風格を感じさせるものだった。歌がなかなか入らないならイントロを聴けばいいじゃない。絢爛でパノラミックな広がりと重厚さを発揮しつつ、アルバム表題そのままのダークで繊細な、儚いがゆえの美しさを描き切ったサイケデリックサウンド。歌詞も退廃的だが自己陶酔的な面も多くあり、心の闇に侵されて深く沈んでいく語り部の言葉はサウンドと密接に組み込まれている。ドリームポップの幻惑と浮遊感があり、メタルやインダストリアルの緊迫したヘヴィネスがあり、そして何より切なく澄んだメロディがある。全てのジャンルは The Cure に通ず、と言わんばかりの含蓄に富んだアンサンブル。復帰作としては申し分ないし、彼らの存在がいかにエッセンシャルなものであるかを雄弁に語る、その説得力は旧知のファン以外にも波及するはずだ。実際、今作は全英1位、全米4位というキャリア屈指のチャートアクションを見せている。
自分は今作を聴いて、Robert Smith はもうこれでいつバンドを畳んでも一片の悔いもないという心境だろうと勝手に推測している。それくらい今作は徹底的に自身の表現をやり切った印象がある。The Cure はとうとう完成した。その瞬間に立ち会うことができて、本当に良かった。ただ話によればどうやらもう1枚アルバムを準備しているらしいが。それもまた一興だ。とことんまで付き合おう。