【論文要約】リナロールが効能を発揮するタイミングは?【リラックス効果】
えーラベンダーアロマを愉しまれている全国のみなさまこんにちは。
様々なラベンダーを4年育てていますエフゲニーマエダと申します。
4年目の栽培シーズンが終わり、この頃ラベンダーの香りについて思いはじめた事があるので、それにまつわる論文の紹介とともに思うことを書いていきたいと思います。
それはズバリ、ラベンダー精油主成分のリナロールと酢酸リナリル、どっちが強く香っているの?といういわば香りの命題的テーマでっす!
論文の内容は単純でおもしろいんですが、論文を読み込むための知識をわかりやくす砕いているうちに長文化してしまいました。長いですが!
1.抗ストレス・鎮静効果が有名な精油成分「リナロール」
香料産業やアロマテラピーに関わる人間は誰しもが必ず耳にしたことのあるワードなのではないでしょうか、リナロール/Linalool。
ラベンダー栽培&蒸留に携わる私エフゲニーマエダであっても、確かもっとも最初に耳にした香り成分の名前だったはずです。
知る人ぞ知る「リナロール」をはじめこれを多量に含む「ラベンダー精油」などの期待効果は抗不安やリラックス、安眠効果が代表的ですよね。
これは皆さんご存知かと思います。
ほか鎮静、血圧降下、疲労回復効果などが知られているかと思います。
2.ラベンダー精油の代表的な成分としてのリナロール
ラベンダーの花やそれから抽出できる精油を癒される良い香りとしている要因のひとつがこのリナロールを40%ほどと多量に含んでいることに起因しています。
精油成分の主体をリナロールおよびその酢酸態である酢酸リナリルが担うことにより不快な酸味や覚醒感を伴わない香りを実現しているとされます。
香りの世界においてリナロール(Linalool)というワードを目にする植物/精油といえばコモンラベンダー、ラバンジンラベンダーのほかにセージ(Salvia属)の一種であるクラリセージ、柑橘類のベルガモットやプチグレン、樹木類だとクスノキ(ホーリーフ、ホーウッド)やローズウッド、ロザリナ(ラベンダーティーツリー)などが知られている有名どころでしょうか。
ほかに低量ながらリナロールを含有する植物種を探すと、実に多種多様な植物や花の香りに含まれる成分であることがわかります。
世の中にはリナロールを生み出せる植物が割と多いようなのです。
しかしながら、ラベンダーの香りを特徴づけている香り成分はリナロールおよび酢酸リナリルのどちらであるかはあまり知られていません。
Web上でそれなりに調べてみると、
抗不安効果 ▶︎ リナロール由来
リラックス効果 ▶︎ 酢酸リナリル由来
であると区別して書いているページがいくらか見られますが、双方香りの違いについて言及している記述はあまりみられません。
(情報源までを明記している例はきわめて少ない)
▶︎「ラベンダーの花言葉」にもみられるリナロールの薬効
「花言葉」が書籍化され世の中に知れ渡ったのは分子化学が発展する以前の19世紀からとされていますが、ラベンダーの花言葉には精油薬効を象徴するような「冷静」「鎮静」といった副交感的なニュアンスが存在しています。
察するに、ラベンダーの香りが持つそれら効果は化学検証が行われていない時代であっても民間には知られていた知識であったようなのです。
3.リナロールは強く香るか?
ラベンダー精油の代表的な成分としてリナロールおよび酢酸リナリルが挙がるのは有名な話で、他にも精油成分にリナロールを持つ植物がありふれていることも知られています。
では、それらリナロールを多く含む植物の精油はみなラベンダーに似た癒される香りを持っているのでしょうか?
▶︎リナロール含有値90%以上のホーリーフ精油の香り
ラベンダー花の香りの甘美さはどの成分が担っているのか?について調べるためにリナロールの塊であるホーリーフ精油(Cinnamonum camphora)を入手・所有しています。いわゆるクスノキの葉っぱから得た精油ですね。
ホーリーフ精油が誇る含有値90%以上という、いわば"リナロールの塊"をもってしてほぼリナロール単体の香りを確かめようと思ったのです。
しかし、いざホーリーフの香りを試してみると甘美なラベンダー香とは似つかない鈍いバーバルな香りがするのです…これには驚かされました。
▶︎リナロール含有値90%以上〜ローズウッド精油の香り
芳樟と同じくリナロールが約90%ほど含まれ、芳樟以前はこちらからリナロールが抽出されていた事でも有名なローズウッド精油(Aniba rosaeodora)の香りを試してみました。
ラベンダーよりかリナロールの含有量を持っていながらも、やはり初手ラベンダーのように強いフローラル香などはありません。
うっすらと優しげなハーバル香がするのはホーリーフ精油と似ています。
▶︎リナロール含有値30%以上〜ロザリナ精油の香り
ラベンダーと香りが似ていることから別名ラベンダーティーツリーの名を持つロザリナ精油(Melaleuca ericifolia)の香りも確かめてみました。
上記の論文ではM.ericifoliaはリナロールを約40%近く含んでいることが示されています。(並びに1,8-シネオールが約30%)
ラベンダーのように明らか香り立つフローラル香は感じられませんが、1,8-シネオールが含まれるためか甘めの目が醒めるようなハーバル臭が存在しています。カンファーを持つセージやローズマリーとは違ったベクトルのハーバル香です。
しかしながら上記3つの精油を嗅いで確かめても、ラベンダーのように甘美で癒される強いアロマを持っている精油はありませんでした。
それら検証によって、ラベンダーの香りはリナロールが主として強く香ってるワケではないようなのです。
▶︎酢酸体の香り?
じゃあ何者がラベンダーの甘美なアロマを作っているのか?と考えたとき、このリナロールの酢酸付加体である酢酸リナリル(Linalyl acetate)が浮かび上がります。
名前の通り、癒し成分リナロールに酢酸がくっついた化学構造をしています。
食酢や単体の氷酢酸にしても、刺すようなかなり強烈な匂いがしますよね。
その酢酸がくっついたリナロールなワケですから、何かしらの香りはするワケです。
で、香りの説明を知るために国際的な香料サイトの酢酸リナリルページをみてみましょう。
酢酸リナリル単体の香りの説明ではフレッシュ、フローラル、ラベンダーとありますね!
リナロール単体とは違って「フレッシュさ」が加わっています。
以下の香料辞典によると、「フレッシュ」はシトラスや目醒香は意味せず、リナロールよりは良い香り(Fine Aroma)がするという意味を持っているようです。
さてさて話の路線が酢酸方向にズレてしまいましたが、路線をリナロールに戻しましょう。
4.リナロールが薬効を発揮するタイミング
さてさて、いよいよ本記事のタイトル回収となる論文の要約パートに入ります。ラベンダー精油に含まれるリナロールがどのように薬効作用を与えているのかのメカニズムが近年判明したのです。
▶︎ざっくりと論文の内容要約
2年前の2021年に発表されたリナロールの薬理機序について詳しく調べられた論文ですね。
後年のさまざまなリナロールの薬効・作用に関する論文において本論文の引用が見られ、それほど重要で意義のある研究となったことが伺えます。
肝心の内容についてですが、ラベンダー精油をはじめリナロールを含むアロマ・香り成分が鼻呼吸での経路で体内に入り抗不安や鎮静薬効を示すなら、鼻経路ではなく皮膚表面吸収/経路でも同様の薬効を示すのではないか?と仮定されたワケです。
簡単に言うと、鼻から気化したリナロールを吸う以外に皮膚表面から塗布吸収させても同様の薬効は得られるのか?を検証した研究となります。
見方を変えれば、鼻がつまって匂いがわからない人にも同様の癒し効果を与えるかどうか?の検証であったりもします。こちらの方がわかりやすいですかね。笑
▶︎行った実験内容
【調査対象】
この論文では人間(唾液成分変化など)ではなく、確実な不安行動の有り無しをみるために実験用マウス(行動変化)を観察対象としたようです。
【リナロールの効果確認】
まずリナロール自体の抗不安効果は本当かどうかを確かめるために、「未知の場所を探索したがる性質」と「明るい場所には近づかない性質」を持つ実験用マウスに気化したリナロールを30分間嗅がせ(気体曝露)ます。
曝気直後に「葛藤、迷い」を引き起こさせる高架式十字迷路試験という行動観察テストを行ったようです。
この実験でリナロール曝気によるマウスの不安解消効果が確かなものである結果となったようです。
続く対象実験として、3-メチルインドール薬液を投与(腹腔内)して匂いを感じる機能を失調させたマウスを用意し、皮膚表面などからでもリナロールを吸収できる形となる同様のリナロール暴露実験を行なっています。
▶︎結果は以外なものだった
鼻腔粘膜以外の部分でリナロール分子と触れる事ができている嗅覚失調マウスでは抗不安効果が完全に消失していたと結果が出たのです。
すなわち、匂いが分からなければリナロールの抗不安効果を得られないということがわかったのです。
リナロール単体ではさほど強く良い香りがしないので、他の分子とともに良い香りが発生した条件下でのみリナロールの鎮静効果が働くという驚きの発見がありました。
また、リナロールが抗不安作用を働かせる神経伝達回路である、以下
①GABA-A受容体
②セロトニン1A受容体
の2つをそれぞれ投薬阻害して検証したところ、①GABA-A受容体を介してリラックス効果を働かせていることがわかったのです。実験用マウスにおいての、限定的であるリナロールの抗不安作用が働く神経伝達回路が判明したことになります。
▶︎リナロールの薬効時間
しかもリナロールには作用が解けはじめてしまう時間が15分程度ということが判明しており、効果持続時間は意外と短いものであることが言えるようなのです。
つまるところ、リナロールがリラックスや鎮痛効果などを発揮できる時間は「リナロールの癒される香り」を知覚してから15分間程度(マウスにおいては)ということがこの実験によって判明したのです!
しかし、その効果時間の短さがリナロールの香りを長時間嗅ぎ続けることで慣れて感じられなくなってしまう嗅覚順応であるかどうかまでは検証されていないようです。
5.エフゲニーマエダの机上空論
リナロールの抗ストレス・鎮静薬効を効率的に得るためには、リナロールを含む香気/アロマを嗅いだ人間が「心地よい」と思えなくてはいけないようです。
それがいわゆるリナロールの薬効を得る必須条件だったりします。
さてさて、では「より良い香りの香水・アロマアイテムを作る」というよりかは、「リナロールの分子が持つ薬効を得る癒しアロマを作る」ことをテーマに考えてみましょうか。
上記で述べたように、リナロールが単体高濃度に含まれる精油だけではあまり良い香りがしません。ラベンダーの香りはせずうっすらハーバルな香りがする程度。
なのでブレンドアロマなどにおいて、芳樟精油をドバドバ入れたら良いという事でもないのです。
ではリナロールが高濃度に含まれる芳樟精油をどう扱うべきか?というと、既存の心地よいブレンドアロマに適度に加えてあげるのがベストかと思うのです。
まぁ早い話ですが、アロマアイテムを使う人それぞれが好きな香りにホーリーフorホーウッド精油を加えてあげるとリナロールの薬効を高めることができるよね〜という結論のお話になるワケです(笑)
6.ミツバチを寄せているのはリナロール?酢酸リナリル?
実は、ミツバチがラベンダー精油に含まれる代表的な芳香成分のどれに誘引されて開花したラベンダーを見つけているのか?に関してある程度の答えがすでに出ています。
それはわりと最近、中国の花卉研究グループによって確かめられた論文があるんです。
その論文で扱われる図表(上記)をもってきたんですが、ミツバチが何の香気成分(順に空気、開花した花の総成分、リナロール、酢酸リナリル、酢酸ラバンジュリル)に誘引されるかを示したものです。
最も高いのはF3-1(開花したラベンダー花から得た精油成分)が最も高い数値を示していますが、続いて優意に高いのはなんとリナロールではなく酢酸態物質(俗にいうエステル類)なんですね!
リナロールに関しては誘引レベルがほぼ無いものとして否定されている驚きの結果でした。
■関連論文
Linalool Odor-Induced Anxiolytic Effects in Mice(2018)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/52/2/52_112/_article/-char/ja/
リナロール香気が不安を軽減する脳の仕組み(2021-鹿児島大学大学院医歯学)