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「ディープテック」がつなぐ、テクノロジーとインパクト投資の未来

連載「インパクト」実現のためのアイデアスケッチ【第二回】

売上や利益などの「経済性」だけでなく、それと同時に社会問題の解決やインパクトの創出などの「社会性」を両軸で目指していく投資のあり方「インパクト投資」。金融業界やスタートアップ業界を中心に着実に浸透しつつある「インパクト」の未来について考える連載「”インパクト”実現のためのアイデアスケッチ」をお届けします。

筆者は、日本におけるインパクト推進に努めてきたSIIF(社会変革推進財団)で、インパクト・カタリストとして先駆的な事例の創出や手法の研究開発に携わっています。そこで見聞きしたり掴みかけたアイデアをまとめてお伝えしていくのが連載の目的です。

今回は、前後編にわけて「テクノロジー」をテーマにお届けします。

前編(この記事)では、「ディープテック」というトレンドワードから、テクノロジーの領域に「ソーシャルな視点・インパクトの視点」が組み込まれつつある潮流を解説。

後編ではそれを踏まえて、ディープテックの社会実装を手助けするアプローチとして「SFプロトタイピング」「スペキュラティブデザイン」について実例を交えながら紹介していきます。

(好評いただいた連載一回目の記事はこちら

ハイテクという言葉が消え、時代はディープテックへ

テクノロジーの進歩や活用が、社会課題解決に大きく関連していることは、自明とは言わないまでも、多くの人が体感してきたことだと思います。(注1)
 
私たちにとって当たり前の存在であるテクノロジーですが、インパクトの観点から見てみると、近年大きな変化が生まれていることに気づきます。それが「ディープテック(DeepTech)」という言葉の到来です。
 
ディープテックとは、一言で言えば「地球規模の課題解決にインパクトを与えるような革新的なテクノロジー」を指す言葉で、社会的に深い課題(ディープイシュー)を解決するために必要となる根幹技術のことです。(注2)
 
例えば、気候変動や資源の枯渇を前提とする社会の中で、AIやロボティクス技術、VR/AR等のヒトの拡張技術、クリーンエネルギーや代替食糧の開発などが挙げられたりします。
 
ディープテックの「ディープ」という言葉には、解決する社会課題の「深さ」という意味と、それを解決する技術の「深さ」という二重の意味があります。元々は大学を中心とした研究開発機関において、日の目を見るまでに時間がかかる次世代研究技術やその開発を意味していました。しかしこの数年でもう少し広義的になり、現在ではテクノロジー系のベンチャー企業が担う技術開発や発展途上国での広域的な問題解決にまで、この言葉や概念が使われるようになってきています。

参考写真:SIIF支援先のプラスソーシャルインベストメント株式会社は、運営する立命館ソーシャルインパクトファンドにおいて世界初の小型水循環システムを開発するWOTA株式会社などに出資している。

少し時代を振り返ると、これまでこの領域を指し示すものとして「ハイテク(High-Tech)」という言葉が一般的でした。
 
しかし最近は「ハイテク」という言葉はあまり聞かれなくなり、代わりとして「ディープテック」という言葉を聞く機会が増えています。

「社会課題解決」を明確に志向するテクノロジーのあり方

ではディープテックはハイテクと何が違うのでしょうか?
 
それは、テクノロジーにおける社会的な便益が大きく意識された言葉だという点にあると私は考えています。また、テクノロジーの開発に求められる時間軸を、収益性などに囚われず、短期ではなくより長期に取っていることが特徴です。
 
「ディープテック」は「インパクト投資」という言葉同様に、コアな意味を持ちつつも、ゆるやかに多義的であり、必ずしもたった一つの定まった意味を示す言葉ではありません。本記事では様々な事例や記事を参考にしつつ、ディープテックの定義や意義を「ハイテク」との対比の中で、下記のように考えています。
 
①社会的課題解決やインパクトとの追求
・技術のための技術ではなく、いかに社会を変えていくのかが重要であり、技術そのものの価値を超えて、成果や結果に対しての社会的インパクトを追求しようとする意識が組み込まれている。
 
②長期的な時間軸による技術開発の必要性
・短期的に儲けることができる技術ではなく、市場化に時間がかかる製品開発や研究開発が必要な領域への投資や支援を行うべきという志向性が組み込まれている。
・また必ずしも技術の先進さのみを追求するわけではない。
 
③システミックチェンジや破壊的イノベーションへの志向
・漸進的な改良や対処療法的な技術の応用よりも、新しい根幹技術により、社会や市場の構造自体への変革を引き起こすような、イノベーションを推進しようとする意図が求められている。
・インターネットやスマートフォンの普及が世界的に飽和した中で、新たなパラダイムシフトを起こす技術を求める。
 

このような定義をもとにディープテックという言葉を見返すと、必ずしもその意味が特定の技術テーマや研究開発だけを示すのではなく、社会とテクノロジーのあり方を考えていくためのムーブメントであることに気づきます。テクノロジーという「それ単体では価値中立」とされてきたものに積極的に「社会的観点・価値」を組み込んでいこうという意志の現れとも言えるかも知れません。
 
これは別の角度(この連載の主題である“インパクト投資”の視点)から言ってみれば、ベンチャー投資の本流である「テクノロジー」がもはやインパクトとは無関係ではいられないということでもあります。


(注1)初っ端から恐縮ですが、自明と書きながら実は全く自明ではありません。テクノロジーに関しては、必ずネガティブインパクトを生み出すことのリスクがあり、社会課題が生まれる大きな要因の一つでもあります。またテクノロジーのみが独り歩きして有効に活用されないこともこれまでに様々な事例があります。
 
(注2)ディープテックの定義・最新の動向については、フランスのNPO法人Hallow Tomorrowなどに詳しい情報があります。解説書については、丸幸弘さんおよび尾原和啓さんの著書「ディープテック 世界の未来を切り拓く 『眠れる技術』(日経BP)」などがあります。

テクノロジーとインパクトの「交差点」

その証拠にというと大げさですが、日本のベンチャー投資業界でも実際に様々な動きが出てきています。

例えば、我々SIIFが事務局を務め、2021年11月に複数の金融機関が署名をしたインパクト志向金融宣言ではANRI株式会社、グローバル・ブレイン株式会社、Beyond Next Ventures株式会社、リアルテックホールディングス株式会社などがともに宣言に参加しました。

いずれも、出資先にディープテック企業がある著名なVC(ベンチャー・キャピタル)です。この流れが今後より一般的なVCにまで及んでいくことは想像に難くないでしょう。

少し個人的な思いになりますが、私がSIIFに参画した2018年、日本では「インパクト投資」という言葉はあまり使われておらず、「社会的インパクト投資」と呼ばれていました。ごく一部の社会的企業やソーシャルベンチャーを対象とした「特別なもの」と受け取られていたように記憶しています。それがこの数年で業界の認識が大きく変わってきていることに私自身驚きを感じています。

始まる「ディープテック✕インパクト評価」

ディープテックという概念によって、ベンチャー投資においてもインパクトが重要視されつつあるわけですが、それはすなわち「インパクトをいかに可視化するか」が重要になるということでもあります。その際に役に立つのが、我々が普段推し進めているインパクト測定やマネジメント(IMM)の実施です。(IMMについて詳しくはこちら )
 
実際に、上述したインパクト志向金融宣言の署名企業の一つでもあり、日本におけるディープテックの先駆けであるリアルテックホールディングス株式会社は、2021年4月より、設立したVCファンド「リアルテックファンド3号投資事業有限責任組合(通称:グローカルディープテックファンド)」にて、三井住友信託銀行株式会社と提携する形でインパクト評価を実施しています。
 
我々も日々、様々なVCからインパクトマネジメントについてのお問い合わせを頂いており、今後この流れは一気に加速していくでしょう。

現状の延長線上にはない未来をどのように描くか

さて、ここまでディープテックというトレンドワードを補助線としながら、わりと真面目にテクノロジー✕インパクトのトレンドを語って来ました。
 
後編記事では、以上のようなディープテックのトレンドを踏まえた上で、新しい未来を描くためのまだ未完成なアイデアに注目するアプローチについて紹介します。
 
具体的には「SFプロトタイピング」とその背景に関わる「スペキュラティブデザイン」について触れていきます。ワクワクすると同時に、不確定なことまで、もう少し踏み込んで語っていきます。

後編記事はこちらからご覧ください。

◆著者プロフィール:
古市奏文 
一般財団法人社会変革推進財団 インパクト・カタリスト
メーカーやベンチャーキャピタルなどを経て2018年にSIIFに参画し、インパクト投資の先行事例創出などをリードして行う。

◆連載「“インパクト”実現のためのアイディアスケッチ」はこちらから。

【撮影:西田香織/聞き手・構成:南 麻理江・鈴木やすじろう(湯気)】

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