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多拠点生活が生み出す新しい生き方と社会的価値に投資する

■ シリーズ: ESGの一歩先へ インパクト投資の現場から ■

インパクト・オフィサー 古市奏文

 新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークを認める企業が増え、「多拠点生活」という概念が身近になってきました。2019年11月、SIIFがオルタナティブ事業の一環として最初にインパクト投資を行った株式会社アドレスは、定額制で全国の家に自由に住めるco-living(コリビング)サービスADDressを展開するスタートアップ。同社はこの1年、大きく登録会員数を伸ばしています。

 ADDressのサービスが他のコリビングサービスと決定的に違うのは、単に宿泊場所を提供するだけでなく、人口減少した空き家を活用し、管理人である家守(やもり)を中心に地域と滞在者を結び付けて新しいコミュニティづくりを目的にしている点です。富裕層をターゲットにした別荘ビジネスとは異なり、多くの人にとって利用しやすい料金設定にしています。

 彼らが目指すのはビジネスの枠を超えて、新しい社会や価値観を提案すること。「全国創生」を掲げ、都市の課題と地方の課題を同時に解決することをミッションにしています。

 SIIFはビジョンと戦略的な意図のもとに厳選して投資を行う組織のため、投資を決定するにあたっては慎重な判断を行いますが、私自身、同社に対して既存のベンチャー企業とはまったく違う印象を持ちました。創業者の佐別当隆志さんは、ガイアックス在籍中にシェアリングエコノミー協会を立ち上げ、個人でも家族と住む家をシェアハウスにして運営していたという経歴の持ち主。先進性を持つとともに、新たな社会的価値を創るというビジョンを描ける起業家です。日本社会の現状を見据え、一つ一つ積み上げてきたビジネスモデルには大きな可能性と魅力を感じました。自分たちの戦略と合致しているかを丁寧に見ていった結果、インパクト投資のモデルを作っていくという意味では、アドレスのような企業こそ率先して成功に導かなくてはいけないと確信を持ちました。

 現在、同社との共同プロジェクトとして、地域における関係人口の増加がもたらす社会的インパクトの創出を可視化していくという調査研究を始めています。

 地域創生という文脈でみると、地域に関係人口を増やしていけることがアドレスの一つの魅力であり、その先に地域の活性化という概念があります。地域活性化といっても移住誘致だけでは限界があります。多拠点生活であれば、プログラマーや経営者、料理人、医師といったさまざまなスキルを持つ登録会員が、その地域でも生産活動をしたり、地域のイベントや行事を一緒に担ったりと地域社会に関わることが期待できます。
 一方、登録会員にとっても地方に帰属できるコミュニティを持つことは、多様性につながります。移住まではすぐにできないけれど、デュアルライフという手段もある。「地方に住むか、都会に住むか」という二者択一ではなく、新たな選択肢が生まれることで個人の生き方の自由度が上がり、幸福度が高まります。

 創業から2年経ち、事業は順調に伸びており、拠点も会員数も右肩上がりです。実際に、それまでの住居を解約してADDress内に専用ベッドを借りて多拠点に暮らすという新しい生き方を始めた人もいますし、リモートワークという枠で都会から離れて暮らす人も増えています。今はコロナ禍にあって、地域社会に積極的に関われないというジレンマもありますが、そこは長期的に見ていきたいと思います。われわれがアドレスに期待するのは、新しい社会をつくるためのモデルとして、既存の資本主義の捉え方では出来なかった価値、お金には置き換えられない価値を生み出すこと。そのインパクトの創出を一緒に進めていきたいと考えています。

 これを第一弾として、SIIFでは今後も、新たなエコシステムを作っていく事業に出資をしていきます。ただ、アドレスのようなビジョナリーな企業は待っていてもなかなか出現しません。だからこそ一方で、新しい資源循環の仕組みづくりを行う実験的研究プロジェクト「ハルキゲニアラボ」を進め、より積極的なインキュベーションを同時並行で行っています。



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