いやなものはいやだ。
占い師あるある、でも無いのですが。
私は職業上、検証や慣習に従う必要があるので
「土用が明けるまで極力動かない」
と気を付けていたものの、そうはいかず。
ならばせめて
「余計なことをしないよう、気を付けよう」
と思ったところでタスク山積み…
この2日間は特に、早朝深夜問わず
複数の作業をこなしながらの電話漬けでした。
いやー
思春期でもここまで喋ってないなっていうほど。
その合間に
【千秋万歳 福は内】の話を書いていたものの
巷では十分すぎるくらい
節分に触れられているので、また来年。笑
今言葉にしておいた方が良いな
と感じた、その思いを優先することにしました。
無理やりかもしれませんが、
言葉はマイナスの響きでも、得るものはポジティブ
ってこともありますよ、な話です。
++++++++++
立春前の土用期間は閉塞感漂う
似たようなご相談や連絡が続き、
ビジネスパートナーの近況報告も地続きな話。
そこで口について出たのが
いやなものはいやだ。
人がやることには口出ししないけど
私は(そういうことを)いたしません。
でした。
それは自分のポリシーに反すること。
具体的には
決めつけ
感謝の押し売り
銭ゲバ行動
などの自分がされて嫌な事。
まず、こういうことはやらない。
嫌とまでいかなくても、違和感のあることを
無理やりしてしまうのはウソになる。
思ってもいないことは言えない。
私は
「中身の伴わない言葉の軽薄さには
嫌悪感をもってしまう。
ただし対立は好まない、博愛主義者」
なので、一部を切り取られると
完璧主義者、八方美人、日和見主義、偽善者
といった評価を頂くことがあります。
ところがですよ。特に仕事に対しては
できる・できないではなく
常に「どうすればできるかな」思考でいて
思ったことは言う。優先順位もある。
モノづくり業界のお陰で身につけられた
自分の弱み克服に繋がった視点もある。
それらと混在しているのが、
「いやなものはいやだ」という本質的な部分。
私にとっては言い訳でなく、意思そのもの。
大切な部分を誤魔化してまではやらない。
完璧でもなければ、イイ子ちゃんでもない。
八方美人さんドコデスカー?
こうして摩擦が起きることがあります。
上手く立ち回れないんですよね。
それが人を不愉快にさせているかもしれないし、
申し訳ないと思う気持ちはあります。
ただそれでも、信念や選択は変わらない。
取り繕うと誠実ではなくなる。
私が私でなくならないよう、本音は隠せない。
自分の言葉で話すことをモットーにしていて、
これこそが、取引先や生徒さん、ご相談者様の
信頼を得てきた理由だと信じているから
変えるつもりはない。
自分で核を壊すことの方が恐ろしいのです。
打合せ中、気の置けない仲間にその話をしたら
「精神的清潔感がないことには耐えられない。
だなんて名言~!それ頂きますwww」
と大笑いをされた後、話はどんどん脱線したけれど
あぁ、幸せだな。と。
私たちは講師や先生と呼ばれる立場であっても、
自分が目立ちたい訳じゃない。主役ではない。
関わった人やその人生の先にスポットが当たるよう、
全力を尽くすのが私たちの役割であり希望。
自分の職務を全うして当たり前。
極端な話、私の顔や名前を忘れられてもかまわない。
その選択をしたご自身に誇りをもって頂きたいし
学んだこと得たことを覚えていてくれていればいい。
私たちは黒子。影。記憶の淵に住む住民。
通訳であり、ナビゲーターでもあり、サポーターだから。
そういう感覚を共有し合えたことを嬉しく思い、
『承認欲求っていろんな形があるんだなー』
と受け止めた瞬間でもありました。
閑話休題。
この際、繰り返し言ってしまおう。
いやなものはいやだ。
否定の言葉が自分を守ってくれることもあれば、
【陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず】
って言葉もありますし。
無理やりポジティブな言葉を発しなくても
ネガティブワードの裏に信念が隠れていることもある。
作られたポジティブワードで得るものよりも、
私はアイデンティティの方が大切。
自分の人生をお粗末にする訳にいかないから。
これが庚子の年、最後に得た気付きになりました。
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