理念でつながる世界 (vol.1 / marriage)
必然は突然やってくる
「価値観が合うからって結婚して、離婚の原因は価値観の不一致ですって、なんなんだろうね。」問いかけなのか独り言なのか、答えても答えなくてもいい。会話のテンポが悪いといわれる私には、そんな言葉の距離感が心地いいなと思った。私の言葉はいったん頭の上に置いておいて、彼女が煙をはきだすのに合わせて、私も細く息をはいてみた。強い匂いのしたあの紙タバコは、今はもう売っていない。
「昼は会社員/アラサーが不定期でL&GirlsメインのMixBar&cafeをひらきます。」まだ毎朝、田園都市線に乗って渋谷のオフィスに通っていたとき、タイムラインにそんな書き込みが流れてきた。普段ならひとりで初めてのお店に飛び込むようなことはしないけれど、ちょうど二丁目に居場所を見失いかけていたのもあって、三軒茶屋にあるアンティークショップの一画を借りて始めるというその店に私はふらっと引き寄せられた。
「よかったぁ。はじめてのお客さまなんです」と、おしぼりを手渡されたときから「あ、私この人と一緒に暮らすかも」と思ったのは自分だけではなかったということは後から知った。ただし、契約を結ぶ日がくるとはふたりとも想像していなかった。
「女性同士はすぐ一緒に住みたがる。」と言われるけれど、私たちも例外ではなく、出会って一週間後には黄色い目をした猫「レモン」と暮らしていた彼女のマンションに転がり込んだ。
合法より合理的
ぜんぶの荷物を運び終えた日、アメリカで同性婚が合法化された。「生きているうちにこんな日が来るなんて想像もしなかった。」と、涙を流しながら指輪交換をする50代の男性カップルをニュースで見て、逆に50年前の映像を見てるような気持ちになったくらいピンとこなかった。
愛があれば結婚なんて必要ない。法律なんて変わってくれなくて結構。「マリッジイコール」を訴える人をどこか他人事としか見れず、そんなふうに考えたこともあった。「永遠の愛」なんて誓えるのは、信じてもいない神様の前だから?と思う一方で、ふたりの生活が平穏になるにつれて募る揺らぎがあった。もはや世間にふたりの間柄を承認してもらいたいとは思わない。だけど、「永遠」が見えないからこそ、「今」ふたりを支える何かがほしい。それは指輪でもない。今さら何を不安になり、何を求めているのだろう?
そう悶々としていたとき、ある有名人カップルの利用により、パートナーシップ制度『Tui(ツイ)』というものが話題となった。結婚とは別にパートナーシップ制度を取り入れる国もあったし、「ブロックチェーンを使った半永久的な結婚」というのもどこかで聞いたことがあった。だけど、『Tui』は切れない鎖でふたりをつなぎとめるものでもないらしかった。
「私たちにそんなもの必要ないよね。」そう彼女は笑うと思っていたから、 ” 新しい結婚のかたち『Tui』とは? ” という解説動画を一緒に見たあとに、「10周年記念にいいじゃん。申請してみようよ。」と言われたときは驚いて「あぁうん、いんじゃない。」としか返せなかった。
あれがプロポーズだったとしたらもういちどやり直したいけれど、『Tui』は必然的にそれが可能かもしれない。なぜなら『Tui』は更新がある " 有効期限つきの結婚 " だからだ。
少数派から見る原理
“ Life with your special. - 家族はふたりからはじまる。- ” というコンセプトでつくられた『Tui』のパートナーシップ契約期限は3年、5年、10年から選ぶことができる。「なんだかパスポートみたいだね」と彼女が言った。私は、賃貸の更新みたいだなと思った。契約満期が近づいたら、更新する・しないを決める。「とりあえず3年でいっか… 。」、もう10年も一緒に暮らしてきたのに、「契約」となるとふたりともちょっと弱気になった。
「就職は結婚と似ている」と言われて定年まで働き抜いた父親世代には「期限付きの結婚」という考えは理解できないらしい。でも、数年単位で転職をしたり複業したりすることが当たり前となった今、結婚だって「永久就職」である必要はない、と私たちは思う。
「いいじゃない!私もTuiにしたかったわぁ」と笑ってくれた母の横で、20年前に初めての彼女を紹介したときと同じように、「好きにしなさい」と父は腕を組みながら小さな声で言った。
『Tui』はもともと婚姻制度から外された同性カップル向けに考案されたものだったけれど、「異性でも申請できますか?」という予想外の反響があり、今では男女カップルによる利用数のほうが多いという。
たしかに、日本で同性同士の結婚が可能になるとしても、既存の婚姻制度に組み込まれるのは「なんか違う」と思っていた。時代に合わない制度になっていると違和感を感じていたのは、私たちだけではなかったみたいだ。そんな中で新しい選択肢が誕生した。それは、マイノリティだけでなくマジョリティにとっても、「多様な生き方が肯定される」ひとつの希望に映ったのだろう。
だれの言葉もそうじゃない
『Tui』はお互いの合意があれば、複数の人と結ぶことも可能だし、他の人と関係をもったら罰金いくらとか、契約解消の基準、家事の分担はどうするといったルールである【コントラクト】は各々で定めることができる。
婚前契約書のイメージに近いかもしれないが、法律のような外的効力を期待している人は、これまでの「入籍」を選んだほうがいい。『Tui』が効力があるものになるのかならないかは自分たち次第だ。公開されている他の人たちの『Tui』を参考にしながら、ふたりのコントラクトは意外とすんなりつくることができた。
ふたりで立ち止まることになったのが【サイン】の部分。『Tui』を提出するには、ルールの他にお互いに交わす「ふたりの誓い=サイン」をたてなければならない。【ふたりのコントラクト】と【ふたりのサイン】をもって、パートナーシップ証明『Tui』は完成される。
「私は彼女に何を誓うのか」、思いはあふれるほどあるのだけど、うまく言葉にできない。こればかりは他の人の事例も参考にならなかった。『Tui』は自由度が高い契約だからこそ、その内容をファミリーコンサルタントやコピーライターといった第3者に相談するカップルも多い。「だれかに相談してみようか。」私たちも【ふたりのサイン】を一緒に考えてくれる人をさがすことにした。
「この人、いいんじゃない?」「うん、おもしろそう。」依頼する人はすぐに決まった。こういうとき私たちの意見はいつもぴったり合う。”自分の声で語るとき、人はいい声で話す。”、すでに80組以上のカップルのステートメントを一緒につくってきたという彼の理念にふたりとも惹かれた。
国語の時間に絵を描く
陰陽師みたいな空気をまとった彼は、私の話を聞くとあごに手をあてて「うーん」と上を見上げる。それに合わせて私も「うーん」と腕を組んで下を見つめる。言葉を考えるというよりは昔のアルバムを開き、空から星を、もしくは浜辺から貝殻を拾ってきて並べてみる時間。それらを結ぶ線はどこにあるのか。仮案に対する違和感を少しずつ消していく。既にあるはずの未だそこにないものをさがして、黒目がチクタク右と左を行き来する。
偽りではなかったとしても、つっかえそうな言葉は読み上げたくない。脳に直接突っ込めたらなと思う指をこめかみにあてて目を閉じる。遠い記憶に意識を伸ばそうと思ったとき、外で「ミァ」と声がした。窓ガラス越しにレモンと鼻を付き合わせている。3日前から行方不明になっていたまだ名前もない新入り。「あぁ帰ってきたのか。」ほっと息を吐いたとき、最後のピースがはまるように「=」の右側に言葉があった。
「いまどき神様に誓うなんてないよね」と、笑いながらもやもやを抱えていたのは、考えたり言葉にすることから逃げていたからかもしれない。諦めていたことが当たり前に叶うようになった。想像すらしていなかったことが新鮮でもない習慣になった。公平で平等な社会を望みながらも、いざ「好きにしていいよ」と自由の海に放り出されたら、不安の波が押し寄せてきた。
そんな中で欲しかったのは保証人付きの契約でもなく、お揃いのアクセサリーでもなかった。足りないと感じていたのは覚悟。ふたりでピンを刺しておきたかったのは、迷子になった時に戻る集合場所。
どこかの神さまに従っていたほうが楽だったかなとも思う。でも、私が愛しているのは全能の神ではなく、目の前にいる不完全な彼女。だから私たちはいつの時代かに誰かが書いた言葉を読み上げるより、自分たちの言葉で誓うことを選んだ。
自分の軸となるもの。ふたりの中で重なるものと重ならないもの。それが分かっていれば、「価値観の不一致」なんて、はじめからあるはずのものを理由にして離れたりしないだろう。
不完全な愛を誓う
【ふたりのサイン】は【ふたりのコントラクト】を最終チェックしたあと、立ち合い役としてすっかりおばさまとなったレモン、そしてやっと名前が付けられたスダチを前にふたりで読み上げた。
< ふたりのサイン >
強がるのは私たちを守ろうとしてくれているのだと
不機嫌なときは私を傷つけないようにしているのだと
そんなあなたが無防備に寄りかかってきたときは
いつもありがとう、と抱きしめられるように。
ーーー
圧倒的に正しいときもそうは言わないやさしさと
うそをつくべきなのに目を逸せない素直さと
猫たちにかける愛の言葉は私への伝言であると
そのささやきを、聞き逃さないように。
「自分たちでいうのもなんだけど、、なかなかいいね。」「宣誓式をかねてお披露目会でもしとく?」いい言葉ができると、他の人にも聞かせたくなるから不思議だ。結婚という節目が持てず、家族や友達を呼ぶような会は「そのうち」から「今さら」になって流れていた。「でも長く同棲してたカップルが入籍した瞬間別れるって、ありがちよね。」急に弱腰になった彼女の言葉は独り言として流しつつ、「3年後がいいんじゃない?更新記念に。」という私の提案で、お披露目は契約を更新するタイミングですることにした。
3年後、ふたりの思いは変わってるかもしれないし、変わらないかもしれない。それでも自分とこの人には正直でいよう、そう誓った。
文:高嶋 麻衣
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