私の「音楽好きの黎明期」を語る ~偉大なアーティストたちを偲んで
2023年11月17日。
シンガーソングライターのKANさんがお亡くなりになったとのニュースが流れました。
KANさんと言えば、「愛は勝つ」。
1990年のメガヒットシングル。
当時は、毎日この曲を聴かない日はないんじゃないか?と言うほど。
今で言う、YOASOBIの「アイドル」のような、誰もが知るメガヒットでした。
今年は、音楽好きにとっては本当に辛い年です。
年始からビッグネームの訃報が続きます。
主に90年代頃にヒットし、活躍した方ばかり。
その頃に10代を過ごした身にとって、寂しい思いと共に、「遂にこの時が来たか…」と感じています。
今回は、ここ最近お亡くなりになられた偉大なミュージシャンたちを偲んで、私が音楽を好きになった頃、「音楽好きの黎明期」についてお話しようと思います。
「愛は勝つ」90年を代表するヒットソング
KANさんの「愛は勝つ」がヒットした時、私は中学生でした。
ちょうど音楽に興味を持って、あれこれ聞き出した頃。
この頃になるとCDが普及。
私も誕生日に「CDダブルラジカセ」を買ってもらって、当時流行の曲を中心に音楽を楽しんでいました。
当時のエンタメの主流は、やはりテレビ。
音楽番組も毎週のように放送されていました。
そこで流れていた曲のCDを友達から借りたり、隣町にあるレンタルCD屋さんまで自転車を走らせ、数枚レンタルしたり。
借りたCDはカセットテープにダビングします。
ダビングしたテープはウォークマンでよく聞いていましたね。
電車に乗る時は必ずウォークマン。
今考えても、当時から数多くのアーティストの曲を聴いてきたと思います。
「愛は勝つ」がヒットした理由は明確ですよね。
包み込むような優しいメロディに乗せて、リスナーの背中を押すような歌詞。
誰が聴いても心に沁みる曲だと思います。
それと共に、バラエティ番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」のヒットが影響していると思います。
番組中にこの曲が流れて、そのままヒットに繋がりました。
実は私、この番組を見ていませんでした。
何故見てなかったのかは覚えていませんが…。
ただ、この曲は前述の通り、街中でもテレビでも聴かない日はなかったのですっかり覚えてしまって、今でも流れれば歌えるほど。
この曲のヒットを受け、紅白歌合戦にも出場。
モーツァルトの恰好でピアノを弾きながら歌っていたのを覚えています。
KANさんはその後も音楽活動を続け、様々なアーティストにも楽曲を提供。
ずっと音楽活動を続けられていたのですね。
しかしその裏で「メッケル憩室がん」に侵され、闘病生活を続けていたそうです。
61歳という年齢は本当に若い。
SNSを見ていると、様々なアーティストがKANさんとの思い出を語るのを見て、だれにも優しく、多くの影響を与えたアーティストだったんだなと初めて知りました。
ただ思い返してみると、KANさんの曲は「愛は勝つ」しか聞いたことがなかった事に気づきました。
この曲は好きで聴いていましたが、アルバムまでは聴いて来なかったのです。
そこで、「愛は勝つ」が収録されているアルバム「野球選手が夢だった」を聴いてみました。
サウンドはちょっと軽めですが、当時流行っていてよく聴いた感じのもの。
曲調も90年代の懐かしい感じ。
悲喜こもごものラブソング。
それでも、やはり光るのはメロディのセンス。
とても聴きやすく、ポップで心地いいサウンドでした。
一番新しいアルバムも聞きましたが、その聴きやすさは変わらず、さらにこだわったサウンドが印象的でした。
本当に音楽が好きなんだなぁ…と感じる曲たちです。
ただ、何となくですが、当時KANさんを追わなかった理由もわかりました。
やはり10代前半の多感な時期。
興味の先はもっとカッコいいサウンド。
私はロックを始めとしたバンドサウンドに惹かれていくのでした。
ロックの入り口で聴いた唯一無二のバンド「BUCK-TICK」
ちょうど同じ頃、友達からロックバンドのカセットやCDをよく借りていました。
その友達にはロック好きのお姉さんがいて、その影響だったと思います。
90年代の音楽シーンで無視できないのは、やはり「バンドブーム」。
まだ中学生だった私は「ホコ天」には行けませんでしたが、「いか天」は見てました。
当時いろんなバンドが出てきては消えていく感じでしたが、やはりギターサウンドのカッコよさには惹かれますよね。
その友達の影響でよく聞いていたのは、やっぱり「BOOWY」。
私が聴き始めた頃には既に解散していましたが、それでも根強い人気でした。
バンドスコアもほぼ全曲出ていたので、聴くだけでなく、実際演奏することもできました。
そこでドラムに出会いました。
友達はBOOWYだけでなく、「BUCK-TICK」も貸してくれました。
よく聞いたアルバムは「SEVENTH HEAVEN」。
初期の名盤ですね。
BUCK-TICKはサウンドはもちろん、ビジュアルもかなりのインパクトでした。
全員髪を逆立てるスタイル。
その後のビジュアル系アーティストに大きな影響を与えたと思います。
当時は子供ですから、単純にそのスタイルには興味を持つわけです。
入り口は見た目ですが、アルバムを聞くとサウンドもクールでカッコイイ。
今聴いてもかなりこだわったサウンドだと思います。
ただこのアルバムは、その後のBUCK-TICKのサウンドに比べるとまだ若さを感じますね。
中でも「・・・IN HEAVEN・・・」は今でも好きです。
Youtubeで割と最近のライブ映像を見たんですけど、懐かしさもありつつ、歳を経てサウンドに厚さが増していて、存在感が違いました。
そして、同じ時期にリリースされた「TABOO」
CM曲にもなってヒットした、「JUST ONE MORE KISS」が収録されたアルバムです。
この曲はよく聴きました。
MVも本当にカッコよくて好きです。
SEVENTH HEAVENの頃に比べると、サウンドも落ち着いてきて、よりクールさが増した感じです。
クールさで言えば、オープニングを飾る「ICONOCLASM」も好きですね。
当時のアルバムを今聴くと、だいぶ早い段階で自分たちのスタイルを築いているように思います。
正に、唯一無二のスタイル。
その後の数多くのバンドに多大なる影響を与えたのではないでしょうか。
覚えているのは、当時ギターの今井寿さんが麻薬取締法違反で逮捕され、バンド全員が長い間謹慎期間に入っていたこと。
せっかく好きになったのに、ネガティブなイメージでその姿が見られなくなってしまった事が残念でした。
調べてみると、謹慎期間は半年間だったようです。
すごく長く感じたものですが、意外と早かったんですね。
半年とは今では考えられない期間ですが、それはいいのか悪いのか…??
復帰後、「悪の華」が空前のヒット。
以降、「スピード」「Jupiter」と次々にヒットを飛ばし、その後に発表されたベスト盤「殺シノ調ベ This is NOT Greatest Hits」も好きでしたね。
このアルバムでリアレンジされた「ICONOCLASM」は好きですね。
ヒット曲も好きで聴いていた曲もほぼ収録されていたので、このアルバムはよく聴きました。
その後も順調にバンド活動を続けますが、同じメンバーで35年も続けられたのは本当にすごい。
私はその後BUCK-TICKからは離れましたが、ずっと活動を続けていることは知っていました。
ドラムマガジンにもたまにヤガミトールさんが登場したりしていましたし。
しかし、2023年10月19日。
ボーカルの櫻井敦司さんがステージ上で体調不良を訴え、病院へ搬送。
そのまま息を引き取りました。
脳幹出血だったそうです。
このニュースは衝撃的でした。
正に「ステージ上で迎える最期」。
ミュージシャン冥利に尽きると言えばそうですが、あまりにも突然すぎる別れ。
昔聴いていた程度の私でも相当のショックでしたから、残されたファンの皆さんのショックや悲しみは計り知れないものでしょう。
しかも聞けば、バンドはツアー中だったとか。
12月には武道館公演も控えていましたが、それも中止に。
ただ、バンドは今後も活動を続けるそうで、12月初旬には桜井さんのお別れ会が、年末にはバンドを象徴するライブ「バクチク現象2023」も開催されるそうです。
ファンの皆さんの悲しみは簡単には癒えないと思いますが、イベントを通してあっちゃんの想いを汲み、みなさん思い思いの「お別れ」を告げてほしいと思います。
紆余曲折あったけど、「X JAPAN」は我ら世代を熱狂させた
ロックミュージシャンの訃報と言えば、櫻井さんの訃報の直後に流れた衝撃的なニュース。
2023年10月29日、X JAPANのベーシストHEATHさんの訃報。
今年に入って大腸ガンが見つかり、ずっと闘病していたことはメンバーも知らなかったそうです。
55歳。あまりにも早い死でした。
HEATHさんは、1992年のTAIJIさんの脱退に伴い、バンドに加入。
当時バンドは海外進出を目論んでいた時期でした。
デビューライブはいきなり東京ドーム。
人気絶頂期に加入したことも話題になりました。
XJAPANはインディースの頃から注目を集めていて、満を持してメジャーデビューをした印象。
当時はインディースとメジャーの垣根は明確にあったので、インディースでの活躍を経てメジャーデビューを飾る、というステップアップがステータスでしたし、ファンもそこに注目していました。
中学3年生の頃にはあっという間にクラスではX JAPANの話題で持ちきりになるほど、ブレイクするスピードが速かった。
とにかくすごいバンド、という印象でした。
メンバーのビジュアルもそうですが、特徴的なのはやはりYOSHIKIさんのドラム。
あの細い体でツーバスを駆使し、スピード感あふれるビートを作り出す。
かと思ったらドラムを離れてピアノに座り、繊細なメロディを奏でる。
「静」と「動」。全く真逆の「二刀流」を駆使し、ステージを彩ったのでした。
いや、「彩った」と言うよりは、「塗りつぶす」という感じでしょうか。
とにかくライブは「派手」のひとこと。
ビートがリズムマシンに変わったと思いきや、スタッフが組む騎馬にまたがり、消火器をブッ放して練り歩いたり、突然ステージ上にプレイするドラムとは別のセットが用意されたと思ったら、シンバルをスタンドごと持って投げつけて壊したり。
そんなシーンが毎回恒例でした。
他のメンバーも一流のミュージシャンなのですが、とにかくYOSHIKIさんのパフォーマンスが派手すぎて、そっちに全部持っていかれる感じ。
派手と言えば、ギターのHIDEさんのソロコーナーも派手でした。
「独自の世界観」が濃すぎて、客席はあっけに取られていたのではないでしょうか。
それでも、HIDEさんが表現したかったであろう「芸術性」は色濃く出ていましたし、唯一無二のものだったと思います。
東京ドームで突然医師と看護婦が出てきて、ギターソロ中に何故か搬送されるシーンは今考えても意味不明ですが…。
(ライブ中に体調を崩したとか怪我をしたとかではなく、お芝居です。精神病院に帰される、というイメージでしょうか??)
X JAPANで一番好きなアルバムは、「Jelousy」ですね。
BLUE BLOODも彼らを象徴するアルバムですし、DAHLIAも活動の集大成的なアルバムですが、やはりこの1枚。
一番メンバーの個性が出ていたと思いますし、音楽的にもよくまとまった1枚だと思います。
「Silent Jealousy」の派手さの中に宿る美しさも好きですし、「Joker」のHIDEさんらしいポップなセンスも光るところも好きですね。
1997年。X JAPAN解散。
大学生になった私は、東京ドームの会場整理のアルバイトでこの最後のライブを観ました。
彼らを代表する曲が数多く演奏され、ファンも熱狂。
「一時代の終焉」を体験できたことは貴重な経験だったと思います。
バンドはその後、紆余曲折の運命をたどります。
そのあたりは映画「WE ARE X」が詳しいと思います。
実は私、この映画をまだ見ていません。
特筆すべきは、日本の映画会社が制作したのではなく、ハリウッドの映画会社が制作したということ。
かなり評価が高い映画のようなので、早く見ないといけませんね。
HEATHさんは途中加入でしたが、その後は脱退もせずバンドと運命を共にしました。
バンドの復活ライブも見ましたが、その後の活動は追っていなかったので詳しい事はわかりません。
それにしても、50代での死は本当に早すぎる。
堀江貴文さんもニュース解説動画でも仰られていましたが、ガンは早期発見が肝心。
私も父の闘病のサポートを経験し、いかに早期発見が大事かを身に染みて理解しました。
(父はステージ1の肺がんだったので手術で治癒し、今も転移はありません)
定期的なガン献身が肝要ですね。
HEATHさんの訃報は一部報道が先行する形となり、YOSHIKIさんをはじめとするX JAPANサイドの正式コメントが遅くなってしまいましたが、突然の出来事だっただけにメンバーの気持ちの整理がつかなかった事も容易に想像できますし、時間がかかったからこそ、より丁寧で気持ちの籠ったコメントを届けてくれたと思います。
おわりに
ここ最近、音楽界のビッグネームの訃報が続きます。
先月は谷村新司さん、もんたよしのりさん。
今月に入って、大橋純子さん。
すべて紹介しきれませんが、音楽ファンにとっては忘れられない1年になったと思います。
出場歌手が発表された紅白歌合戦で、メモリアルコーナーをやってほしいという声も出てきました。
今年亡くなられたすべてのミュージシャンの曲を1曲ずつ、と言うのは難しいかと思いますが、生前の活動に敬意を表した演出を私も期待します。
その中でも、私が音楽を聴き始めた頃によく聞いたミュージシャンの訃報が続いたので、その思いを語り、記事としてまとめてみました。
私と同じ世代の方は共感していただけると思いますが、是非若い方にも、これをきっかけに90年代に活躍したアーティストにも触れてもらえればと思います。
今はサブスクが主流になったので、当時の作品にも簡単にアクセスできます。
私も当時聴いていたアルバムを聴きながらこの記事を書きました。
当時ダビングしたカセットテープはすべて処分してしまったので手元にないですが、クリックひとつで当時の音源が聴けるのは本当に便利になったものです。
最後に、当時私が音楽に興味を持つきっかけを与えてくれたアーティストの皆さんに敬意を表し、お亡くなりになられた偉大なミュージシャンの皆さまへ、哀悼の意を表します。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
※タイトル画像は、KANさんのアルバム「野球選手が夢だった」のジャケットを使用させていただきました。
【お知らせ】
私の音楽に関する記事をまとめた「音楽を語る」マガジンを公開中です。
今年続いた訃報に沿った記事もありますが、最近ビュー数が上がってきている、「TR-808」を扱った記事などもあります。
音楽好きの方なら喜んで頂けると思いますので、お時間があるときに覗いてみてください。
よろしくお願いします!