夢を叶えられない理由 後編

あたしが夢を叶えられない理由 後編になります
だいぶ間が開きましたな( ´ ▽ ` )

その辺もまた今度

2つ目の理由は高校1年生の時、父親を亡くしたことでした。

いや、父親は毒親だったし入院の度に嬉しかったのももちろんあります。
ただ亡くなり方があまりにも壮絶でした。

最後の入院の日、救急で父は病院に行きました。
まともにできた会話はその時の
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないだろう」
それだけです。
お見舞いにも行きませんでした。それよりもアイツがいない自由を謳歌してた。
入院して1週間くらいたった頃、夜中母に起こされました。
「お父さんダメかもしれない。
来る?」
頭がショートしましたが、ここで行かないともう会えないってこと?と思い病院に行きました。

話は変わりますがうちの父親は、毒親です。
性的、精神的、身体的虐待を受けました。しかし、189という高身長と強面、見た目坊主にした阿部寛。
元ヤンでいろんな遊びを教えてくれたのも事実です。
もうビーバップハイスクール世代やべぇといった感じですね。

母と病院に向かい、病室に行くのかと思ったらナースステーションの隣の部屋(処置室?)
そこで見たのはあんなに良くも悪くも元気だった父親がたくさんの管に繋がれて、穴という穴から出血している姿でした。
前編で話した祖父は肺炎で亡くなったので言っちゃ悪いですがとても綺麗な亡くなり方でした。
頭の中で処理しきれませんでした。
そして衝撃的だったのが、痛みを緩和するため医療用のモルヒネを打っていた父は常にラリっているようで会話出来るようになっても何を言っているのかわからなかったんです。

ロキソニンをくれと騒ぐ。
かと思えば意識を失って眠るの繰り返し。
あたしはただそれを見ていました。

母が必要なものを買ってくると席を外し2人っきりになりました。

その時意識が戻って会話しようと声をかけました。
あたしを認識していなかったです。
ボクシングをしているかのような行動をして、訳の分からないことを言う。
「お父さん」
と言っても返事をしてくれず何を言っているのかもわからない。
涙が止まらず、人生で初めて過呼吸を起こし倒れました。

9時くらいになって父方の祖母に連絡をとったものの
「私は行けないの。調子が悪いの」
と言われて蹴られ
来たのは喪服かよって服を着た父ととても仲の悪かった父の妹。
正直言ってぶん殴りたかったなぁ。

その後、父親の同級生が来て、あたしの幼なじみ、妹が学校が終わって病院に来てくれました。

父の出血も落ち着いてきていて、それなのに看護師の方が
唇のかさぶたを無理やり剥がしまた出血が始まりました。

「ここは大丈夫だから仮眠を取れ」と言われて部屋から出て、あたしはそばの食堂にいました。
幼なじみが来て声をかけられて部屋に戻ると
さっきとは比じゃないくらい血を流し、父の主治医が手当てしている。
あたしは取り乱してしまって何度も嫌だと騒いでしまいました。

20分くらいで亡くなったと診断を受けました。
死因は肺炎球菌からの敗血症だったと思います。
そこからはあまり覚えていません。
覚えてはいるような気もするんですけど全部夢の内容を覚えてるって感じで自分の身に起こった感じがしなかったのです。

そこから元々精神的に滅入ってはいたのですが問題行動が増えたのも事実です。

本来入院した日に
「覚悟してください」と言われていたことを伝えなかった母のせいだとも思うし、そもそも肺炎の友達を家に連れてきた妹は憎いし、
あそこで変な処置をした看護師のことは今でも許せません。

この2つの経験から介護のボランティアにも行けなくなりました。

目の前で話してる人もいつかあたしの事すら認識できなくなって死ぬ。
なら関わらない方がいい。
と思ってしまったり
人の死に目のリアルなツイートや記事を見るだけでそれを思い出してしまったりするので…

またいつかこれを乗り越えられたら、夢だった介護職につけるのかしら…?

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