いつも心にサロンパス
私には身体的弱点がいくつかある。高血圧だったり近眼だったり、それなりにあるのだけれど、骨折した右肘というのも、弱点選手団の旗手を任せられるほどの代表格と言ってよい。
中学校ではバドミントン部に所属していた。部員が多かったためか、伝統的に中一の夏休みまでラケットを持つことはもちろん、体育館にも入れてもらえず、三年生が引退してからようやく体育館でシャトルを打てるようになった。それまで延々と学校の周りを走らされる。不良の包囲網をかいくぐりながら(ときに絡まれながら)走り続け、日に日に同期が辞めていってしまうさまは、まさにふるいにかけられているようであった。今思えば、あれはデスゲームのはしりだったのかもしれない。当時、少なくともわが母校では、バドミントン部に入部する男子というのは、運動は苦手だけど文化部には属したくないという、極めて上昇志向の希薄なモヤシばかりだったため、そのモヤシが絶滅危惧種と認められるのに瞬きする暇もなかった。
さて、ラケットを振り始めて一年ほど経った頃、右肘に痛みを覚えた。筋肉痛かと思いサロンパス等を貼ってみたこともあった。サロンパスの匂い、あの匂いを嗅いだだけでなんだか効果があった気になる。あの香りの柔軟剤などあれば、おめかしするだけで一家筋肉痛知らずである。そのサロンパスをもってしても、肘の痛みはおさまらなかった。
病院に行ったところ、診断結果は剥離骨折だった。テニスやゴルフでよく起こる怪我らしい。骨折と聞くと、痛みが自乗した気がした。いい加減な脳である。それ以来、私の右手はバドミントンのラケットより重いものは持てない。図らずも「箸より重いものを持たない」みたいになってしまったが、兎にも角にも、私は残りの一生を二度と伸びきることのない右腕と共に過ごすこととなったのである。
このような身体的弱点は、無論コンプレックスである。短所は長所とはよく言ったもので、右肘の骨折が役に立ったと思われることもある(上記音声配信参照)。あるいはコンプレックスを笑いに昇華することもよくある。でもこれってけっこう難しい。「オレ高血圧なんだよね、ギャハハ」と自虐的に笑うと、「高血圧の人を馬鹿にするな」とか「高血圧の人のことを考えろ」とか、(私自身が当事者でもあるにも関わらず)怒られる可能性がある。そして、そうやって憤る人はそのコンプレックスに苦しんでいないことも多い。
さて、「サロンパス」と発音するとき、少なくとも私は最後の「ス」の母音は完全に無声化している(すなわち声帯が振動しない)。「です」とか「ます」とかも同様に無声母音で発音している。逆に、「です」を無声化しないことで名を馳せているのがサザエさんのタラちゃんで、彼の発話は「ですぅ」などと表記されることがある。「す」が無声母音を表すようになってしまい、本来「ちゃんとした」発音だった su という発音が、(少なくとも「です」「ます」において)「すぅ」という訳のわからない表記になってしまったのだ。これはいわば、中華民国に代わって中華人民共和国が常任理事国となったアルバニア決議みたいなもので、歴史のもの悲しさが何となく感じられる。
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