アマノコウスケの日記②(2024.03.03〜03.09)
①はこちら
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202C年2月20日
空襲を受けた都市部から歩いてここまで避難してくる人が増えた。
平地よりも避難者自体が少なく、物資が手に入りやすいという評判を人伝に聞いてやってくるらしかった。
合板や駐車場のフェンスなどを盗んで作ったバリケードの効果か、団地内に誰かが侵入して野菜を盗んだという話はまだ聞かない。
単純に避難者の評判通りに食料が我慢出来る程度には供給されているからではと思うが、祖父たちは得意気である。近隣の民家の庭先にも畑を増やすことでよりわざわざバリケードを超えて盗もうという気を削げると計画を立てている。
新たに加入したサクマくんという21歳の男の子と夜警を担当することが多い。
首筋や手の甲にタトゥーがはいっているサクマくんは身長こそ170センチ程度に見えるが筋肉質で学生時代はアメフトをしていたとの話だった。見た目のインパクトで祖父が採用したのだろう。
空襲の直前まで都市部に住んでおり、自分の商売に見切りをつけて避難したところ難を逃れたという事だった。
違法なドラッグを繁華街で売り捌く仕事で、戦争が始まってからより儲かるようになったものの、サクマくん曰く「嫌なことを一時的に忘れられても腹は膨れないんで意味ねぇなって思って」と足を洗ったらしい。農作業にも強い興味を示しており、祖父たちに大変気に入られている。
どうして年配の人たちは素行不良のある若者が好きなのだろうと思うが、自分も大して歳の差がないのに彼に自分を重ねたがる向きがあり、気持ちがわかるようになってしまった。
202C年2月22日
図書館に顔を出すとコズエさんと司書の男性が呆れた顔で話をしていた。
聞くと裸婦画やポートレートなどが収録された画集がごっそりと盗まれているという。
非常時でも欲求不満にはなるものなのだなと思うが、コズエさんは「それで満足するならまだ良かったと思うしかない」と言っていた。
最近は夕方以降は一人で出歩かない様にしている、と言っていた。痴漢やレイプ被害を噂で聞くようになったとの事だった。
駅前の広場で開かれている無許可のマーケットで大きな本を売っている男を見たことを思い出し、司書さんに伝える。
「捕まえても仕方がないけど、注意くらいはしてもいいかな」と苦笑いしていた。
サクマくんに夜警で話すと「アートでヌケるって頭いいっすね」と感心していた。
202C年2月24日
配給をもらいに役所へ行った。
米1.5kg、レトルト食品、加工肉、ビタミン剤など。
米が減り、小麦粉との選択制になっていた。
住民票がこの街にある人間で戦争で亡くなった方の名簿が壁に張り出されており、どんどん枚数が増えている。同じ街で暮らしていた人がどこかで亡くなっているのかと、急に死が身近に感じられる。
軍のみで戦局を維持しているが、そのうちに年齢で区切りをつけて徴兵される様になるのではという話を老人たちの立ち話で聞く。
自分には関係がないという口調に腹が立つも、今の自分の立場は彼らと違わない。
隅に設置された証明写真機の前で父親くらいの歳に見える男の人が印刷を待っていた。
気になって眺めていると目が合ってしまい、何をしているのか尋ねることで誤魔化した。
電気が安定していれば配給を受け取りにくるついでに撮影をしているとの事だった。
生きているという証明写真を残している、と言っていた。
切り取った1枚を何故か貰って別れる。
捨てるのも忍びなく、部屋のホワイトボードの隅に貼った。
202C年3月5日
街中で空気銃を使いカラスを撃っている男に出会った。
加工肉しか手に入らない中で高く売れるらしい。
フードをすっぽりと被っているのは知能の高いカラスに顔を覚えられることを警戒しているからだと言っていた。
美味しいのかと尋ねると「街のカラスはこんな状況じゃなきゃ有り難がられない味だとは思う」と言っていた。「もっと田舎であればカラスもジビエの一種として扱われてるからそっちは美味いよ」とも。
団地の犬を食用に育てるかどうかという議題は余りに分断を招くために完全に凍結された、と男に話すと、「犬は俺も無理だな」と苦々しい顔をしていた。
202C年3月6日
農作業をしていると、来月の今頃には桜が咲いているかも知れないと不意に思い至った。
これまで特に気にしていなかった季節の変化を楽しみにしている自分がおかしかったが、コズエさんを誘って花見をしようと思った。
夕方、団地の前が騒がしいので顔を出すと、農作業で顔を合わせる住人が集まっていた。
その真ん中でヤスさんが膝をついて泣いており、コダイラさんが呆然と立ち尽くしていた。
居合わせたサクマくんに尋ねると「ロマンス詐欺らしいっす」と教えてくれた。
312号室のタンゲさんという一人暮らしの40代の女性に「二人で一緒に隣国へ逃げよう、そこで暮らそう」と二人とも言い寄られており、ブローカーに渡航費として渡す分と新生活用の資金としてそれぞれ大金を預けていたが、そのタンゲさんが姿を消してしまったとの事だった。
二人とも自分だけがタンゲさんの恋人だと思っていたし、彼女を信用していた様だった。
僕の感覚からすると祖父と大差ない年齢に見える二人をタンゲさんが本気で相手にする訳がないと思うものの、言う立場にもないので何も言わなかった。
サクマくんが「こんな時じゃなくてもね、何をやってるか解らない人はやっぱ信用しちゃダメっすね」と笑っていて、彼は本当に自分よりも色んなものを見てきたのだろうなと感心してしまった。
202C年3月8日
コダイラさんが自室のドアノブにタオルをかけて首を吊っているのが見つかった。
不謹慎ながらショックの度合いはヤスさんの方が大きかった様に見えていたので驚いた。
この戦争で初めて人が亡くなっているのを見た。
戦争が続けばこれからも様々な形で誰かが亡くなる場に居合わせるかも知れないと思うと、こめかみが鈍く痛んだ。
夜になっても痛み続けるので飲むこともないと思っていた頭痛薬を飲んで眠った。
202C年3月14日
図書館に顔を出し、風邪をひいている自覚もないもののずっと頭が痛いことをコズエさんと話していると居合わせた男が「口を開いて見せて」と声をかけてきた。
言われた通り見せると、覗き込んだ男が「多分虫歯が進行してるからだね」と言う。
自分の精神的な悩みが生じさせた痛みだと思っていた為、そんなに単純なものではないと認めたくない気持ちもあったけれど、戦争が始まる前から何年も歯医者には行っていなかったので解らない。
「今は衛生的に治療してあげられないけれど、戦争が終わったらおいで」と歯科医院の名刺を手渡された。
戦争が終わったら、自分はどうするんだろうと考えた。
どこで生活をして、どんな仕事をするのか、全く想像がつかなかった。
戦火がこの街にも及ぶかも知れない中、自分が生きていられるのかも解らない。
貰った名刺をホワイトボードの隅に貼ると証明写真の男がさも歯科医であるかの様に見え、その妙な組み合わせに笑ってしまった。
この短編はこの日記から連想して書きました。
またー。