大きな小皿

その日に考えたことを書きたい。

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最近の記事

当たり前の仕事(2024.05.05〜05.11)

ミユキはコンビニのレジに商品をスキャンしながら、カウンターを挟んで向かい合っている男性客に声を掛けるか迷っていた。 朝10時半という、通勤からもランチからも外れた時間帯に住宅街のコンビニに週に2度ほど現れる男性は、いつも眠そうに、無表情で商品をカゴに入れ、会計をQR決済し、手持ちのエコバッグに無造作に放り込み、最後は会釈をして帰っていく。 ミユキにとって彼はこれまでただの常連客だとしか思っていなかったが、二週間前の会計時に起こった出来事がきっかけで、彼女は現在声を掛けるか迷っ

    • 生産者の声(2024.04.28〜05.04)

      私が小学生の頃、生まれ育った村は廃村になるのではと言われていたらしい。 自然豊かな農村ではあったが特にこれといった特産品もなく、日本で何番目かに人口の少ない県庁所在地へ出る為にも車で2時間かかる様な場所にあり、それも仕方がないのだろうと子供ながらに思っていた。 両親や祖父母は米農家を営む一方で独特の丸みが帯びた模様の木彫りを副業として制作していた。姿見鏡だったり、額縁などである。 村の他の家庭は本業に多少の違いはあれど、やはり同様の模様を配した置物や、織物を作って販売すること

      • ファン(2024.04.21〜04.27)

        「コウチさん、これお願いします」 議題が何だったかもすでに思い出せなくなっている会議を終え、ミーティングルームから出たコウチを呼び止めたアンドウはメモパッドから1枚紙を剥いでそれを裏返しにして差し出してくる。 「議事録をとってました、みたいな感じで来られてもなぁ」 アンドウの真面目な所作が取り繕ったものだと解り切っているコウチはその紙を受け取り、表を向ける。 「やっぱりな」 そこには東京本社からオンラインで会議に参加し、高説を奮っていた執行役員がスクリーンから落ちないようにし

        • 電動自転車を駆って(2024.04.14〜04.20)

          ミサキは初めての戦闘に全身が緊張しているのを感じていた。 ペダルを踏む足は重く、バッテリーは十分残っているのに普段よりも前に進まない様に感じてしまう。 サーベルを持つ手は汗でぐっしょり濡れていて、滑らない様にとより強い力で握り締めているせいか切先が小刻みに揺れている。 お互いの領土が重なる最も外周の防衛線での戦闘ということは、自分と同じくらい戦績の浅い相手である可能性が高い。世代が近い様に見える女性が相手なので尚更だろう。 傘スタンドに立てられた傘型サーベルを構えることを躊躇

          ゲート(2024.04.07〜04.13)

          古びた事務机の透明なゴムマットに挟まれた記入例を参考に申請用紙に必要事項を記入する客の不安げなボールペンの筆跡を目で追いながら、サクタは提示させたIDと記入された情報に相違がないか確認しつつ、尋ねる。 「外に出るのは初めてですか?」 客である中年の男は不安そうに顔をあげ、恥ずかしそうに頷いて答える。 「実はそうなんだ。こんなおっさんになって初めてなんて、恥ずかしいが」 気候の蒸し暑さではなく、慣れない事への不安からか薄らと額と鼻に汗が滲んでいる。 「いえ、外に一切興味もなく人

          ゲート(2024.04.07〜04.13)

          件名:商材の販売について(2024.03.31〜04.06)

          本文:ハヤシ様 先日は面談にご出席いただきありがとうございました。 高校時代にお世話になったハヤシベーカリーのお姉さんとこの様な形で再会できるとは予想だにせず、嬉しさと共に懐かしさを感じずにはいられませんでした。 ただ、大変申し訳ありませんが今回のお話は無かった事にしていただけませんでしょうか。 私はあなたに当社の商材を売る訳にはいかないと、踏み留まる事が出来ました。 そして、このご連絡を最後に私も然るべき所へ通報した上で、この仕事から足を洗いたいと考えております。 この仮想

          件名:商材の販売について(2024.03.31〜04.06)

          伝説の生き物(2024.03.24〜03.30)

          『伝説の生き物、入店しました』 店の入り口のガラスの引き戸にセロテープでとめられた白紙に黒マジックの貼り紙にため息をついてサトシは横で得意げな表情で腕を組んでいる店長にぼやく。 「ただのバイトじゃないですか」 「求人を出しても10年、何故だか誰一人面接にすら来なかったこの店に入ったバイトだぞ、伝説の生き物だろう」 アルバイトが伝説の生き物と称されるほどに雇用運に見放された定食屋に何故自分は面接を申し込んだのだろうとサトシは考えた。 親の転勤について引っ越してきた当日、夕飯を準

          伝説の生き物(2024.03.24〜03.30)

          漂流レジ(2024.03.17〜03.23)

          僕の恋人であるアカリが3年続けた会社を辞め、精神的な疲弊を癒すのにかかった月日は丸1年程度だった。 外出が出来るまでに復調したアカネは運動不足解消と気分転換を兼ねて夜中に散歩するのが趣味になり、頻度としては2回に1回くらいだけれど、僕はそれになるべく付き合う様にしていた。 その甲斐もあってか彼女は数ヶ月前に社会復帰を果たし、以前の様に愚痴を漏らしながらもドラッグストアでアルバイトを始めていた。 そうなってからも散歩に出る事が元気のバロメーターの様になっているらしく、夜中の散歩

          漂流レジ(2024.03.17〜03.23)

          人材育成(2024.03.10〜03.16)

          リスキングの施設としてオープンした研修所はカラオケボックスや個室のネットカフェの様な構造だった。 登録さえすれば無料で言語や化学、法律などの研修をオンラインで受ける事が出来る人材育成を図る目的と謳われる施設に兄が参加したのは5年前。 元々学ぶ意欲はあったものの、周囲との折り合いがつかずに不登校、半ば引き篭もりになっていた兄は研修所での研修にのめり込んで行った。 両親も俺も、これまでを取り戻すかのようにあらゆる学問に意欲的に取り組む兄を見て安堵したのをよく覚えている。 兄が研修

          人材育成(2024.03.10〜03.16)

          アマノコウスケの日記②(2024.03.03〜03.09)

          ①はこちら https://note.com/sideboard/n/nd034c2e55a71?sub_rt=share_pw 202C年2月20日 空襲を受けた都市部から歩いてここまで避難してくる人が増えた。 平地よりも避難者自体が少なく、物資が手に入りやすいという評判を人伝に聞いてやってくるらしかった。 合板や駐車場のフェンスなどを盗んで作ったバリケードの効果か、団地内に誰かが侵入して野菜を盗んだという話はまだ聞かない。 単純に避難者の評判通りに食料が我慢出来る程度に

          アマノコウスケの日記②(2024.03.03〜03.09)

          知らない偉業(2024.02.25〜03.02)

          大竹武則さんがMIX細胞を発見してから10年が経ち、その功績を讃える銅像が完成し、その記念式典が昨日、母校であり発見の舞台となった吉住大学の敷地内で行われました。同校出身の現代アートの巨匠である人間国宝・嗣村大寛さんが制作した銅像は人類の健康に多大なる貢献を果たしたMIX細胞からいきいきと躍動する命をイメージしたもので、式典に参加した学生や職員、OBは写真撮影を楽しむ姿が見られましたー 「嘘でしょ・・・」 大竹は目覚ましがわりにタイマーで電源がオンになったテレビから流れるニュ

          知らない偉業(2024.02.25〜03.02)

          裏バイト(2024.02.18〜02.24)

          「遂にピザまん400円の大台か・・・」 本部から送られてきた値札を蒸し器の売り場側に貼りながら思わず呟いた僕に、レジカウンターの向こうから上田さんが反応する。 「そっか、啓太くんピザまん好きだもんね、時給の三分の一は結構思い切りがいるね」 「別に肉まんとかの中で一番ってだけなのでそこまでショックじゃないですけど、そうですね、もう好物は学食のうどん以外全部ご馳走って感じです」 口にして悲しくなるが、学食のうどんは好物でもあり、安くて助かるのでほぼ毎日食べているというだけだった。

          裏バイト(2024.02.18〜02.24)

          アマノコウスケの日記①(2024.02.11〜02.17)

          202B年12月20日 戦争が続いている。 半年前に開戦となった直後に内定をもらっていた会社から、先行き不透明な為に内定の取り消しの連絡があった。社屋が爆撃を受けたこと、商材もシステムも復旧出来ず休業状態である事の説明を受けている途中で電波が遮断され、通信が途切れてしまう。恐らく説明は果たしたものとして二度とかかってこないだろう。 都市部の被害状況は人伝にしか聞く事が出来ないが、テレビの報道の穏やかさとはかけ離れており、どちらが本当かは解らない。 就職に関しては特に悔しさもな

          アマノコウスケの日記①(2024.02.11〜02.17)

          ミスマッチング(2024.02.04〜02.10)

          僕は、季節外れなのかすら判別がつかない己の風情の無さを呪うことで現実逃避を試みながら駅へと歩いていた。 予報も見ずに出社した今朝の自分のせいで、帰りの自分は強風に雨を叩きつけられている。アニメで観たような横殴りの雨で台風かと錯覚するほどだ。 ノー残業デーに乗り損ねる不運の結末が荒天に見舞われるというのは絵に描いた様な不運さである。入社して3年、一番酷い目に遭っている自覚があった。 風で威力を増した雨から逃れる術もなく、駅前にしか店らしい店もない住宅街に会社を選択した就活生の頃

          ミスマッチング(2024.02.04〜02.10)

          悪口が届くまで(2024.01.29〜02.03)

          帰宅早々、私はソファに座り込んだ。 年度末の駆け込み仕事で連日残業が続いており、疲れが蓄積されているのを感じる。 ソファは二人掛けの大きさではあるが、半分を取り込んだまま、ハンガーもついたままの洗濯物が積まれ、使えるのは実質一人分だった。 腕に掛けたままだった通勤用のバッグをフローリングに下ろし、夕飯が入ったコンビニ袋とポストから取り出した郵便物をカフェテーブルに置く。 こちらが用のある郵便物などそう届く訳もなく、殆どは用もないのに届く広告の類だと判っているが、マンションのメ

          悪口が届くまで(2024.01.29〜02.03)

          夢のある仕事(2024.01.21〜01.28)

          翔に呼び出され、俺たちはチェーンの喫茶店で待ち合わせた。 単価が他のチェーン店よりも高い代わりに喫煙が可能で長居が出来るその喫茶店は、SNS上ではマルチ勧誘の主戦場という側面を持ち合わせており、小学生の頃から近所に住んでいる翔がわざわざそこで待ち合わせという時点で何かしらの勧誘を受けるのではという疑いを抱き、幼馴染を信用出来ない自分への嫌悪感を抱きながら電車で数駅先にある店へと赴いた。 先に到着していた翔が4人掛けの席に座っている。 向かいではなく横に座るように促された時点で

          夢のある仕事(2024.01.21〜01.28)