ダイエットサプリ詐欺事件 その1
いまでもたまに検索してしまうワードがある。
「ラクフロラ」「ライフ」
今日数ヶ月ぶりにこの検索結果を見て、やっぱり私は正しかったんだ!!
とあの悪夢の数日間を供養することができた喜びを噛み締めた。
と同時に、つい1、2ヶ月前まであの酷い商法に騙されて苦しんでいた人がいることにいくばくかの罪悪感も感じたりした。あのとき私は半分強引な方法でトンネルを抜け出すことができたけれど、ずるい方法を実行できない真面目な人は長期に渡ってどん底にいたかもしれないのだ。
消費者庁 ECライフ 広告さしどめ、販売終了
https://news.mynavi.jp/article/20210218-1738861/
これがその記事だ。
もうあっという間に数ヶ月経ってしまったが、私を恐怖のどん底に突き落としたプチ詐欺事件の話をしようと思う。
2020年10月28日(木)
私は事態を重く受け止めていた。
そのフラットなガラス面に両足裏をひんやり乗せ終わると、カクカクした8のような数字を点滅させながらまるで余りのひどい数値に目を白黒させるかのようにゆっくりと時間をかけていくつかの数字群をはじき出してきた。
会社の健康組合がコロナ化の社員の健康を慮って配布してくれた最新型の体重計の初仕事だった。
体脂肪率の表示の欄に35という見慣れない数値がある。いつのまにか10%ぐらい増えていた。大昔は22ぐらいだったと思う。
それよりも想定外の現実を叩きつけてきたのは体年齢だ。実年齢よりも2つ歳を取っている。童顔ということもあり平均より少し、いやだいぶ若く見える、と傲って生きてきた。スクワットとやってるし体だってそんなに鈍ってはいない。それが実は全部見せかけで、お前は実年齢より老けている!!とこいつは宣言してきたのだ。聞き捨てならない。
ただでさえババアなのに、2歳のプラスはでかい。放ってはおけない由々しき問題である。この事実はズシンと私の心の中に暗い影を落とした。
2020年11月2日(月)
酔っ払ってインスタをスクロールしていたら他人の飯と飯の写真の間にピンク色のキラキラした広告が目に止まった。100円でサンプルを注文できるタイプのサプリの広告だった。
前にもこのようなサプリや化粧品のサンプルをネットで注文したことはある。初回だけ安くて2回目以降は普通の値段になるが、効き目があるのだったら多少高くなってもいいと考えていた。広告から入ったページは似たような素人の体験談ばかりが延々と続きながらなかなか核心にたどり着けないという脳の疲労を高ぶらせるタイプのページだった。
腸内に乳酸菌を1兆個届ける!10センチぐらい余裕のあるウエスト周りとパンツを前方に伸ばすような写真。お試しの1袋で5キロも痩せ他ので2個目の注文は私には不要でした!などとズラズラ延々と続く縦長スクロールページ。酔った勢いというのもあって、雑にクリックする快感をふと味わいたくなり、指先は注文画面へと急いだ。
腸内フローラっていう言葉を作った人は天才だと思う。腸内にそれぞれ違ったお花畑があるという概念は、本来汚そうだった腸内にも美しさが宿るという幻想を与え、内臓が美しいことこそがその人の持つ真の美しさなのではという新たな価値観を与えた。不摂生続きの人間の腸内ではキレイな花が咲くことはない、という恐怖心を植え付けてしまったのだから。
長年に渡る飲酒生活のせいで自分の腸内では紫や灰色の不気味な花々が常に蠢いているのではという妄想に囚われ、腸の中をきれいに整えれば肌荒れにも悩まされず痩せやすい体をつくることができるのではないか?という幻想を抱くようになった。
それを経てのクリックだ。少し心が弱くなっていたのかもしれない。人間は歳を取るほど心が弱くなる。自分への自信が失われるということで不安につけ入られやすくなる。
話は元に戻るが、そのピンク色の広告にはこのように書かれていた。
初回注文100円 ラクトクモニターコース お得で続けやすい1日約16円
通常価格3,960円が今なら100円 今すぐ応募!
1日16円ならまあ結構やすいだろうし、2回めの注文を進められても嫌なら断れるだろう、そんな風に曖昧に考えて、気楽にサンプル注文に応募した。
2020年11月3日(火)
この日は休日ということもあり久しぶりに実家に顔を出した。母親はコロナの影響もあり外には滅多に出ないと言う。友達も家に呼ぶのをやめ、太極拳のクラスも休んでいると言う。
おしゃべりな人が一日しゃべらないことが増えたので猛烈な勢いで色々な余計なことを話していた。テレビからはトランプがどこかに要請して作っているというワクチンのニュース。
こういうのを早く確保してみんな摂取できればいいのにねと話すと薬なんてやれ体内に入れて薬害が起きたりするからあたしは嫌だわ~あんたは薬なんて安易に飲んでないでしょうね?ダメよちょっと調子悪いからって色々薬とか飲んだりするもんじゃないわよ…とくどくど言われたので「そんなに飲んでないよ、あ、でも乳酸菌サプリとかは飲んだりするかも。痩せるとかいうんで…」と返した。
2020年11月5日(木)
ポストを覗くと小さな包みが届いていた。先日注文した乳酸菌サプリだ。これで痩せられる。期待に胸が踊った。早速封を開け寝る前に一粒を飲んで寝た。
何事もなく毎日は過ぎた。少しも痩せていない。早くサプリが効かないかと待ち望んでいるがそんなにすぐ結果は出ないだろう。
広告では瞬く間に痩せてジーンズのお腹がこんなに余ってる!みたいな写真が載せられていたが、そこにツッコミを入れるほどこちらも野暮ではない。まあこんなもんだよねと思いつつ忘れて飲んだり飲まなかったりしたサプリもあと残り2粒ほどになっていた。
2020年11月11日(水)
ポッキーの日だ。ベースの日でもあるらしい。そんなことはいい。
今日は出社日で疲れ切っている。マンションに近づくと二階の電気がついている。
旦那は帰ってきているようだ。気を利かせて風呂でもわかしてくれていればいいのだが。
部屋に入ると旦那が荷物届いてるよと小さめな枕ぐらいの包みをよこしてきた。
一体何が入ってるのだろうと手を洗って開けてみると、先日注文したサプリがなんの知らせもないまま大量に送られてきていた。
同封されていたお届け明細書(納品書)には「購入回数2 注文番号xxxxxxx ご注文日11/9
ラクフロラ初回100円ラクトクモニターコース 1
クレジットカード一括
何かの間違いだろうか。普通こういった継続通販のものは事前にメールなどで知らせがあって次回の購入はどうするか意思を聞かれるものだろう。
まとめてこんなに勝手に送られてくるのも不気味だし、請求額が書いてないのも何かおかしい。
今日はもう遅いし疲れているから確認できないけど…
それ以上深く気に留めなかったが、新たに2つ目のパッケージを開封してどうにかしようという気にもならないまま忘れて二日ほど放置していた。
2020年11月12日(木)
この日も出社だった。いつものように疲れきって家に帰るとハガキ型の請求書が届いている。シール式でめくって請求書になっているタイプのものだ。
大切なご案内…請求書… えっなんなの藪から棒に。大袈裟なんじゃないの?
めくって確認すると、ご請求額 39,500円 払込期限 11月24日(火)
との記載が目の前に飛び込んできた。
ズドーーーン!!!突然ぶっとい砲弾がぶち込まれたかのような轟が脳内に鳴り響いた。
えっえっ なんのこと、一体!!ちょっとちょっと注文メールを確認しなきゃ!あのメールどこにいったっけ?この会社名知らない、検索しなきゃ、ええっと「ライフ」あ、これか?気が動転して脳がぐるぐるし始めて細かい字がダブって読めなくなってきた。一体何が書かれていたか?どうしてこんな馬鹿げた請求額なの?たった100円のコースを申し込んだだけでしょ?私が甘かった?そんなに世の中うまくできてるわけないでしょうが!なになにメールの注意文まじで細かくて読めないしどうしたというの?私急に老眼になっちゃったの?え、でもコンタクトしてるしコンタクト外したら近眼になるんだから遠視ではないのだから老眼ってことはないはず!いつもならこのスマホの文字だってスイスイ読めているんだもの!おかしい!目の前に御簾のようなバーティカルな線がいくつも降りてきてマトリックスのタイトルバックみたいに文字が霞んで本当に何が書いてあるのか全然わからないどうしよう!頭がおかしくなってきた!どうしたら読めるの?だめだこれは事実がこんなことでは確認できない!アマゾンで拡大鏡注文しなきゃ!ハズキルーペのパチモンのやつでいいから今すぐ!これじゃラチがあかない!あの時の広告どこにいった?なんなのこれどうしてこんなことになっちゃったの!!!絶対払わないこんなやり口一体だれが許すというの??
パニックになった私はスマホの操作の一つ一つも間違え続け完全に頭がショートしていた。
明日は土曜日、どうしたらいいのか全然わからない。夫にも怖くて言えない!怒られるのも嫌だし馬鹿にされるのも嫌だ!
とにかくクレジットカード会社に電話して止めてもらわなくちゃ!今からだとなんだか全然要領得ないからまずとにかく寝よう。寝て考えよう!
待てよとりあえずアマゾンでハズキルーペのパチモンの注文だけは済ませておこう。よしポチッ!これで大丈夫!
2020年11月14日(土)
とにかくやり口が汚いんだ。これらの荷物や請求書、しれっとポスト投函のみでやってくる。メールで発送・請求連絡も来ない。
こっちがズボラで気がつかないタイプの人間だったら数日放置していたかもしれないんだ。数日ほっておいたら当然彼奴等の決めた規定期日が超過してキャンセルが効かなくなる。
そういったこちらの不備の穴もつくつもりで奴らは受取拒否のできない形で送付してきている。
許すまじこの卑劣さ!グルグルと怒りで頭を回転していたためによく眠れやしなかった。ツイッターで同じ手口に引っかかった人がいないか、対策方法を探してみる。
夫にもおそるおそる事情を話してみたところ、消費者センターに相談しろという答えをもらった。もう二度とするな!と叱られたが、必要以上に責められなくて安心した。とにかく無視して払うなとも言われた。
何か手を打たねば。浦安市の消費者センターを検索する。土曜日は休みのようだが千葉県の消費者センターは土曜日も可動しているようだ。9時になるのを待って電話する。
ミヤモトさんという女性が電話に出て相談に乗ってくれた。
「それはですね!最近とても被害を訴える人が増えている案件なんですぅ〜。残念ながらこれは支払わずに解決という方法が極めて難しい商法なんですねー。木村さんの方で自分で読んだ広告を保存してはいないですよね〜?」
「自分が撮ったものではないですが、ネットに私が見たのと同じのが転がっていました」
「あ〜〜、でもご自分が撮ったものじゃないと証拠というのには残念ながらならないんですよぉ」
「でも、その画像は私が見たものと同じですし、誰が撮ったかなんてことは黙っていれば判別できないですよね。私が保存していたと言いきれば向こうにはわからなくないですか?」「いやでもそれは…厳密には駄目なんです」
なんでなのだ!そういう教科書的な建前を大事にして、騙している人間側の有利に立たなくてもよくないか?
「ネット通販は通常の購入と違って、自分で契約を読み了解した上で購入しているので、クーリングオフの制度の対象外となっているんですぅ〜。不当広告で訴えるのだとしたら、自分で見たそのものの広告を残しておかねばならないんですよねぇ〜。他の人がキャプチャしたものでは厳密には証拠にはならないのでだめなんですよ〜。あ、あ〜木村さん、今調べてみたところ、適格消費者団体がその業者に対して不当広告の訴えを出していて、今ちょうどその広告を取り下げて表現を変えて掲出しているようですので、業者も非を認めてはいるようです。なので、あなたができるとすれば、「そちらが広告を取り下げたということは、そちらも非を認めてるんですよね〜?私もその広告を見て100円だと思ったので返品させてください」と伝えてみてはいかがですかぁ〜?」
どこか他人事そうな喋り方をする人だったが他人事には違いないからしょう がない。八つ当たりに近い気持ちを手っ取り早くぶつけてはいけない。
「あとはそうですね…医師の診断とかで診断書を取れれば解約はできるようなんですが、これはまあ、ちょっと難しいかもしれませんね」
医師の診断… 自分でも役牌のないままとりあえず鳴いてる後付け副露の悪手なんじゃないかと思わなくもないけどそのときフワッと昨夜の記憶が天から降ってきて自己防衛の言い訳を瞬時に作り出していた。昨日この請求書のハガキを開いた直後から目の前が本当に真っ暗になり、いや、真っ暗というよりはスミ70%ぐらい乗せた半調かな…とにかく突然視力が落ちて文字が全然読めなくなったのだった。騙されたことを取り消すことで頭がいっぱいでメールの記録を辿ったりライフの広告を探したりホームページの規約を見たりしようとしたけど酔っ払ってるのもあってうまくページが探せないしメールの細かい文字もだんだん目が霞んで文字がダブっている、、、
いつもは酔っ払ってもツイッターをスマホで読むの楽勝だし、メールの文字が読みにくいなんてことはなかったはず…
これは…使える…いや、嘘じゃなく本当に目がおかしくなったもの……!!
何らかの糸口の感触を得た私は話をなあなあに終わらせて礼を言い、「進展あったらその後の参考事例にしますので〜ぜひとも連絡くださいねえ〜〜」という無料コンサルタント口調にありがちな相手を落ち着かせるための間延びした作り声を聞きながら電話を切った。俺を踏み台に利用するというのか…まあお互い様だから連絡してやるよ。今はまだ午前の診療に間に合う!早いとこ医者探して受付してもらわないとヤバイ!!
スマホで「浦安」「眼科」と入力する。Googleマップと検索結果が近くのクリニックをいくつか表示させてきた。
土曜診療をしていて、なおかつ話がわかりそうなところ… 最近開業したばかりの、雰囲気の明るい(軽い)、新規の客を大事にしてくれそうな眼科に目をつけた。そういうところの方が頼めば気安く判子を押してくれそうだ。詐欺師の心理だ。
大変失礼な舐めた心持ちですまないが、こっちも深刻だった。土曜日のこの時間、チョイスを誤ったら来週になってしまう、一刻を争う事態だと言えよう。
着るものも適当に顔には日焼け止めだけ適当に塗って10分ぐらいで出る準備した。
あすなろ眼科内科(仮称)に入ると客は疎らだった。初診理由に目が霞むという項目を書き、大人しく言われるままに眼科検査をした。本当はこんなことしないでもとっとと診断書を書いてもらいたかったが…カチャカチャと気球がぼやけたりくっきりしたり切り替わる写真を眺めながら、まあこれは通過儀礼として必要なアレだあね、と粛々と言われるがままに検査を受けていた。
いよいよ診察室に通され、長谷川初範に似た男の先生の問診を受けた。
「一応検査しましたが問題はないようですし、ただの疲れ目でしょう。診断書を書くのにもお金はかかりますので…」と言うのを遮るように、ここが大事だ!!とこちらの事情を切り出した。
「実は先日、広告で初回100円だというサプリを買ったのですが…、数日後なんの知らせもなく数万円の請求書が届きまして…支払うまでコースを解約できないと言われてしまったんです。実際に目の調子もおかしくなりましたし、どうしても解約したいので、医師の診断書が必要なんです」
先生はウーンとうなり、こちらの邪な計画に巻き込まれたことを察してかわからないが、あきらかに厄介な客を相手しているときのような困った表情を浮かべていた。
「それはまあブラックだね……」
と発したまま10秒ほど微妙な沈黙が流れた。
「とにかくかすみ目が起きたのは本当なので今後のコースを解約するために診断書を書いていただけますか?」
先生は言葉を失ったような表情のままフリーズしている。助手の看護師さんはその横で目を細め作り笑顔で微笑みつつ微動だにしない。
「……状況は理解しました。ですが、僕も医者として間違ったことは書けないから…このサプリが原因でかすみ目の症状が出たという確かな医学的根拠はどうやっても証明することができないんですよ。診断書を書くとしても結構なお金はかかりますよ。それでも『関連性は不明だけど症状はある』というような曖昧な書き方になってしまいます。それでもいいですか?」
私はもうこの可能性にすがるしかないという一か八かな思いだけでお願いしますと何遍も小さく頭をさげた。
診断書は4000円した。4万の支払いを回避するための経費としては安いものだ。ちょうどよい視力検査にもなった。
つづくよ