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【無能の鷹】無能は無用か?〜『無能の鷹』と働きアリの法則〜

いよいよ終盤を迎える2024年秋ドラマは、様々なジャンルの良作が揃う豊作期であった思う。
そんななか、私は仕事系ドラマである『無能の鷹』がとくに好きだ。本作は面白いだけでなく、仕事における組織論に関して示唆を与えてくれる作品なのでは?と思っているからである。


『無能の鷹』の面白さ

『無能の鷹』は、はんざき朝未による連載マンガが原作で、ドラマの脚本は『サ道』や『ハコヅメ〜たたかう!交番女子』など数多くのマンガ原作をドラマ化してきた根本ノンジが務める。
鷹野という仕事ができないいち社員が、意図せず会社や周囲の同僚に影響を与えていく点にこのドラマの特徴や面白さが盛りこまれていると私は考える。

主人公・鷹野とは?

本作の主人公は菜々緒演じる鷹野ツメ子。
シゴデキのオーラを纏い(菜々緒がスーツを着こなしているのだからそりゃそうだ)、自信満々にヒールを鳴らしながら歩く姿は仕事できるオーラで眩しい。しかし、彼女には欠点がある。そう、仕事ができないのだ。「仕事ができない」と表現すると会社の同僚はそのレベルではないと怒るだろう。なぜなら、
・Webサイトの「開く」という行為を知らない
・データ入力ができない
・ITコンサルの会社に勤めながらコンサルの意味を知らず、「IT」を"イット"と呼ぶ
・仕事中にペン回しに没頭

もはや仕事ができる/できないのレベルではないが、本作の面白さはそんなお荷物な鷹野に嫌がらせをしてスカッとしたり、成長させようと皆が協力したりといった従来の話型に当てはまらない点にある。鷹野は鷹野として、会社で生きているのである。

鷹野と「働きアリの法則」

このドラマをみていると「組織論の話では…?」と思わずにはいられない。実際に鷹野自身が第1話で組織論の話に通ずる「働きアリの法則」を引き合いに出すシーンがある。

アリの巣には必ず働かないアリが2割存在する。もしそれを排除したとしてもまたほかの2割が働かなくなってしまう。みなさんに気持ちよく働いていただくためには私のような存在が必要

ドラマ『無能の鷹』第1話より

仕事ができない(というよりする気もない)鷹野自身が語っている事実が彼女の歪さを端的に表しているが今回はそのキャラの濃さは一旦脇に置き、「働きアリの法則」について踏みこんでいきたい。

働きアリの法則とは?

働きアリの法則とは、先述の通り「集団の中には働きものが8割いる一方で、怠けものが2割いるというもので、怠けものを組織から弾き出したところでその比率は変わらない」というものである。明治大学の西森拓教授は働きものが組織からいなくなると怠けものが働き出す性質を「労働補償性」、働きものを組織に戻すと元の怠けものは怠けものに戻る性質を「労働可逆性」と指摘する。仕事をしない鷹野の「私が働かないことで周りの優秀な人が働き、組織がよりよく機能している」発言は、実は的を射たものなのだ。

鷹野は無用か?

アリの生態はこの「働きアリの法則」以外にも人間社会に応用できる点が多い。例えば長谷川英祐『働かないアリに意義がある』で指摘されているアリの個体の疲労とコロニー(=同一生物の集団)の関係が興味深い。コロニーに属するアリ全員が働くシステムの方がもちろん労働効率はよいが、仕事が一定期間以上処理されないとコロニーが死滅するという条件を加えると、働かないアリがいるほうが、コロニーが長く存続することが判明した。つまり、働かないアリの存在は、コロニーの存続にとって非常に重要なのである。
これは企業にも当てはまるだろう。たしかに、人件費を極限まで削ることは企業の収益改善に一時的には寄与するが、社員の満足度や生産性など長期的な視点で見てみると良策ではない。ギリギリではなくゆとりをもった組織こそ、長期的かつしなやかな繁栄やイノベーションを生み出していくのではないか。

話をドラマに戻そう。主人公・鷹野のスキルはゼロに等しい。しかし、彼女がいたからこそ起きた事象を下記に列挙してみると、

・シゴデキに見える鷹野(菜々緒)が気弱な鶸田(塩野瑛久)を優秀といったことで、商談相手が聞く耳を持つようになり成約につなげる
・相手を困惑させる鷹野を見て鶸田は自分がどうにかしないとと責任感が芽生えた
・働く意欲をなくしていた同僚に復活のきっかけを与え、意欲回復と大型案件の契約につなげる
・他社との話し合いの際、同僚が得意な流れに話をもっていく
・老害と化していた部長に素直さを取り戻し、社内や家庭内での孤立を解消
・リモートで孤立していた社員が職場に戻るきっかけを作る

ドラマ視聴者であれば「あのシーンか!」と思い出して頂けると思うが、改めて列挙するととても重要な役目を果たしていることに気づく。「生産性が低いから」「PCスキルが低いから」と定量的な判断のみで鷹野という社員を判断してしまうとおそらく彼女はクビに。彼女がいなくなったあと、この組織はどうなってしまうのだろうか…?

まとめ

冒頭でも述べたように、私はドラマ『無能の鷹』から、これまでの仕事系ドラマにはない”しなやかさ”を感じた。それと同時に、短期的な収益や生産性に飛びつくのではなく協業することで持続可能な組織を作っていこうとする新しい働き方を提唱するものであるとも感じた。アリから学べることもあるように、「無能」のレッテルを貼られている鷹野からも学べることもある。そんなことを考えながら残りの放送回も楽しんでいきたいと思う。

参考文献

人はアリに学ぶと、理想的な社会をつくれる!? | Meiji.net(メイジネット)明治大学
長谷川英祐『働かないアリに意義がある』メディアファクトリー新書



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