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元路線バス事務員が教えるバス運転士の勤務体系

 「2024年問題」がメディアを中心に叫ばれて暫く経ちます。これを扱うニュースは必ずと言っていいほど、路線バスの減便や廃止、運転士の待遇向上等の話題に終始します。要するに、バス運転士の労働時間・拘束時間・休息時間に関する規制が改正され、運転士確保が難しくなって現状の運行形態の維持が厳しくなるという話です。この規制は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(いわゆる改善基準告示)と呼ばれ、バスやタクシーやトラックのドライバーの労働時間等の規制を定めた基準です。この問題をより深く理解するためには、現在のバス運転士の勤務体系や運行についてを知る必要があります。元路線バス会社事務員の私が基本的な所から説明していきます。

1.勤務体系の大別

 沿線住民の生活を支え続けている路線バスですが、運転士がいないとその運行は成り立ちません。路線バスは大抵は、車庫を兼ねている「営業所」と呼ばれる拠点があり、小さな運行会社は1つの営業所が本社を兼ねていることがありますが、大手のバス会社は本社をトップに、複数の営業所を管轄します。運転士は自宅と営業所の間で通勤をします。まず大前提として、バス運転士も当然ながら労働基準法が適用されます。1日の労働時間は8時間とし、それを超過すると残業代が支払われます。休憩時間も法定通り(労働時間が6時間を超えると45分、8時間を超えると1時間の休憩)です。
 バス運転士の勤務時間は、会社や営業所によって千差万別ですが、大きく分けると午前番・午後番・通し番の3つに分類されます。
 午前番は、朝4時台に出勤し、お昼過ぎに退勤する勤務です。午後番は13時台から15時台に出勤し、退勤は22時過ぎから0時を超えるものもあります。3つ目の通し番は朝5時台から6時台に出勤し、退勤は20時以降となり、平均的に1日の拘束時間は15時間前後になる勤務です。これら3つの勤務を組み合わせてローテーションを作り、それに従って運転士は勤務しています。

①通し番→通し番→午前番→通し番→午前番→公休
②午前番→通し番→通し番→午前番→公休
③通し番→通し番→午後番→午後番→公休
④午後番→午後番→午後番→午後番→公休

 上にローテーションの一例を出しましたが、運転士としては、やはり通し番が連日続く勤務はかなりきついと口々に言います。ローテーションの中身は会社や営業所に様々ですが、いずれにしてもローテーションは労働基準法や、冒頭でお話しした「改善基準告示」に違反しない範囲で決められています。例えば告示の内容の1つに「勤務終了から次の勤務開始までの休息時間を連続8時間以上設けなければならない」というものがあるため、退勤が22時を過ぎる午後番の次は基本的に午後番にしか繋がりません(2024年4月からの改正ではこれが11時間が基本になります)。他には拘束15時間以上の勤務は1週間に2回までであったり、勤務終了から公休を挟んで勤務開始する場合は連続32時間以上の休息が必要など多くの規制があります。ただ、これらの時間規制はあくまで「告示」であるため、法的拘束力は無く会社や営業所によって遵守するかどうかのスタンスは様々です。ただ告示内容を無視し続ければ疲労や疾病が原因の事故のリスクは増大しますし、事故が起きた後の監査では厳しい指導が入ることでしょう。運転士の健康ためには時間規制は大切ですが、勤務を組む者の大変さや路線維持はより厳しくなっていきます。

2.運転士の1日の流れ(運行開始まで)

 次に、運転士の1日の勤務の流れをお話しします。今回は5時出勤、13時30分退勤の午前番を例に紹介します。

 まず、路線バスの運転士はほぼ全員が自家用の車かバイクで営業所に出勤します。公共交通機関が走っていない時間に出勤するためで、自宅から営業所は近い人がほとんどです。営業所に着き、身支度をしたら出勤時刻である5時になります。

 5時になったら「呼気アルコール検査」を実施します。バス運転士はタイムカードやシステム打刻ではなく、このアルコール検査で勤怠管理が行われています。そして検査結果は、呼気アルコール量が0.00mgでないといけません。一般ドライバーが飲酒運転として取り締まられる基準は、呼気1リットル中のアルコール量が0.15mg以上で、その数値未満であれば取り締まりの対象外となります。ただバス運転士は乗客の命を預かる責任重大な職業であるため、アルコール量は0でないといけません。もし出勤時のアルコール検査でアルコールが検知されると、ブザーが鳴ってその日の乗務は禁止、帰宅措置となり、後日書類を書くなどの教育が行われます。検査前に歯を磨いたり、うがい薬、エナジードリンク、菓子パン等の摂取、唇に塗った化粧品でもアルコールが検知されるため、運転士はアルコール検査の前はデリケートになります。勿論そういった飲酒由来でないアルコール検知でも、同様の措置となります。

 アルコール検査をクリアしたら車の鍵を受け取り、その日使用する車両の点検を行います。車両は、事故や故障が無い限りは1日同じ車両を使います。
 まず、営業所から持ってきた金庫を運賃箱(運転席の隣にある、乗客がICカードをタッチしたり現金を入れる機械)にセットします。金庫は一辺30cmくらいの持ち手のある立方体で、運賃箱にはめることで投入された現金が金庫内に入っていきます。
 次にエンジンをかけ、計器チェックなどの運転席周りの確認をします。ブレーキの踏み込み・バッテリー・ワイパー・フロントガラスなどです。このタイミングで、空調をつけて車内を適温に調整したり、運転席のカスタマイズも行います。運転席には運行に支障のない範囲、乗客からクレームの来ない範囲で自分の荷物を持ち込めます。タオルや飲み物、クッション、人によっては運行会社のマスコットのぬいぐるみをフロントガラス手前に置くこともあります。
 続いて外に出て、タイヤの確認です。専用のハンマーを用いて空気圧を確認し、亀裂が入っていないか、ホイールの取り付けは正常かを目視で点検します。それが終わったらエンジン周りをチェックします。ほとんどのバスのエンジンルームは車両後部にあり、下の取っ手を引き、上に向かって開きます。全ての点検項目が異常なしだったら、その旨を車両点検表に記入します。

車両点検表の一例(国土交通省HPより引用)。
道路運送車両法で定められている点検項目を満たしていれば、書式は自由です。

 さて、点検が終わったら営業所に戻り、始業点呼を行います。1日正常に運行を行うため、運転士と運行管理者が対面で情報交換を行う場となります。運行管理者は運転士のアルコール検知結果と車両点検内容を確認し、運転士の健康状態(疾病・疲労・睡眠不足等)を目視で確認します。問題が無ければ、その日の運行上の注意事項が運転士に伝達されます。道路工事やイベントによる渋滞・通行止め、雨・風・雪などの気象条件上の注意などが多いです。その後、運行管理者と指差呼称の確認をし、運行表(スターフ)が渡されます。

筆者が適当に作った運行表の例。
運行ルートと、途中バス停を含めた時刻が細かく決められている。

 運転士は、1ダイヤ、2ダイヤ、3ダイヤ・・・という風に、営業所ごとに出勤時間・退勤時間・休憩時間・運行ルートが定められた勤務ダイヤが割り振られます。ダイヤの数は営業所それぞれですが、規模によっては150を超える場合もあります。時間は分単位で厳密に決められており、出勤・退勤・ルートなど、全て異なる内容になっています。全てのダイヤは先述した午前番・午後番・通し番のいずれかに当てはまり、時間が全くない勤務ダイヤは存在しません。ちなみに運転士としては、2日連続で同じダイヤを運行するのは嫌がる傾向にあります。同じルートを連日走行するのは単調に感じるでしょうし、乗客も同じ人が多いというのが大きな理由だそうです。
 始業点呼の最後はその日自分に振られたダイヤの運行表を渡され、運行をスタートするのです。

3.運転士の1日の流れ(運行開始後)

 いよいよ運行が始まります。多くの場合、まずは目的地に回送します。乗客を扱う走行を「実車」、扱わない走行を「回送」といいますが、路線バスは運輸局に事前に届け出た道路しか走ってはいけません。実車が決められたルートでしか運行できないのは当然ですが、回送の場合も、経路は自由ですが使う道路は決められています。
 今回は午前番を例にしていますが、早朝の5時台や6時台は乗客はあまり多くありません。午前番と通し番の一番の山場は朝の通勤・通学ラッシュです。乗客が多いのもそうですし、駅前交差点を中心に慢性的に渋滞・遅延することも珍しくありません。特に大変なのは雨の日で、普段よりも送り迎えの車が増えて渋滞し、乗客は乗降時に傘の出し入れという作業が発生するため、バス停の発着に時間がかかります。
 午後番のピークは17時~19時頃の退勤ラッシュです。時期よっては酔っ払いがいたり、クリスマスになると朝のラッシュ以上に渋滞して、大幅な遅延が発生してしまいます。

 一通り運行をしたら、休憩時間になります。運転士の連続運転時間は4時間以内と定められているため、今回の休憩時間は9時頃としましょう。
 車庫に戻ったらエンジンを止め、私物を持って営業所に戻ります。休憩時間の過ごし方は本当に人それぞれで、食事・睡眠・談笑・喫煙が主でしょう。事務員とも仲良くする運転士も沢山います。朝5時出勤ですと、起床するのは4時前になると思うので、午前番の人は寝ている人がほとんどです。
 定められた休憩終了時間になると、出庫となります。出庫時間の管理は営業所の事務方が行っていることが多く、基本的には一度事務所に声をかけてから出庫します。もし休憩時間が過ぎても出庫していないことが分かったら、急いでその運転士を探します。トイレにいる、寝過ごしている、休憩終了時間を勘違いしている、声をかけずに既に出庫しているなど様々な原因が考えられるので、運転士はしっかりと出庫時刻を確認して出庫しなければなりません。もし何らかの原因で出庫がされず、特定の路線の運行がされないで終えてしまった場合は「欠車」といい、その日の運行管理者は懲戒処分を受けることもあります。ほとんどの場合は営業所内で気づくか、バス停で待っている乗客からの連絡で発覚します。

 休憩が終わり、2回目の運行も終わったら、退勤の準備です。帰庫したら車を停め、エンジンを切ります。その後行うのは、車内の忘れ物チェック・現金が入った金庫の取り外し・戸締まりの確認です。荷物を持って営業所に戻ったら、車の鍵を返し、金庫を精算箱に入れて現金を営業所に預けます。最後に終業時もアルコール検査も行うので(勿論こちらも0.00mgでないといけません)、検知結果に異常が無ければこれで1日の勤務は終了となります。

 ここまで運転士の勤務体系、1日の流れを簡単に見ていきましたが、非常に大変な仕事であることが分かったと思います。皆さんはバスに乗った際は、運転士の方々に「ありがとうございました」と一言声をかけてあげてくださいね。



 

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