すぐそこにある《身辺調査》 (SS;1,900文字)
ねえ、ユウタくん、ユウタ君って、トシヒコ君の友だちよね?
「ハルミちゃん、それは『友だち』の定義によるかな」
また話が面倒くさくなりそうね。ま、いいわ、とにかく、トシヒコ君とよく遊んでるじゃない?
「それは、『よく』をどう定量化するかによるね ── 頻度なのか、延べ時間なのか。例えば、昨日は1時間35分くらい、一緒にゲームをしたよ。ただ、統計的に意味のある結論を導くにはデータが……」
ま、いいからいいから。ちょっと聞きたいことがあるのよ。……トシヒコ君って、好きな女の子、いるのかなあ?
「好き嫌いなんていうのは、個人の主観の問題だから、ボクにはわからないよ」
じゃ、付き合っている女の子、いるかな?
「それは、『付き合っている』の定義にもよるけれど、ハルミちゃんが彼の《身辺調査》をしようとしている意図は何だい?」
身辺調査? そんな大げさなものじゃないわよ。
「特に週刊誌ネタになりそうな女性関係はないと思うけど……もう少し、聞き込みとかした方がいいかな?」
うーん。ユウタ君に頼むとなんだかたいへんなことになりそう。普通に遊んでいて、気にかけておいてくれればいいから。
「ハルミちゃんからの正式な依頼ならば、身辺調査、引き受けてもいいよ。だけど、どうしてトシヒコ君のこと、調べたいの?」
そんなこと、女の子に言わせないでよ。想像すればわかるでしょ?
「じゃ、勝手に想像するよ。……おそらく、彼が君の《繁殖相手》としてふさわしいかどうか、判断する材料を集めたいんだろうな」
どうして一気にぜーんぶ飛び越えてそこまで行っちゃうのよ! アタシたち、まだ5年生なのよ! ……ま、いいわ、じゃ、何かわかったら教えてね。それから、アタシが頼んだってこと、絶対に内緒にしてよ。いい?
「もちろんお約束します。興信所にとっては《信用》が命ですから」
なんだか、話し方が変わったわね。いつから興信所になったのよ。
「そこでひとつ、お客様にご提案があるのですが……」
何よ、あらたまって?
「一般的に、女性関係以上に重要なのが金銭問題です。ギャンブル好きかどうか、借金の有る無しも調査の対象ですね?」
小学生で借金はないでしょう、さすがに!
「借金はどうかなあ……あ!」
どうしたの?
「ボクの方が彼にお金を借りてるの、すっかり忘れてた! 先週の火曜に遊んでて、コーラが飲みたくなったんで、トシヒコ君に150円借りたんだ。……いや、全然催促してこないもんだから」
じゃ、彼は借金してるんじゃなくて、ユウタ君に貸してるってことね? ああ、びっくりした。
「ま、借金、つまり債務を抱えているかどうかは調べてみないとわかりませんが、……少なくとも彼、債権者ではありますね」
大げさね。たった150円でしょ? そんなの、さっさと返しなさいよ。第一、アタシには何の関係もない話じゃないの!
「そうでしょうか?」
なによ、意味深な言い方ね。
「ボクに貸してからもう1週間経ってるんだよ。なのに取り立てようともしないし、利子を付けて返せ、とも言ってこない。これは、トシヒコ君の金銭感覚に問題があるのではないでしょうか? 将来、一緒に家庭を築こうとする際には、こういう人物と家計を同一にするの、心配じゃないですか?」
アタシャむしろ、アンタの金銭感覚を問題にしたいわ! ああ、バカバカしい! ユウタ君に頼んだアタシがどうかしてた! もういいわ、今日のこと、全部忘れて!
「いや、これは真面目な忠告です。他人に貸したお金を請求しないような人間は、将来友人に頼まれてホイホイと借金の保証人になり、家族も ── つまり、ハルミちゃんも ── 巻き込まれて住んでいた家も家財も失い、路頭に迷うことになるかもしれないよ」
大丈夫、アタシがトシヒコ君の側でしっかり監視してるから。それで、ユウタ君がお金借りに来たら、このヒトには絶対貸しちゃダメ、このヒトの借金の保証人になってもダメ、そもそも、このヒトを家に上げちゃダメ、── いえ、このヒトと付き合っちゃダメ、口をきいてもダメ! ……そう言いきかせるから! 心配ご無用!
「なんか、怪しい雲行きになってきたな」
その雲を連れて来たのは、ユウタ君じゃないの!
「そもそも、なぜトシヒコ君を《繁殖相手》に……?」
繁殖相手じゃない! ……ああ、アタマ痛くなってきた……
「興奮しないで。血圧が上がるよ」
……アタシは悪くない、アタシは悪くない、アタシは悪くない……
「ところで、ひとつ、アドバイスがあるんだけど」
……何よ? これ以上、バカなこと言ったらぶっ殺すわよ!
「ハルミちゃんの《繁殖相手》としては、トシヒコ君より、ボクの方がふさわしいんじゃないかと思うんだよ。その理由は3つあって、まず1番目は……」