すぐそこにいる《神さま》(SS;1,500文字)
おいおいおいおい、なんだ、今の丼の置き方! もっとそっと置けよ! それからな、『お待たせしました』って言い方、全然気持ちがこもっとらん! どういう接客教育受けとるんだ! ……なんだ、その不満そうな顔は! こっちは客だぞ、お客さまだぞ! お客さまは神さまだろう! すみません……って、捨てゼリフかよ! とりあえず言っときゃいいと思ってるんだろう? だから、気持ちがこもっとらんのだ!
「……あのう、おじさん……」
何だ? ボーズ、横から?
「牛丼、……冷めますよ」
……そうだ、お前のおかげで牛丼、冷めちまうじゃないか!
「今日もたくさんの牛が殺されて牛丼に変わっています。その命を大切にいただかなくては……」
いやなこと言いやがる……食べる気が失せるじゃねえか。
「食べないんなら、ボク、もらいましょうか? ……育ち盛りなんで」
……何言ってんだ、こいつ。食べるさ、食べるために来てるんだからな。
「ええ! そうなんですか! 食べるために ── この店に来たの?」
当たり前だろ! だから注文したんだ!
「ボクはまた、店員教育のために来ているのかと思いました……えらく熱心に訓示されていたんで。牛丼注文したのは、教育を始めるきっかけに過ぎなかったんじゃ?」
……はあ? そんなわけねえだろ。オレはな、このニーチャンの態度がよくないんで……あ、おい、どこ行った? まだ話の途中だろう! 次のお客で忙しい? ふざけるな!
「……お兄さん、ふざけてるというより、困っていますよ」
……だったら、ここに来てきちんと……
「いや、お兄さん、本部にカスハラ通報すべきかどうか、今迷ってるんですよ」
なあにい? 誰がカスハラだ!
「でも、お兄さん、通報はやめてあげてよ。税込み500円の牛丼をカウンターにどう置いたかでからんでくる人、何か個人的な問題があるんですよ、きっと。最近よほどツラいことがあったのか、何をやってもうまくいかないとやけくそで八つ当たりしているのか……いや、ひょっとしたら、500円、持っていないのかも……」
何言ってやがる! 持ってるさ、ほら!
「お、けっこうお札がいっぱいじゃないですか! あ、宝くじも! あれ、これ、もう発表終わってますよ……財布に入れてるうちに、外れくじが当たりに変わらないかな……なんて……」
思うはずないだろう! 勝手に財布に手え突っ込むんじゃねえ! ……どうしたんだ、ボーズ、オレに手え合わせて……
「さっき、オジサン、神さまだって言ってたよね?」
はあ? ああ……『お客様は神さま』ってのか? 今の若いモンは知らんかもしれんが……
「神さまなんだよね?」
ま……まあ、そうだ、お客様だからな、神さ……
「だったら、神さま、あのお兄さんの願いを叶えてあげてもらえませんか?」
え? 願い? なんだ、そりゃ?
「そりゃ、もちろん、時給を上げて欲しいんだよ。上げてあげてよ!」
そんなこと言われたって、オレは経営者じゃないんだから……
「でも、神さまなんだから……経営者よりエライはずでしょ? ほら、お兄さん、こんなに頑張って働いてるんだよ! トイレ行く暇もないくらい忙しいんだ! ねえ、神さま、お兄さんの時給、上げてよ! こんな時給でカスハラジジイの接客なんてやってられるかよ!……って心の中で思ってるよ!」
なあにい!
「神さま、お願い!」
……まあ、いい。ニーチャン、今度から気をつけろよ。……オレも言い過ぎた。
「あ、神さま、お兄さんの時給は?」
……わかったよ。ニーチャン、釣りはいらねえ!
「あ、神さま、カウンターに千円置いて出て行った! ……じゃ、お兄さんが千円、ボクは手がついていない牛丼、いただいちゃいますね。亡くなった牛さんに申し訳ないし、育ち盛りなんで……」