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すぐそこにある《忖度》 (SS;1,900文字)

ユウタくんが立候補した児童会長選挙 ── 前回からだいぶ間が空きましたが、対立候補の岸田君の代わりに現れた教頭先生を「論破」しましたね:

ユウタくん、ちょっといいかい?

「あ、岸田さん。下校途中に待ち伏せとは! ……投票日はあさってだっていうのに、児童会長に立候補中の二人がこんな風に談合している現場を学校新聞の記者にでも見られたら、あることないこと書かれますよ」

人聞きが悪い事を言うなよ。僕はただ……。

「岸田さんはただ、── 有名中学に行きたい一心で内申書を豪華にしたい、だからなんとかボクに候補から降りるよう説得しようとしているんですよね」

何だい、それ? 馬鹿にしてるのか?

「いえいえ、とんでもない。ボクはただ、岸田さんの気持ちを《忖度》したまでで……」

《忖度》っていうのはね ── これは第一志望の中学受験に出題可能性がある熟語で、普通は良い方の意味に使うんだ。キミの使い方は間違ってる!

「だから、岸田さんにとって都合のいい方に気持ちを読んだのですが……」

やれやれ……これだからキミと話すのは気が進まなかったんだ。

「気が進まないのに、校長先生たちに頼まれたんですね ── なんとかヤツを引きずり降ろせ、と」

……なんでその言い方まで知ってるんだ!

「いや、これも、校長先生の考えを《忖度》したんです。それにしても、すごいですね、岸田さん」

何がだよ。

「『児童会長になったら先生たちの使いッ走りします!』って立会演説会で公約してたけど、会長に当選する前から使いッ走りですか?」

この野郎! そんなことは言ってない! ……いかんいかん、また演説会の二の舞だ、冷静に、冷静に……。

「お、目を閉じて瞑想に入りましたか。血圧を下げる……いい心掛けです。……では、これで」

おい、ちょっと待てよ。……キミは今5年生だろ? 中学受験をどう考えているんだ。塾には行ってるのか?

「塾は行ってません。お母さんに行きなさい、と何度も言われたけど、自分で勉強する代わりに塾にかかるはずの費用は全て僕名義で積み立て投資信託を買うように説得しました」

ど、どうやって説得したんだ? ったく……怖ろしいヤツだな……『自分で勉強する』なんて言葉にだまされる親も親だが……それで、受験は?

「それは最高レベルの機密事項なので、誰にも漏らすわけにはいきません。しょせん受験なんてのは『いかに敵の裏をかくか』ですからね」

どうやって裏をかくんだよ! ……まあいい。キミも受験する、と仮定しよう。ほら、僕は成績優秀でスポーツも万能だ。受験塾も1年の時から通っている。つまり、受験に失敗する要素はゼロだ。ただ、ここに、児童会長、という花を添えるのも悪くない ── そう思ってるだけさ。

「はあ……『花』ね」

それに比べてキミは、成績も悪い、先生たちからも嫌がられている、── キミにとっては児童会長就任が起死回生、逆転満塁ホームランの勲章になるかもしれない ── 受験、するならね。

「はあ……『勲章』ね」

だから、キミが僕以上に切実に、会長という実績が欲しい気持ちはよくわかる。でもさ、1学年下のキミには、もう1年チャンスがあるじゃないか。今年はボク、来年はユウタ君、キミってことで、ひとつどうだい?

「……なんだか話し方が既にフィクサーだなあ。国会議員選挙でも、定員が削減されたりすると、そんな密約が交わされることがあるようですね。岸田さん、そんなに会長になりたいの? ── 中学受験のために?」

いや、だから、はっきり言って僕には必要ではないんだ。キミに譲ってもいいんだけどね、先生たちが困るらしいんだ。

「困る、らしい……やはり《忖度》ですか?」

まあね……ほら、わかるだろ? ……子供じゃないんだから。

「いや、まだ一応、子供なんですけど」

先生たちは結局、何も変えたくないんだよ。事なかれ主義で毎年同じように平穏な日々が送れればいいのさ、改革なんてして欲しくないんだよ。

「それも《忖度》ですね?」

そう、だから児童会なんて、傀儡かいらい政権でいいんだよ。

パシリでいいんですね?」

その言い方は不愉快だが、……そう、パシリがいいのさ!

「いや、すごいですね、岸田さん、そこまで達観した上でパシリになることを決めていたとは!」

そりゃ、そうさ。はははは……キミにもようやくわかってきたようだな、この世界の仕組みが!

「わかってきました! いや、ボクも今日の帰り道ぐらいに岸田さんが接触してくるだろうって、《忖度》したんです!」

さすがだな、キミも! じゃ、選挙から降りてくれるね?

「その前に岸田さん、ほら、今電柱の陰から出て来た彼ら、学校新聞の記者なんですよ! 今日あたり、特ダネが取れるから、帰り道にそっとボクの後を尾行するように、って言っておいたんです!」

……な!

「《忖度》したんです!」


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