社内結婚披露宴(短編小説;8400文字)
「本日はお日柄もよろしく、片山・香川、ご両家の皆様には誠におめでとうございます。ただいまご紹介いただきました、仲人を務めさせていただきます、源田でございます」
ウェディング・マーチの流れる披露宴会場で、白い天井を睨みながら、僕は源田部長のオープニング・スピーチを聞いていた。
「ご来賓の皆様にはたいへんご多忙のところ、ご来席を賜わり、誠に有難うございます。片山・香川、両家に代わり、厚く御礼申し上げます」
社内結婚というのはおかしなものだ。仲人、来賓代表をはじめ、毎日顔を合わせてきた職場の人たちが宴席にずらりと並ぶ。僕たちのように、同期入社で同じ部署で働いていた場合、客のひとりひとりを新郎側のテーブルに着かせるか新婦側に座ってもらうか決めるのは、かなり困難な作業だった。
「さて恒例により、新婦新郎のご紹介をさせていただきます……」
おや、と僕は顔を上げた。仲人が言い間違えたのだろうか。しかし、彼は続けてこう言った。
「新婦の耀子さんは、まさに才色兼備のキャリアウーマンでありまして、我が社自慢の物流コントロール・システムは、彼女をリーダーとしたプロジェクト・チームによって開発されたものであります……」
僕は左側に立つ耀子の顔を白いベール越しに見た。
客観的に評価すればあまり美しいとは言えない容貌を、それが判別不能になるまで丹念に白粉で塗りたくったため、完璧な《無表情》に見える。
しかしともかく、僕は彼女に惚れたのだ。
「私どもも皆、社の将来を担っていくのは、この香川耀子さんをおいて他にない、と確信しております。文字通り、我が社のホープ、最も期待される若手のひとりであります……」
これまでに会社の友人の結婚式に何度も出席したが、仲人である上司にこれほどまでに称賛される人間は初めてだった。そんな耀子を伴侶に得た事を、僕は素直に誇らしく思った。
「さて、新婦のお友達から、彼女の高校時代に素晴らしいエピソードがあるとうかがいました。ある時、数学の先生が翌日までの宿題を出したそうです。先生はいたずら心をおこして、5問出題したうちの1問に大学の専門課程クラスの、とてつもなく難しい問題を含めておいたそうです。クラスの誰もが途中で投げ出しました。ところが、耀子さんだけは徹夜でこの問題に取り掛かり、翌日の明け方、ついに解いてしまったのだそうです。先生は驚いて声もなかった、という事でした。《能力》と《努力》と《執念》、エンジニアに最も重要なこの3つの特質に、既にこの頃から恵まれていた事を示す、何よりの証拠と言えましょう」
宴のテーブルのそこかしこに感嘆の息が洩れた。なるほど、頑張り屋の耀子らしいエピソードだ。僕も心中で唸った。
「今後ますます仕事に励んでいただくためにも、幸せな家庭を持って安定した生活を営む事は大切な事と思います。……」
部長は上機嫌だった。
あの日、椅子を蹴り倒して怒り、僕の首を締め上げて脅した当の人物の台詞とはとても思えなかった。
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