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【小説】余命1年、僕は自分を探す旅に出た 第8話

▼▼▼第8話▼▼▼

――1――

狩勝峠を過ぎると、
車は富良野を通りすぎた。
朝早く帯広を出たが、
途中何度か休憩したのもあり、
時計はもう10時を回っている。
「パッチワークの丘、聞いたことある?」
しばらく運転に集中していた真が聞くと、
助手席の学人は寝息を立てていた。
助手席にいるのは病人だということを真は思い出した。
峠を下りる時いも団子を食べたから、
血糖値が不安定になったのだろうか。
膵臓の腫瘍はインシュリン分泌に影響を与える。

カーステの音量をそっと下げて、
真はゆっくりと車を走らせた。

美瑛の畑作地帯は「パッチワークの丘」と呼ばれていて、
日本全国にファンがいる。
北海道内にも、パッチワークの丘だけを撮り続ける、
プロやアマチュアの写真家もいるし、
パッチワークの丘だけを描き続ける絵描きもいる。
少し歩いただけで風景の構図が変わる面白さは、
どこまでもフラットな十勝平野にはないものだ。
加えて朝と夕、夜と昼、春夏秋冬を加えれば、
パッチワークの丘の被写体としての可能性は「無限」だと、
かつて愛好家から聞かされたことがある。

真は大学のとき研究室の宮沢先生と旭川まで往診に行く帰り道、
良くこのパッチワークの丘に見とれた。
あれは夏の終わり頃だったと思うが、
大学に戻る往診車から見た、
夕日に照らされた丘とその上で作業する人々、
人の背丈ほどもある牧草ロールの組み合わせが、
神々しいほどに美しかったのを、
今でも鮮明に思い出せる。

高低差が複雑に入り組んでいるので、
運転しているとどんどん表情を変える。
聞くところによると、
「このアングルからが素晴らしい」という角度や時間帯があり、
そのようなアングルやスポットには固有の名前がついているという。
写真家の間でしか通じないコードネームみたいなものもあるそうだ。
グランドキャニオンにもそういうのがあるらしいが、
日本でこういう複雑な味わいがある風景というのは珍しいと思う。
一度訪れて記念写真をパチリと撮って終わり、
という札幌の時計台のような観光地もあるが、美瑛は違う。
北海道に何十年も住んでいても、
ずっと通い続ける写真愛好家がいる、
というところに美瑛の面白さ、深みを感じる。

ジムニーを凄い勢いで大型トラックが追い越したタイミングで、
学人が目を覚ました。
「ごめん、窓閉めとけば良かったな。
 大型トラックの追い越しって怖いんだよね。
 俺もなかなか慣れなくて」

「え? 今ひょっとして美瑛?」
寝起きの学人が目をこすりながら言った。
「そうだけど」
「え、じゃあ富良野は通り過ぎた?」
「うん、寝てるのに気付かなかったけど、
 いも団子食べ終わったあたりから口数少なくなってたから、
 景色でも楽しんでるのかなと思ってた」
「あー、富良野寝過ごしたかー」
「え? 戻ろうか? 全然Uターンするよ」
「いや大丈夫。
 『北の国から』が好きってだけだから」
「よしじゃあ戻ろう」
「大丈夫大丈夫」
「今日ってどこ行こうと思ってた?」
「塩狩峠」
「なるほど」
「それから旭川のホテル取ってある」

学人は少し逡巡し言った。
「じゃあ、明日富良野行くとかはあり?」
「もちろん。ダメな意味が分からない」
「五郎さんが造ったゴミの家を見たいんだ。
 正確には倉本聰とそのチームが、だけど」
「よし、決まり、明日行こう。
 俺も『北の国から』好きだから」
「え? そうなの?
 麓郷行ったことある?」
「いや、ない。だから明日行きたい」
「よし!」
学人が右の拳を小さく握りしめ差し出すと、
真は左の拳を軽くぶつけた。

「今通ってる美瑛もけっこうな観光地だよ。
 パッチワークの丘っていうんだけど」
「もちろん知ってる。
 すごいなこの風景」
「今の季節は紅葉と牧草ロールの組み合わせがたまらない」
「運転したくなってくるな」
「後で代わろうか?」
「病人に運転されるの怖くない?」
「スピードさえ出さなきゃ平気。
 昨日も帯広運転してただろ?」
「ありがとう。
 じゃ、次に止まったら交代ってことで」

真の運転する車は美瑛を抜け、
旭川に近づいていた。
時刻が正午に近づく北の秋の空はどこまでも高く、
その奥には冬の厳しさの気配を連れてきていて、
それが空に少しの悲しみを加えていた。

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