た 「タイ米」
僕が高校生のときに、日本は空前の米不足に陥った。調べるとこれは「1993年米騒動」と呼ばれているらしく、日本人はこの記憶がある人とない人とで半分に分かれるのではないだろうか。1993年、僕は高校2年だった。岡山県はいつもそうだが、特にその年は水不足に悩み、トイレの水をバケツに貯めた水で流した記憶がある。そして、米はスーパーから消えた。政府の備蓄米もなくなり、ついに家庭で「タイ米」と呼ばれるインディカ米を使用するまでになった。
米にも数多くの品種があるが、大きくジャポニカ米とインディカ米に分けられる。僕たちが普段食べる米は99%がジャポニカ米で、粘度が高く甘みが強い。一方インディカ米は、93年米騒動を知らない世代だとタイ料理とかインドネシア料理屋でカオマンガイやナシゴレンを頼むと出てくるやつ、といったら分かるだろうか。あるいはインドやネパール料理屋でビリヤニを頼むと出てくるやつ、といったら分かるだろうか。これで分からなかったらどうぞググってくれ。細長くて粘度が低く、甘みが強くない。失敗したそうめんみたいに細長いやつもある。アジアの辛い料理にはジャポニカ米よりインディカ米がよく合うし、インドでは皿の上でカレーと米を指でこねくり回しながら食べるのだが、これは完全にインディカ米のほうが美味い。ジャポニカ米で同じことをするとベトベトして食えたもんじゃない。
それぞれに長所があるのだが、じゃあ日本の食卓にインディカ米系のタイ米が来たとき、うまくフィットするかと言えばするわけがない。牛丼にしても、日本のカレーライスにしても、魚の定食にしても、すべてレシピも味もジャポニカ米に最適化されているので、すべてがうまくいかない。TKG(卵かけご飯)も納豆ご飯もタイ米ではまったく良さが生かせないし、おにぎりは握った先からボロボロ崩れていく。インターネット時代以前の当時は「クックパッド」的な便利なサイトもないので、「じゃあナシゴレンのレシピを調べましょう」ってこともなかなかできないから、タイ米の長所を生かせるレシピに調整できない。かくしてタイ米は多くの日本人のトラウマ体験になってしまった。タイ米は何も悪くないのだ。その長所を生かせなかった我々が悪いのだ。だけど、「タイ米」はそのように不運なスティグマを背負わされることになった。
あと、これはたぶん当時学生だった人は全員「あるある」だと思うが、クラスの中の面長の野球部(丸刈り)の男子生徒のあだ名がみんな「タイ米」になった。今だったらルッキズムということで社会問題になるだろうけど、当時の日本にコンプライアンスという概念はなかったから、面長のやつのあだ名が全員「タイ米」になった。僕のクラスにも隣のクラスにも「タイ米」がいた。かくして「タイ米」と呼ばれるようになった全国の面長の男子生徒たちは、タイ米にはもう何も良い思い出がないということになる。彼らは現在僕と同世代なはずなのだが、出張でアジアに行ったときにインディカ米と遭遇したら、いろんな悪い記憶が思い出されて具合悪くなったりするんだろうか。興味はあるが、誰にインタビューして良いか分からないので、僕の脳内の「保留ファイル」に仕舞ってある。
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