行き止まりの世界で
穴に落ちたら、地面を掘れ
―――イタリアの諺
▼▼▼閉塞感の90年代後半▼▼▼
僕が高校~大学生のころ、
つまり90年代後半ということなのだけど、
「閉塞感」という言葉をよく聞いた記憶がある。
24年前に52歳で死んだ父親はその頃、
40代後半で、ちょうど今の僕と同じような年齢だ。
今の僕と同じ年齢の頃、
僕の父は僕を帯広の大学にやってくれたのだ。
もっと感謝しなくては、と親になって思う。
バブルが崩壊したのが1990年代初頭で、
その残り香がなくなって、
日本経済が今に至る凋落を本格的にはじめたのがその頃だ。
山一証券の破綻、拓殖銀行の倒産は90年代後半で、
「いよいよヤバい」という危機感が社会に芽生えていた。
僕の父親の務めた会社(JOMO)は、
今「ENEOS」として知られる一部上場の名門インフラ企業で、
盤石のように見えるけど実は当時、
早期退職者の希望を募ったりして、
リストラの波が始まっていた。
最近弟から聞いたのだけど、
僕が帯広で大学生活の後半を謳歌していた頃、
父は虎の門の本社から愛知県知多市の製油所に転勤になり、
そこで重大な責務を任された。
それが「辞めていただく社員の肩を叩く」というか、
「誰に辞めていただくかを決める」ような職務だったというのだ。
過酷な職務だと思う。
できれば人生でそんなことはしたくない、
と誰しもが思う職務だと思う。
バブル期には毎晩会社のお金で飲み明かしていた父なので、
そりゃ病気にもなるわな、と家族では話していたけれど、
もしかして父が癌になったのは、
実は飲酒や不摂生のゆえではなく、
知多の業務のストレスからだったのかもしれないな、
と弟と話した。
健康な人間でも一日5000個ぐらい癌細胞はつくられている。
「遺伝子のコピーのエラー」だ。
細胞分裂の母数は果てしなく、
一日のコピー回数は数千億回にもなる。
多少なりとも数学に強い人なら直観できると思うが、
一日5000個ですら「誤差の範囲」だ。
「エラー率」は0.000……1とかそんな感じになる。
この5000個の癌細胞を、
NK細胞という免疫細胞が正常に貪食してくれるから、
僕たちは癌を発症しないのだ。
ストレスはこのNK細胞を減らす。
なので癌の「隠れた原因」第一位はストレスや睡眠不足だといわれる。
さて、父だ。
父がそんな過酷な仕事をしているとは最近まで知らなかったのだけど、
そういえばその頃、「閉塞感」という言葉をよく聞いたことを思い出した。
父が読んでいる本のタイトルとか、
父が切り抜いている新聞の記事とかからそれは分かった。
父の口から聞いたことがあるかどうかは不明だが、
とにかく90年代後半の父を脳内で思い出すと、
その父からは「閉塞感」というマンガの吹き出しがでている。
それほど僕にとって、
90年代後半の日本は「閉塞感」という言葉とセットになっている。
それが当時の「社会」で、
まだ「社会」にでていない大学生の僕は、
「自分がこれから働く社会というのは、
ひと言で言えば閉塞感の社会なのだな」
という、絶望というか諦めというか恐怖というか、
そんなものがないまぜになった感情を抱いていたのを思い出す。
あまり、目を輝かせて就職活動をしている同級生はおらず、
「まぁ、なんとかなるはずだよね。
お互い頑張ろうや。
せいぜい死ぬなよ」
見たいな雰囲気が立ちこめていた。
僕は父が死ななければ北海道で大動物の診療をするつもりだったが、
愛知でひとり暮らしている母親の近くに行くために、
豊橋市の地方公務員を選んだ。
それが2002年、今から22年前のことだ。
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