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い 「イリノイ州」
僕はイリノイ州に2年間、住んだことがある。が、記憶はない。2歳から4歳にかけて、父親がイリノイ工科大学というところに会社のお金で社会人留学して学んだとき、家族で住んだ。聞くところによるとそれはエヴァンストンという町で、シカゴ郊外のベッドタウンなのだという。今、Googleマップで調べても、何が何だか分からない。懐かしがろうにも何を懐かしがって良いのか分からない。母ならば、「あ、この通り!知ってる!」とか「このKマートまだあったのね!」となるのだろうか。母はガラケーなので多分Googleマップを見ることはないが、今度僕のiPadで見せてみようかな。
記憶はないのだけど、僕が「記憶だと思っているもの」はある。それは、日本に帰国してから母から見せてもらった写真と、母が聞かせてくれたその写真にまつわるエピソードをもとに、僕が「これは僕の記憶」と錯覚した何かであって本当は記憶じゃないのだけど、やけに「記憶っぽさ」がある。じっさい写真に写ってるということはそこに自分はいて体験したわけだし、記憶があってもおかしくないのだから、本当の記憶のような気がしてくるのだけど、多分、「再構成パターン」だと思う。これに名前があったら良いのに。「ジェネリック記憶」? 「ファントム記憶」? 分からん。
とにかくそのファントム記憶によれば、僕はアメリカで「スパイダーマンの自転車」をいたく気に入っていて、ミセスタットマンという先生がいる幼稚園に通っていて、幼稚園に行くスクールバスではなぜか黒人のお姉さん方にすごく可愛がられたのだそうだ。黄色人種なのに白人のように肌が白かったのが原因ではないかと母が言っていた。そして隣の家の同年代の4姉妹といつも遊んでいて、パンケーキの朝食を隣人のお母さんが作ってくれると「I wanna Big One!(大きいのがいい!)」と、誰よりも自己主張していたそうだ。
……そいつは、誰だ?
本当に俺なのか?
ファントム記憶はそれでも、僕の過去としてリアルにそこに存在していて、母がまさか嘘をつく理由もないので、本当にそういう未就学児だったのだろう。アメリカにあのまま住んでいたら僕はどんな46歳になっていたのだろう。「ファントム陣内」はニューヨークで身体を銀色に塗る大道芸でお金を稼いでいるかもしれないし、ウォルマートで働きながらトレーラーで生活しているかもしれないし、シカゴの市長になっているかもしれない。
……でも、そいつは、もっと誰だ?
やはり僕は僕でしかない。
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