AI時代の営業に伝えたい「人間の非合理性」の話
現代において、論理的に物事を考えたり整理する難易度は大きく下がってきています。生成AIを使えば「AとBを整理して箇条書きにして」とプロンプトを投げて10数秒で理解しやすい形でアウトプットしてくれる。とにかく便利この上ないわけです。使わない手はない。みんな使ったほうがいい。
営業活動においても同様です。ロールプレイングの前提や設定をプロンプトに入れたらAIがロープレ相手になってくれるとか、お客さんへのメールをAIが書いてくれたりとか、コンテンツやセミナー企画案をAIが提示してくれたりとか。SNSを見ると毎日のように生成AI活用ケースや活用方法が流れてくるので使っている人は増えているのではないでしょうか。
この言わば「合理的な情報」、というのはつまり「説明可能な情報」とも言えるため、とても使い勝手が良いものです。論理的ですし。言語化されていますし。つまり表記されている文字や言葉を見聞きしてもらえれば「理解」してもらえるわけで。
でも、僕らはそういった「理解できるような合理的な情報」さえあれば物事の判断ができるんでしょうか。わかりやすい情報があれば、リスクがあっても正しい選択ができるのでしょうか。
僕ら人間が、合理的な情報だけでは判断できるものではないとすると、どうしたらいいのでしょう?
本noteはこの問いについて色々考えてみたものになります。営業ど真ん中ではないですが、仕事に役立つ思考のきっかけになれば嬉しいです。
世の中には非合理なことが溢れている
まず、人は必ずしも合理的な判断をする生き物ではない、という前提に立つことからスタートです。
このあたりについては学問の世界では心理学や行動経済学において明らかになっていますので興味のある人は先行研究を調べてみると良いと思います。
また、ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』というよく知られた書籍以外にも、経営学や行動経済学、心理学にて非常に多くの研究者や識者が研究をしているので、本noteではこの結論ありきでスタートします。
ちょっと待て、置いていくな!という方のために「人が必ずしも合理的な判断をしない生き物である」ということをわかってもらう例を幾つか置いておいきます。
「この人が好き」という気持ちでパートナーを選ぶ
推し活だからと同じCDを100枚買う
思い入れが、と言いながら燃費の悪い車やバイクに乗る
カラダに悪いと思いつつジャンクフードを食べる
MVNOがあるにも関わらず毎月1万円以上の携帯代を払っている
「この音がたまらん」とクラシックスポーツカーを所有している
「エモいよね」とスマホカメラではなくフィルムカメラを購入する
これらはどれも珍しいことではありませんよね。ごく普通に多くの人たちがしていることだと思います。僕らが物事を決める時は非合理な判断が多分に含まれている、ということです。
次は、ビジネスの場、特に僕が専門としているB2B営業の領域においてはどうなのかを考えていきたいと思います。
「非合理な判断」はビジネスの世界にも溢れている
非合理な判断は、ビジネスの世界にも当然溢れているわけです。
しかし、B2Bのビジネスにおいて、特に営利企業の原理原則の存在意義は「納税」ですから、好き勝手に利益度外視の投資や購買活動をしていいというものではなく、利益を創出することを追求しないといけません。
つまり法人の購買活動においては原則として経済合理性が求められるということになります。経済合理性というのは合理性の一種ですから、基本的には合理的な購買活動が必要になるという話は無理なく納得できると思います。
しかし、「法人」というのは概念であり、購買の実態は「人」が担います。僕が営業アドバイザーの仕事でクライアントによく申し上げるのは以下のスライドの内容です。
購買活動の関係者が「人」であるということは、必ずしも合理的な判断をする生き物ではない、という前提にたつ必要があるということです。
しかし、どうでしょう?
皆さんの営業活動は合理性で隅々まで埋め尽くされていませんか?そして皆さんの思考としても「ROIが大事!」とか「論理的に!ロジカルシンキング!」とか「論点整理して目的と手段を履き違えないように!」とかに大きく偏っていませんか?
言い方を変えます。
論理武装して、説得して、断れない理由を考えることが営業活動において最も重要なコミュニケーションである、と思っていたりしませんか?
論理的で合理的なコミュニケーションが無駄で無用なものであると言うつもりはないので誤解しないでください。大事なのは「合理と非合理のグラデーションを考えること」だよ、ということです。
さて、合理と非合理のグラデーションにどう僕らは向き合うと良いのか、特に営業活動において何を考えて気をつけて行動すればいいのか。この点について考察してみたいと思います。
相手の「非合理な判断」との向き合い方
営業という仕事において、買い手に対して非合理な判断を促すために、どう考えて向き合って進めていけば良いのか。
僕の経験や意見を踏まえて大きく2点について述べていきたいと思います。
1. 減点を避ける
1つ目は減点を避けることです。どういうことか説明します。
買い手の判断には、主観が大きく影響することが多々あります。例えば、「この会社やこの営業を応援したいから、まだ実績が少なくてリスクが大きい可能性があっても発注を決める」といったスタートアップ企業がイノベーター層に向けて行う営業シーンです。
もちろん「明らかに買い手にとって不利益になる・便益がない・リスクが大きすぎる」というポイントがないということを合理的に説明する必要はあります。
が、とは言え
- 今このタイミングで
- この売り手企業から
- この投資・購買をしてまで
- この領域を改善する必要があるのか
ということを「全て合理的な説明のみ」で行うことができないケースも出てくるでしょう。逆に言うと、買い手においてこれらを合理的に説明ができるのであれば、もはやその商取引の活動に人間が介在しなくても良いわけです。
営業が介在する1つの目的は「主に感情という、とても非合理な判断を行う領域において買い手の判断や決断を支え、助けるため」と考えています。
そう考えると、まず営業が意識すべきは相手からの信用です。
信用はCreditであり、客観的な事実が積み重なって構築されるもの、と定義されています。クレジットカードが良い例ですよね。
毎月利用した金額が口座から引き落とされる「過去の客観的な事実」が積み重なることで「この人は大丈夫な人だ」という信用が得られます。
そして「この先もきっと大丈夫だろう」という主観的かつ個人的な期待へと繋がっていきます。これが「信頼」です。このあたりの定義や解釈はネット上にたくさん載っているので興味があれば調べてみてください。
すなわち信頼を得るためには、その前に信用を得る必要があり、そのためには客観的に「大丈夫な人」と捉えてもらうだけの事実の積み重ねが必要になる、と言うことです。
そして「この人大丈夫だね」と思ってもらうための手段の1つとして「減点をしないこと」がとても有効ですよ、という話です。
減点をしないとはどういうことか。
具体的には以下のことが考えられます。
このあたりについて、詳しくは過去noteで詳しくお伝えします。
2. 相手に興味を持つ
2つ目は、相手(顧客)に興味を持つことです。
価値観や人生観、思想や感性は人それぞれです。100人いたら100通りあると言ってもいい。よって、どういったときに非合理な判断が優位になるのか、どいういうときに合理性を強めるのか、人によって異なります。
なので、ここで言う「興味を持つ」というのは「売るために色々興味をもってヒアリングをする」という類ものではない、ということです。
大学院で営業研究を行った際、継続的にトップの実績を残している営業職の方々に非構造化インタビューを行なって分析をして体系的に整理をしたのですが、その1つに「売るためのヒアリングや自社プロダクトのアピールは、お客さんと関係が築いた後に幾らでもできますから、初期のフェーズではやらないですよ笑」という発言がありました。
何をおかしなことを言っているんだ?最初からそんな売り込みモードのコミュニケーションなんてするわけないだろう、とも言わんばかりの「笑」でした。ちなみにこの意図の発言はひとりふたりじゃないです。トップを走ってる営業は共通してこの考え方をもっていることが明らかになりました。
ひとつ実体験をお話すると、僕が担当していた大手企業の経営者と食事をしていた際、アートに関する話題が出ることがありました。この方のプライベートや価値観に触れる良い機会だと思い、ビジネスの話そっちのけでどんどん興味をもってアートの質問をしたところ、楽しそうに話をしてくれただけではなく、ビジネスにつながる考え方や重心の置き方、人生の豊かさという大きなテーマについて思考を共にすることができました。
お相手の大事にしている考え方や価値観を知っておくと、ビジネスの話をするときにそれらを加味して半ば非合理な側面における判断の後押しをすることができるようになります。
例えば上記の例で言うと、アートが好きなこの方は「文化は保護され後世に引き継がれていくべき」という価値観を持っていました。この価値観はビジネスにおいては「会社に浸透している大事なバリューや指針、文化は人から人に引き継がれていくべき」という思想とも連関します。その思想を阻害する要因を排除することがプロダクトとしてできるのであれば、価値ストーリーに加えられる、という考え方です。
合理性だけではなく、この方の想いを捉え、非合理かもしれないが大事にしている価値観を無視しない提案ができるようになると、より商売は盤石なものになるという経験でした。「共感するよ」という言葉が非合理な判断を促されたというわかりやすい言質だと思います。
こうしたビジネスに直接関係のない話題を会話する際、特に若手は「おしえてください!」と言える特権を持っているわけですから、年長者の方々と接するときにはその特権を大いに活用していきましょう。
例えば「僕くらいの年齢のときはどんなことしていたんですか?」なんてよく聞いていました。
まずは顧客と丁寧に向き合ってください。ビジネスの話はいったん脇に置いてOKです。このあたりの考え方は以下のnoteも参考にしてください。
おわりに
ビジネスで合理性のみを追求するなら、論理的な情報整理はインターネット上の情報を生成AIで整理してもらえればOKなわけです。
コストと対象事業領域をインプットして「どの程度のビジネスインパクトが出る?」「投資に対して何年でペイできる?」と質問すれば解決できてしまいます。
でも所詮現代におけるテクノロジーの活用は、使う人間の能力に依存するのも事実。距離感のある領域の問題解決について、買い手は土地勘がないため「どう検索していいのかわからない」「プロンプトがかけない」という状態になってしまうことも想像できるわけです。
そういうときに営業とコミュニケーションをとることで「そういう考え方もあるのか」「それは気づいていなかったポイントだ」といった気づきを得てもらえればググりかたがわかるようになるし、生成AIに聞くこともできるようになるわけです。つまり合理的な情報やデータを手に入れることができるようになります。
でも合理的に説明できるということは、合理的にやらなくてもいい理由も説明できてしまう、ということでもあります。
この堂々巡りになってしまう状態を乗り越える1つとして「非合理な判断」があると捉えていただければと。周りから強い反対を受けない程度の最低限の合理性は担保しつつ、変化に向けてそれを推進していくだけの目的意識や意義は、多分に感情や思い、価値観といった非合理性の中にある、と考えてほしいのです。
そう考えると、非合理性とは、AI時代の営業が真に目を向けるべき領域だと言えるのではないかとも思えてきます。B2Bのビジネスとはいえ、相手は人です。わかりやすい経済合理性に目が行きがちですが、現代のように合理的な時代だからこそ、非合理な人間同士の商売に目を向けてみてはどうでしょうか。
みなさんのお仕事が、またひとつ良い方向に進むことに繋がれば幸いです。
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