SaaSスタートアップの営業が陥りがちな3つの穴
週刊誌のコピーのようなタイトルを付けてしまいましたが、おそらく多くの営業職の方々にとって当てはまることだと思いますので、この内容が少しでも日々の仕事に役立てば幸いです。
とは言え、本内容は私向井の経験や考えから述べていることに過ぎません。広くリサーチをして整理したものではないので、その点前提事項として読んでいただけると嬉しいです。
その私は昨年8月からB2Bセールスのアドバイザーとして仕事を始め、様々な企業の方々にアドバイスをさせていただいています。経営者から事業責任者、営業マネージャーや営業担当の方々、皆さん一生懸命仕事に打ち込んで様々なゴール達成に向けて試行錯誤しながら頑張っておりますので、より事業が成長していくために登山家に寄り添うシェルパのような存在でサポートさせていただいています。
加えて #旬トレ というセールストレーニングを2年弱、毎月2件コンスタントに実施しており、現時点でのべ58社、約600名の方々に受講いただいています。このセールストレーニングについてはTwitterで #旬トレ で検索してもらえるとどんな内容なのかわかりますので、受講希望の方は個別にご連絡ください。ちなみに無料です。
ということで、私自身20年ほどサラリーマンとしてB2B営業の領域で仕事をし、現在は上記の通り独立してアドバイザーとして仕事をしながらボランティア活動としてセールストレーニングをすることでB2Bセールス界隈の実務者の方々と数多く接していますので、今からお伝えすることはそれなりに広く当てはまるものではないかな?と思っています。
これらの活動を通して様々な企業の方々から多くのご相談をいただくのですが、皆さん同じようなところで悩んでおられるなぁという印象です。しかも、とても基本的なところで穴に落ちている感じがします。
本noteはタイトルこそ「SaaSの営業」と書いてありますが、SaaS以外のB2B営業にも通用する内容です。#SaaSLovers というバトンブログの中で書いているのでこのタイトルになっている、というオトナの事情を汲んで下さい。
ということで本題です。
3つの穴についてご紹介していきますので、どれか1つでも当てはまる人は是非これを読んだ後から自身をアップデートしてみてください。
1:会社やプロダクトへの想いが強すぎて常に主語が売り手になっている
ひとつ目はコレ。特にスタートアップの営業職に多い印象です。まず前提として、会社やプロダクトへの愛情や想いが強いのはとても素敵なことですし、逆にその想いが無いとよもやスタートアップに転職しようとは思わないでしょうから、言ってしまうと全ての人は相当の想いを持って入社して仕事に従事していると思います。
会社やプロダクトへの想いが強いこと自体は全く問題ないどころか、とても良いことだと思っています。問題はそこではなく「想いが強すぎるが故、商談時にお客さんとのコミュニケーションにおいて常に自社を主語にする」というところです。
ここ数年、スタートアップの業界が活発です。スマホが普及していく最中ではtoCのスタートアップがどんどん生まれてきましたが、この動きに比するようにtoBのスタートアップもあちこちで立ち上がりました。一言でB2B SaaSと言ってもビジネスモデルは様々ですが、彼らの事業は基本的に「従来の不便で非効率で非合理な業務をアップデートする」ことです。創業者の多くはご自身の経験として実際にその不便さや非合理さの当事者として仕事をしてきており、その言わば社会的かつ経済的な課題をテクノロジーで解決したい、という想いをもって創業しています。
そしてその創業者の想いが企業から発せられるメッセージとなり、特にアーリーステージの企業についてはそのメッセージに共感する人たち、共にその課題を解決したいという人たちが集まって組織が作られているので、皆同じ方向を向いて同じ熱量でビジネスに向き合っている、傍目ではとても良い形に見えます。
ところが、です。あまりに想いが強いために商談において売り手が主語になりまくる傾向が多く見受けられます。例えば以下のようなトークのオンパレードです。
『弊社の代表****は前職で****の仕事をしていました。その中であまりにも環境が悪く、この職務に従事している人たちがもっと生き生きと働いて欲しいという想いから****を創業しました』
『弊社の共同創業者は過去の企業であまりにも過酷な労働環境で病気になり、復職が叶わずに非正規雇用になりました。その結果*****となり、同じような人が1人でも減って欲しいという思いから****を創業しました』
『弊社は****業界の****という根深い問題により、多くの働く人たちの生産性やコスト効率が下げ止まっている状態を打開すべく、今までのアナログのプロセスをデジタルの力で解決することができます』
一見、特に問題ないじゃん、何がいけないの?大事でしょこういうの!って思う人多いのではないかと思います。しかし、今論点としているのは「営業」が「商談ないしは商談に向けたミーティング」という場が前提です。
上記のような内容は、「スタートアップの創業者」が「限られた時間内でプレゼンをするコンペティションイベント」という場であれば全然OKなのです。起業家が、投資家やメディアに向けて市場生、成長性、独自性をアピールする目的であれば、自身の歩んできた体験や経験から創業に至った話、ネガティブな状態まで落ちてしまったことで気付いたビジネスチャンスの話、見過ごされていたホワイトスペースをビジネスとして捉えた話はとても有効でしょうし、実際そういう内容で彼ら・彼女らはプレゼンをしています。
でも、創業者ではない営業が、「対価を支払って導入するかどうか検討する買い手」に対して商談という場で伝える内容としては、適切とは言えません。ものすごくシンプルに端的にその理由を言うと「そんなの関係ねぇ」だからです。
営業に限らず、アーリーフェーズのスタートアップに入社する人は、入社を見当する際に少なからず上記の「ストーリー」に共感します。そしてそのストーリーを経て作られたプロダクトにも同様に強い想いが込められていることを当然理解します。よって会社とプロダクトを紹介する際、どうしても「弊社は**を**します」とか「弊社は**の課題を**します」という話し方になります。
これは例えると、
- 僕はイケメンだから一緒にいると鼻が高いです!
- 私は料理上手だからあなたの疲れを食事で癒します!
- 僕は脚が速いから引ったくりにあっても安心です!
- 私は体が柔らかいから排水溝に物を落としても絶対に取れます!
と言って異性にアプローチしているのと同じです。いやいや、私べつにイケメンとかより優しくて誠実な人がいいし、とか俺料理上手とか求めてなくて、ただ一緒にいるだけで落ち着く人がいいんだよ、とか思うでしょ?
つまり、主語を自分にしているアプローチは「自分の思想と価値観が正しい」という独りよがり前提に無意識のうちに立っているという危険な勘違いだということに気づく必要があります。
ただ、断っておきますが、創業者は上記の「エモいストーリー」は自分自身の体験や経験なので、営業活動においてこれらストーリーを商談の場で出すことは何ら不自然ではありません。むしろ創業者が営業活動をしているフェーズというのはPMF前の段階が多いでしょうから、いわばビジョンに共鳴してくれる買い手に採用してもらうという活動をせざるを得ないため、必然的に「想いに乗ってくれるお客さん・ビジョンに共感してくれるお客さん」を獲得しにいく必要が出てきます。
社員として入社した営業が創業社長の営業に同行し、横で「エモセールス」を見て、なるほどこのトークを真似よう、と一生懸命コピって自分でも同じ内容のストーリーを話せるようにしていく、というOJTがスタートアップ界隈で起きまくっているんじゃないか?と思うほど、この傾向が強いと感じています。
2:特定業務領域の課題解決型の営業活動になる
次は2つ目ですが、タイトル見てもよくわからない人多いのではないのでしょうか。特定業務領域の課題を解決する営業活動の何が悪いの?どこが落とし穴なの?と。
これをわかってもらうために、正しく知っておいて欲しい言葉があります。それは「営業」という言葉です。細かいところまで触れると横道にそれたまま戻って来れなくなるので簡単に言いますが、営業という言葉の意味を日本語として正しくお伝えすると、以下です。
利益を得る目的で、継続的に事業を営むこと。(デジタル大辞泉)
辞書によって言い回しや表現は多少の違いはありますが、概ね営業という言葉の意味はこれ。従って営業活動というのは、利益を得る目的で、継続的に事業を営む活動だと言えますよね。
何が言いたいかというと、広義での営業活動というのは営業職の人だけがやるものではなく、その企業に属しているあらゆる部門の職種の人たちがやるものだということです。
つまり、広義の営業活動は「営業職が行う営業活動」もあれば「人事部が行う営業活動」もあるし、「財務経理部が行う営業活動」もあるということです。異なる部門であれど「利益を得るために継続的に事業活動をしている」のであれば、それは立派な営業活動なのです。
特に、特定領域の業務における効率化や生産性向上を謳ったSaaSプロダクトの場合、「主語が売り手」であることに加えて「***の業務で***が起きていませんか?その課題には弊社の***が解決します!」という課題解決型のやり方を当てにいく事が本当に多いと思います。それなりに色々なSaaSスタートアップ企業の営業職の方々相手にロープレ等をさせてもらいましたが、例外なく全員が上記のやり方です。そして抱えている悩みは「初回面談から商談に進まない」とか「課題を正確に把握できずに提案が刺さらない」とか「検討します、と言われるけど採用に至るケースが少ない」とか。
営業職である皆さんは、営業活動をしているという意識がありますよね。しかし買い手であるお客さんも営業活動をしている人たちなんだ、という意識は持っていますか?
どんな部門であろうと本質的には「継続的に利益を出す」ためにお客さんは仕事をしているわけで、でもその「継続的に」の定義は部門によって異なるでしょうし、「利益」の定量ゴールは部門ないしは役職によって異なります。お客さんが何のために仕事をしているのか、というビジネスゴールを把握せずに自分たちを主語にした話ばかりして売れるなんて、世の中そんな甘くないわ、って思いませんか?
業務の生産性を上げる、とかコスト効率を上げるとか、業務フローをデジタル化するとか、それは全部手段です。何のための手段なのか正確に把握せずに手段のアピールをしているのは上述した「自分はイケてると勘違いしている男/女」であることと同じです。今一度、自分の活動内容を精査してみることをお勧めします。
3:The Model組織の『形』から入っている
さて3つ目の穴は、マネジメント層の方々(含む経営者)向けです。今だによく耳にしますし相談もお受けするのですが、例えばインサイドセールスを立ち上げたいとかカスタマーサクセスのチームを作りたいとか。
まず言っておくと、進化するために変化を厭わないその姿勢は素敵です。未来に向けた危機感があるからこそ、変化の必要性を感じているわけですからね。そこはマネジメント層の方々の意識としてはとても良いと思います。
本noteではセールス・マーケティング組織について細かく述べませんが、例えばインサイドセールスについて「最近のB2B SaaSの営業組織はインサイドとフィールドに分けるやり方なんだってさ」というレベルで立ち上げを検討してしまうと、落とし穴に落ちます。具体的にどういう弊害が出てくるかというと、
- インサイドセールスを置いたけど、実際やってることはアポ取りのみ
- フィールドもコロナでオンラインになり、インサイドと何が違う?となる
- リードが潤沢に無くインバウンドも少なく、インサイドが暇でクサる
- やりがいがないとかキャリアパスが見えないと言われ辞めていく
- フィールドが「てかインサイドいらなくね?」と思い独走し始める
などなど。昨今私がよく受ける相談はインサイドセールスのキャリアパスについてです。業務範囲が限られているので今後インサイドセールスを続けることに不安がある、といったものです。
これは組織の『形』を作りにいった弊害だと思います。
某SalesForce社のように成熟した企業であれば、今まで散々試行錯誤してきながらもビジネス状況や外部環境に合わせて都度「最適な組織の形」を作り、不足している箇所に人を当てがっていく事で機能させるだけのプロセスやイネーブルメントの仕組みが整備されているので機能するのでしょうが、多くのSaaSスタートアップはそれを真似すると危険だと思います。
そもそも、私からすると、社外の人間に対し、「インサイドセールスをやり続けることにキャリア上不安がある」という相談をするメンバーがいるというのは「マネジメントは何をやってるんだ?」となります。形にこだわりすぎたことで、「インサイドセールスの業務は商談を創出すること・アポをとること」と狭めた責任を負わせているのではないかな、と思っています。
スタートアップはプロダクトの成熟度、クライアントからのフィードバック、外部環境、資金状況、などなどでいかようにでも変化します。変化していく前提にもかかわらず社内の組織は固定化した責任を担わせるというのは、控えめに見ても違和感があります。
加えて、上述した通り営業も当然例外なく「営業活動」をする役割です。営業活動というのは「継続的に利益を得るために事業を営む活動」というのは上記の通りです。(SaaSの)営業が行う営業活動は「見込み顧客を発掘し、関心度を高めて熱量を上げ、ミーティングを経て商談をし、提案をして契約を締結する。そして入金の確認を行い、継続的に対価を支払ってもらうための諸活動をする」を指します。
The Modelを中途半端に適用しようとすると上記の流れをマーケ、インサイド、フィールド、カスタマーサクセスに分ければいいんだよね、という安易な発想になってしまいますが、それだと「本来の職種としての責任を担わせられない」というおかしなことになります。
つまり、本質的にはインサイドだろうがフィールドだろうが営業職である以上は「継続的に利益を得るための活動」つまり「受注」と「入金」を責任範囲とすべきであるはずが、「商談数とアポ数を増やすことが責任」のインサイドセールスが出来上がるわけです。その限定的な役割を期待されてしまったインサイドセールスが不安に感じるのは仕方ありません。
まずは皆さんの会社において、営業職が行う営業活動は具体的に何をさすのかを明確にしましょう。そしてそれを共通認識のものとしてください。それをせずに組織の形に人を当てはめるのは成熟してからにしましょう。成熟とは「平均的なビジネスパーソンでもある一定のパフォーマンスが出せるプロセスとツールが整っている状態」とでも言いましょうか。強いプロダクトと潤沢なマーケ予算、きちんと運用がルール化されたSales OpsとEnablementがいることで人材のボリュームゾーン(中間層)を採用しても成長が維持できる状態です。
その状態の前段階であるスタートアップ企業の皆さんは、組織を形で区切って限定的な業務範囲を責任と定義せずに、フィールドだろうがインサイドだろうが、営業職である以上は「広義の営業活動の責任」を与えてみてください。そして彼らがあらゆる業務を自分ごと化して動けるように、分け隔てなく情報を流通させるという透明性は特に気をつけてみましょう。
つまり、役割と責任を明確に分けて定義することです。
企業規模が小さいうちは特に、1人1人は決して歯車などではなく、欠けたら揺らぐ「柱」ですからね。
終わりに
個人的に、特にIT業界、その中でもSaaS業界における営業職というのは営業という技能を有する専門職になりつつあるな、と感じています。厚生労働省編職業分類の該当する職業を見ると、SaaS 営業職は「他に分類されない営業の職業」に該当することになります。もはや他に分類されない職業となっている、言わば新しい職業だとも言えます。
とは言え、売り物と売り先が変わっても売り方は大きく変わることはありません。充足していないところを買い手に自覚させ、購買動機を起こして商談をスタートし、要件を整理して提案して契約をする。しかも買い手は今だに100%ヒトです。
B2Bセールス、という領域の営業活動の本質的なところは変わっていませんが、2000年のITバブル時代と比べると明らかに営業の難易度が上がっています。この辺りはまた機会がありましたらnoteに書いてみます。
Society4.0から5.0に遷移していこうとしている最中、社会や産業がどういう方向に進んでいくのかまだわかりません。大きな変化や変革が世の中に起きる時にはおそらく営業活動の手法や手段は変わらざるを得ないでしょう。
しかし、本質は普遍です。皆さんは是非、安易なテクニックやスキル向上に努めるだけではなく、この特殊な職業に従事している事を誇りに思いながら、「営業活動にヒトが介在する意味」を大事にしながら楽しく仕事をしてもらえると嬉しいです。