トロント、みっつめの仕事。そして帰国後。【後編】
工房では額縁をつくり、地下ではボスの話を聞く。私はなんとか額縁づくりに長く時間を割けるよう、話を切りあげるスキルを磨いていきました(何やってんだか)。
働き始めて数日が経った頃、若い夫婦がリトグラフ作品を持ってお店にやってきました。接客英語を学ぶべく先輩の隣で対応を見せてもらうことにしました。その後お客さんがお店を跡にしてすぐ、先輩からそのまま「これ、やってみる?」と仕事をいただきました。ガラスの切り方や作品を囲むマットの切り方、額装の仕方を教えてもらいながら、額縁を完成させ、初めて表から作品を見た時、思わず「おお~」と声が漏れてしまったことを覚えています。作品は、そのままでも素敵なものでした。でも確かに、額縁に入ると見違える。「完成」を感じました。どこに飾られるかも知らないのに、お2人が暮らす美しいリビングに飾られる姿がはっきりイメージでき、特別な気持ちになりました。
その後も次から次へと額縁作りに携わりました。贈り物にするお客様も多く、クリスマスは一年で一番の繁忙期。それが終わればいよいよ3月の帰国も見えてきました。そうして思ったのは、『私がカナダを去っても、私が手がけた額縁が、この町のどこかに残る』ということ。そんなやりがいと、かっこいい人々と、エキセントリックなボスの元、半年間はあっという間に過ぎていきました。
日本に帰ってもなお、初めて出会った時にボスが「この仕事は世界で一番」と言ってたことが、どうしてか頭から離れませんでした。実家で額縁屋を検索してみると、日本にも額縁屋が一定数ある。渡加前は知らなかったことです。帰国してまだ10日、トロントでの記憶が鮮明な頃に、家から一番近い額縁専門店を訪ねてみました。作品も履歴書も持たず、それとなく立ち寄って話をしてみると、あれよあれよと店主と社長が出てきて、そこで働くことになりました。そのまま7ヶ月間、今度は東京の額縁屋に身を置くことになります。
トロントの額縁屋で謎だったいろんなことが、東京の額縁屋でスッキリ解決されていきました。あ、このマテリアルはそう使うのねとか、ここは違うじゃんとか、額縁屋の独特な雰囲気の謎、とか。それについてはまた、記事を書くかもしれません。雑学的で取るに足らないテーマかと思いますが。
さて今私は、カナダと日本を跡に、オーストラリアに滞在しております。現地でまた額縁に携われたら面白いけど、まあそうかたくなになりすぎず、心が動くような仕事ができたらいいなと考えています。
(おわり)