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「出来ないこと」にワクワクできるか|サンプルワークショップ2020「出す。」開催レポート#8

岡山県で、老いと演劇をテーマにした劇団Oibokkeshiを率いる菅原さん。劇団名は「老い」「ボケ」「死」から来ており、看板俳優は94歳の岡田忠雄さん(通称おかじい)。老いの豊かな世界を、演劇を通じて発信しています。

今回は菅原さんに「介護士はときに俳優になってもいい」というコンセプトでワークショップを実施していただきました。介護職員向けのプログラムと同じ内容とのことでしたが、日常生活の無自覚なプレッシャーを解放する革命的な体験でした!

<書き手:松井周の標本室運営>

菅原直樹(C)草加和輝

<ワークショップタイトル>
老いと演劇のワークショップ

<講師プロフィール>
菅原直樹(すがわらなおき)さん  俳優・介護福祉士/「老いと演劇」OiBokkeShi主宰

1983年栃木県生まれ。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。青年団に俳優として所属。小劇場を中心に、前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大の作品などに出演する。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。超高齢社会の課題を「演劇」というユニークな切り口でアプローチするその活動は、演劇、介護のジャンルを越え、近年多方面から注目を集める。平成30年(第69回)度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞(芸術振興部門)を受賞。
写真: ©草加和輝

出来ない方が、盛り上がる

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「演劇ワークショップは、日常生活のコミュニケーションに意識的になることができるツールです。私達の身体は普段かなり無意識に動いている。認知症の人との関わり方に演劇体験を通じて意識的になってもらえたらと思います!」とご挨拶された菅原さん。

まずは、アイスブレイクもかねて身体を使ったゲームやワークを行っていきます。

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ワークショップの最初にゲームを入れる意図を、こうお話していました。

「僕らの社会は、『出来ないこと』に対してかなり深刻で、日々プレッシャーを感じている人も多いでしょう。
でも遊びって、出来ない人がちらほらいるから盛り上がる。遊びにおいては出来ないことが良いこと。すごく面白いですよね。
身体を使ってコミュニケーションを取る喜びを、大人ももっと感じられたらと思っています。」

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Oibokkeshiの看板俳優は、岡田忠雄さん(通称おかじい)。
6年前はまさか今も一緒に旅公演をしているとは思わなかったそうです。

中核症状に演劇で寄り添う

認知症と診断された方に、必ず発生する症状が「中核症状」。記憶障害や、見当識障害や、判断力低下などを指します。見当識障害とは、「いまがいつなのか」「ここがどこなのか」「目の前の人はだれなのか」がわからなくなる症状のことです。

中核症状が出ている人との対峙について、ワークショップを通じて考えていきました。


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その人の話を正そうとするときと、受け入れた時で、
その人の気持ちにどのような変化があるか探るワーク

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集団で話している時に、1人だけ全然違う話を差し込んでみたらどうなるか?を体感するワーク

中核症状は、認知症を発症した人に必ず起きる症状です。一方で、中核症状によって引き起こされる二次的な症状を「行動・心理症状(BPSD)」と言います。認知症だからと言って、必ず生じるとは限らない症状です。

なお、中核症状は、現代の医療で根本的に治療することが難しいと言われています。

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菅原さんは、演じる事で中核症状に寄り添う事ができるとおっしゃいます。
中核症状によっておかしな言動が出てしまうことは仕方のないこと。
中核症状が出ている人に対して、周りの人が否定したり、不適切な対応をすると、感情が傷ついてしまう。そして、外に出てしまったり、ムキになってしまうかもしれない。
それを私たちはBPSDが出て、『徘徊が始まった』『暴力を振るうようになった』と思ってしまうわけです。

大事なのは私たちの関わり方ではないでしょうか。中核症状が出た人への私たちのアプローチによって、BPSDの発症を緩和することができるかもしれません。認知症の人と関わる時には、その人の自尊心を尊重し、時には演じることによって良好な関係を築くことができるはずです。」

人生のアンケート

頭も身体もほぐれてきたところで、グループで演劇を作るワークへ移ります。まず、演劇の材料として、「人生のアンケート」に回答しました。

<人生のアンケート>
①これまでの人生であなたが一番自分らしかった時、楽しかった時はいつですか?
②その当時、あなたはよく何をしていましたか?
③その当時、あなたのそばにいた親しい人は誰でしたか?あなたが呼んでいた呼び名で応えて下さい。
④その当時、その人との一番思い出に残っているエピソードを、1つだけ具体的に教えて下さい。
⑤できれば人生の最後まであなたが続けたい仕事・趣味は何ですか?

皆さんなら、何と答えますか?

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休憩時間をたっぷりとって、じっくり自分と向き合います。

■演劇を作る
「人生のアンケート」に答えたら、グループに分かれて演劇を作ります。
シナリオは、認知症のお年寄りと介護士と、面会に来た方のやりとりです。

介護士:●●さん、食事の時間ですよ。ご飯に行きましょう。
お年寄り:行きません。私はこれから【③】に会うんです。
介護士:【③】さん?【③】さんに会う前に、ご飯を召し上がりませんか?
お年寄り:嫌です。【③】に会うんです。【③】が来たら教えて下さい。
介護士:…分かりました。

面会者:こんにちは~
お年寄り:ああ、【③】!
介護士:え、【③】さんですか?
面会者:いえ、違います。私はこの人の●●●です。
介護士:そうですか…

といった具合に、認知症患者とその周囲の人たちの風景を切り取ったベースのシナリオが用意されています。シナリオの空欄部分は、先ほど回答した「人生のアンケート」をもとに考えます。

グループに分かれて、各々の人生のアンケートをシェアしながら、誰がどの役をやるか、どのようなシナリオにするかを決めていきました。

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人生のアンケートをシェアしながら、シナリオを固めていきます。

■発表

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前のワークで作ったシナリオ通りに演じていきます。

皆の発表を見ながら感じるのは、自分の日常はいかに「できることが増えていく前提」であるか
この演劇では、他人を正しく認知したり、今どこにいるかを正しく判断することができない自分が演じられます。「できなくなること」をシミュレーションしているのです。そんなことを行ったり、求められたことは今まで一度もありませんでした。

良い思い出にせよ悪い思い出にせよ、傍からみたら大したこと無いのだけれど、個人的には強烈で、ずっとずっと心に引っかかっているエピソードって、誰しも持っていますよね。

発表の中では、それぞれが認知症になって、過去の強烈な一瞬をついさっきの出来事のように話します。周りの人はそれに寄り添います。

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本当に、その人の人生の1シーンを見ているような気持ちに。

発表を見ながら、老いた時のことは、どこか違う世界の話のように思っていたけれど、私はいつか、今できることができなくなって、それでも普通に感情があって、普通に生きていくんだと、言われてみれば当たり前のことに初めて気づかされました。

認知症でない自分と、いつか認知症になった自分は地続きである。それは、なにかをできること、それをするという選択肢と、なにかができないこと、それをしないという選択肢は同等に尊重されるべきものであるとも言えます。

これは介護の現場に関わらず、他者との関与の仕方においても言える事ではないでしょうか。他人が何かを諦めたり、しないという選択をした時に、「もったいない」「あなたには能力があるのに」と言ってしまったことはたくさんあります。それは思った以上に優しくない態度だったのではないか…。

ほんのり後ろめたさを感じる一方で、出来ないことが増えても、自分を肯定し続けて良いのだとも気づきました。無意識深くにあった「常に成長し、進化し続けなくては生きている価値がない」という縛りから放たれた気がします。

発表と、それを温かく見てくれる人がいて、皆で時間を共有したからこそ得られた感触かもしれません。

「出来なくなる」未来に、ワクワクできるか

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最後に、菅原さんの見ている老いの豊かな時間についてお話頂きました。

「私はこれからも、地域の人と生活に根差した活動を続けていけたらと思っています。介護の現場に身を置いていると、お年寄りの方は、出来ないことは増えるけど『今この瞬間を楽しむこと』はずっとできます。これは大きな希望だと感じるからです。

演劇は、時間と場所を共有して皆で楽しむこと。『楽しむこと』さえできれば、認知症になって色々忘れてしまった時にも、楽しいと感じた気持ちは残り続けるはずです。その時に、そばに寄り添ってくれる介護者がいたらよりハッピーですよね。

皆さんもどこかで認知症の方と接する時には、このワークショップを思い出して下さい。」

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菅原さん、ありがとうございました!!

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「松井周の標本室」とは

松井周が主催する、スタディ・グループです。
芸術やカルチャーに興味のある、10代~80代で構成されており、
第1期(2020年度)の活動期間は2020年4月~2021年3月の1年間です。
標本室メンバー自身も「標本」であり、また、
標本室の活動を通しあらたな「標本」を発見していきます。

「標本」を意識することで世の中を少し違って目線で見たり、
好きなことを興味関心の赴くままに自由に話しあえる場を作りたい。

そんな思いのもと、テーマに応じたトークイベントやワークショップを開催し、ゆくゆくは演劇作品のクリエイションを行っていく予定です。

お問合せ先:hyohonshitsu@gmail.com


サポートは僕自身の活動や、「松井 周の標本室」の運営にあてられます。ありがとうございます。