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舌と手は同じだった!?内臓から感覚をとことん「起こ」してみる|セノグラファー・杉山至「セノグラフィーからアフターコロナのパフォーミングアートの可能性を探る2022」WS開催レポート
本記事は、2022年9月23日〜25日に開催されたサンプル・ワークショプ2022「起こす」の開催レポートです。
(執筆:中山美里 編集:松井周の標本室)
はじめに
コロナによる影響を考えると、どんなことが思い浮かびますか?
私は経済的な面ばかり思い浮かびます。特に印象的だったのが飲食店の営業時間制限です。飲食店でバイトをしていて、制限によって働く時間が短くなり、その分収入が減ったのを覚えています。演劇界でも、感染者が出てしまった為に本番が行えず大赤字になってしまった話を耳にします。
また、ソーシャルディスタンスなど人と人の物理的な距離にも変化があり、コミュニケーションに影響がありました。なるべく物に触れないようにして飛沫感染を予防するなど人ではないモノとも距離を感じる瞬間があり、外部からの刺激が減ったように感じます。
ただ、コロナによるマイナスな影響は多々ありますが、私たちがこれからしなければならないことは、コロナの体験を通して様々なことを学び、考えていくことだと思います。
今回のワークショップは、「コロナから身体性を考える」体験です。全体テーマである「起こす」に沿って自らの感覚器官に目を向けられたとても有意義な時間でした。
記事を読んでいる方が少しでも、この体験を想像して楽しんでいただけたら幸いです。
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〈講師プロフィール〉
杉山至(すぎやまいたる)さん セノグラファー・舞台美術家
国際基督教大学卒。在学中より劇団青年団に参加。2001年度文化庁芸術家在外研修員としてイタリアにて研修。近年は青年団、地点、サンプル、てがみ座、デラシネラ 、岩渕 貞太、DanceTheatre LUDENS、テニスの王子様など。演劇/ダンス/ミュージカル/オペラ等幅広く舞台美術を手掛ける。2014年、第21回読売演劇大賞・最優秀スタッフ賞受賞。舞台美術研究工房・六尺堂ディレクター、NPO法人S.A.I.理事、二級建築士、2021年より芸術文化観光専門職大学(兵庫県・豊岡)准教授。
セノグラフィーとは何か
セノグラフィー(Scenography)とは
Scene:場、状況、現場
Graphic:図、視覚的表現、記述
上記の二つを合わせた言葉です。
日本語では「舞台美術」と訳されますが、言語を分解してみると「舞台」という言葉は入っていません。つまり、「シーン」があればセノグラフィーが存在するということです。
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杉山さんは、舞台の上だけではなく日常の中にセノグラフィーは潜んでいるという発想のもと、舞台美術の仕事だけではなく街に出て地域の人と関わりながら空間を造形されています。昨年のサンプル・ワークショップも、北千住の街に出て、面白い場所を見つけ、会場に戻って表現してみるというものでした(※開催レポート)。私は普段、演出と劇作を主として活動しているのですが、この発想と試みはとても重要であり面白いと感じました。
演劇作品は、どんなにファンタジーな作品であれ、社会と繋がっているのではないでしょうか。観客がリアルタイムに存在し、生身の人間を相手に生身の人間が演技し(大多数の演劇作品は)、舞台上に何事かを起こしていく演劇の特性故なのか、演劇の歴史的な背景からそうなっているのかはわかりませんが、そんな社会(他者)との関係の中で「シーン」が生まれ、舞台上に表現されると私は考えます。
つまり、杉山さんの発想は作品創造の原点と言えるのかもしれないと思い、面白味を感じたわけです。セノグラフィーは別の言い方をすれば「コミュニケーションデザイン」というそうで、ますます人と人の間にあるモノの表現なのだと思いました。
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今回は、そのシーンを自らの内側において考えます。マスク・ディスタンス・消毒が叫ばれ、外部刺激が減少し個が際立ったコロナ禍において、改めて感覚器官としての自分に注目してみようという試みです。
身体からセノグラフィーを考える。
一見、社会(他者)との繋がりはどこへ行くんだと思われそうですが、内側に目を向けてもなおそれを断ち切らないことがこのワークショップのミソでした。
寝てる=内臓が起きている時間?
全体テーマである「起こす」を引用しつつ逆転の発想で、「起きていない状態(寝ている状態)」に目を向けてみよう、という杉山さん。寝ているとは、内臓が機能している時間と言えるのではないかという話から、レクチャーは内臓の話に突入していきました。
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まずは、解剖学の観点から生命とは何かを思考した、三木成夫さんの著書『内臓と心』をご紹介。三木さんによると、手と舌は脊椎動物の祖先だった頃にはほぼ同じ器官だったものが、進化する過程で分かれたのだそう。
赤ちゃんがなんでも口に入れてしまうのはその名残りで、手で触り、舌で味わうことによって、味覚と触覚を同期させている。両方の感覚で体にそのモノを体に落とし込む(腑に落ちる)行為であり、やめさせてはならないそうです。
顔面の表情筋が全部鰓の筋肉であるのに対し、舌の筋肉だけは手足と相同の筋肉です。われわれはよく「ノドから手が出る」と言うでしょう。舌と言えば、ノドの奥にはえた腕だと思えばいい。
[中略]
子どもの時は、すべての哺乳動物は、やはり両生類以来の、舌を使って母親の乳首から吸い取ります。ですから、前に述べましたように「この精巧無比の内臓触覚の機能は、正常な哺乳によって日々訓練されてゆく」ということになる。
なんでも口に入れてしまうのは、食べられるものとそうでないものを判断して、生存確率を上げているのだと思っていましたが、三木さんの説の方が面白いですね。人間の行動にはまだまだ説明できないものがあるのではないかという可能性を感じてワクワクしてしまいます。
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内臓コミュニケーション
また、昔の日本人は腹で感情をコントロールしていて、「腹の虫がおさまらない」「腹に据えかねる」などの言語表現にもあるとおり内臓を大切にしていました。切腹を例にしてみると「私の腹は黒くありません。本心は腹の中にあります」ということで腹を切っていたそうです。相当気合の入った表現ですね。私には絶対にできない自信があります。反対に、現在の私たちの生活は頭と手だけで完結して、意識的に運動しなければ身体が置き去りになっている状況ではないでしょうか。
では、その頭にある顔という部位は一体何か考えてみると、顔は知覚(視覚・嗅覚・味覚・聴覚)が集中していて、触覚のみが体に分散しています。
ここでいくつかモデルを紹介。
【光スイッチ説】
カンブリア紀に生命の種類が爆発的に増えました。これは火山の噴火の影響で太陽光線が地球に届くようになった為、生命が光に反応するようになり(最終的には視覚になる)、外部情報を得やすくなったことから、生存確率が飛躍的に上がったのではないかという説。
この説から、生命はこれまで視覚も聴覚もなく、触覚に頼って生きていたことがわかります。強すぎる光に対して痛みを感じたり、大きい音で耳が痛くなることがあると思うのですが、これは視覚と聴覚も触覚であると言えるのではないでしょうか。つまり始まりは触覚で、感覚器官として変化し、視覚や聴覚ができたということです。
【江戸時代の劇場図】
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写真は江戸時代の劇場の図面です。地形図のようですが、これは女性の体内をモデルにしていて、くねくねした部分が腸のように見えます。
当時の人にとって、芝居を見ることが人間の内側の宇宙を体験する体内巡りであり、自分自身が生まれ直すという感覚があったのでは、とのお話に舌を巻きました。現代を生きる私も演劇鑑賞体験により生まれ直す感覚を味わったことがあるからです。新しい考え方に出会えたり、何か言葉にできないものを感じられることがまさに生まれ直し。もちろん別の人間になるわけではありませんが、そういった文化が今も残っていることを嬉しく思います。
他にも、レオナルド・ダ・ビンチ『ウイトルウイウス的人体図』では、世界を人間(生物学上の男性)の身体の外見を使って表しているなど、世界と人間の身体の関係はかなり密接であることがわかります。
内臓を使って世界を表しているのか、外部環境が人間の内部と同じなのか、人間が外部環境と同じ空間を自らの内部に作っているのか。今後の世界のありようによって人間も変化していくのでしょうか。
いずれにせよ、外部環境(空間)と人間の身体の関係はとても近くて面白いですね。
ワーク①「シャープ イン ザ ダーク」
それではここからワークを通して、コロナで考えさせられた身体性をさらに深く、体験と共に考えて行きます。まずは杉山さんのワークショップではお馴染みとなっている「シャープ イン ザ ダーク」でコロナによって眠っている感覚を起こしましょう。
作業は部屋を暗くして目を瞑り、触覚を頼りに鉛筆を削るというシンプルなもの。実際にやってみると思ったよりも難しいです。自分の理想の形をイメージして削るのですが、外側の木の部分と芯の部分の境目を視覚なしで感知することに苦戦しました。
明かりをつけてそれぞれの削れた鉛筆と、作業現場を見ていくと、なんとも皆さん個性的で面白い…!ミニマルに削っている人もいれば、削りづらさによる怒りに身を任せて削った方も。その鉛筆は表面が逆立っていて、削りカスも飛び散っていました。鉛筆を削る行為だけなのにこんなに差が出るなんて思いもよらず、とても楽しかったです。鉛筆とカッターがあればできる手軽さも、感覚を起こす体験の導入として画期的だと思いました。
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改めてイメージ通りになるよう鉛筆を削りなおしました
ワーク②「触覚 スケッチ ムーブメント」
二つ目のワークでは、気になる触覚をスケッチします。色を使ったり、紙を変形させてもOK。
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そもそも視覚情報ではないものをスケッチするとは、どういうことかわからない方も多いのではないでしょうか。単純にすれば、自分の気になる触覚を絵で表現してみるということだと思います。その触覚を鮮明に思い出し、紙に描くことで視覚情報に変換します。
言葉で説明するのが難しいのですが、コツはその感覚を信じて描くこと。自分の感覚を大事にしていい時間はとても有意義です。普段の生活の中ではやったことのない事だったので、没入して楽しんでしまいました。
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次に、どんな触覚を絵にしたのかは説明せずに描けたものだけを見せ合い、類似する人とチームを組みます。
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7チームができました。
全チーム、絵だけで組んだチームなのにも関わらず、後でどんな感覚を描いたのか蓋を開けてみると、その触覚を感じた時の体験も共通している場合があって面白かったです。
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風から感じた触覚・葡萄を噛まずに飲んでしまった感覚
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肩に他者がぶつかった時の触覚・触れてはいけない愛しいものに触れたい感覚
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髭・耳・パイプ椅子を触る感覚
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死んでしまった犬・文鳥に触れたときの感覚
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猫を撫でた触覚・水族館の魚の感覚・俳優から言われた言葉の感覚
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自分の鞄を触った感覚・玄関のドアを開けて外に出た時の感覚
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ハットを被った感覚・他者の足の親指を押す触覚
そして、このチームで短いムーブメントを作って発表します。
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そしてさらに、パフォーマンスを見ている参加者は、そこに表現された感覚をスケッチします(見ている時間+1分で描く)。人を描くのではなく、どこまでも徹底して感覚をスケッチしていく。身体表現も加わって、より今回のテーマ「起こす」に近づいていきますね。
各々、上演場所を決めて発表スタート。
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滑らかな動きに、重なりそうで重ならない二人の動きが面白い。
コンテンポラリーダンスのようで、何かの光を感じました。
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時々ハミングしながら対面したり同じ方向を向いたりして動きをユニゾンさせる。
まさにメビウスな動き。動きの緩急が面白い。
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ゆっくり立ち上がったりしゃがんだり、呼吸をするような、眠るような動き。
静かであるけれど生命を感じて穏やかな気持ちになりました。
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腰痛が辛そうな低い体勢で、重力に負けないように集まり、会場にあった剥き出しの蛇口で何かが弾けます。言葉で説明すると謎ですね。だけどなんだか共感してしまう動きで面白かったです。
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パイプ椅子を使ってのパフォーマンス。最初は全員椅子に夢中だったのに、
3人中2人が椅子への興味が失せたのか、体を擦り始める。
取り残された1人とその場の空気が絶妙に面白かったです。
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丸まって地面に転がっている人を、もう一人が近づいたり離れたりして見ている動き。
触れたいようで触れない、しかし脳内ではめちゃくちゃ触れているかもしれない、
思案する様子がなんとも面白い。
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3人の「ポッポッポ」という声とともに、何かが流れる動き。
最後はそよそよと腕が草のようにそよぎます。
外部からの刺激にただ反応するような、自然の雄大さを感じました。
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どのチームもみんな違っていて、多様な表現が集まりました。一人の感覚だけでなくチームメンバーの感覚をムーブメントで表現しているところが、難しくも演劇的です。
全チームが発表し終えたところで、発表を見て描いたスケッチの展覧会をしました。
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時間があればその中で気になる絵を選び、また類似する人とチームを組み、絵からムーブメントを作るということをしたかったとのこと。
ボリューム満点のワークとレクチャー、もっと時間があれば…!濃密な3時間でした。
おわりに〜感覚を共有できる可能性〜
誰かの感じた痛みなどの感覚を、自らの体に100%再現することは日常において不可能だと思います。しかし、まずは人間の内側について考え、感覚を起こし、誰かと共有するというプロセスを経て、その感覚を共有することの不可能性を限りなく可能な方向へ近づけることができたのではないかと、今回のワークショップに可能性を感じました。
私たち人間は社会を形成して生活する生物です。だからこそこの、誰かと何かを共有したい欲求はゼロにならず、表現というコミュニケーション方法で他者と関わっていくのでしょう。今回のセノグラフィーワークショップで、その楽しさと自らの感覚が眠っていたことに気づき、起きることができたのではないかと思います。他者の中に存在する内部宇宙を垣間見れる有意義な時間でした。
コロナはいつ完全に消えるのかわかりませんが、これからもその影響で人間や社会がどう変化したのかを考え、学び、表現することを続けていこうと思います。
杉山さん、参加者の皆さん、ありがとうございました!
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