【ネタバレしかない】遺し継ぐべき完璧な和製ミュージカル 〜ミュージカル『CROSS ROAD』観劇記
今年は極力、観劇したものを漏らさずすぐに懐かしのmixiの日記に溜め込んでいます。
mixiの日記は気が向いたら記事を残したままサッと公開範囲を変えられる点が気に入っていて。3カ月経つと誰からも見られなくなるレギュレーションも良いなと。
気楽な物書きにとって、書いた方も忘れた頃に、熱いうちに打つ熱量もない読者からのいちゃもんがつくことほど面倒なことはないですから。なので、一定期間過ぎると勝手に非公開になりつつ、友だちには公開したままにして置けるというmixiって意外と気に入っているのです。
脚本・演出・音楽・演者すべてが完璧な“国産ミュージカル“
そんな私が、今年言葉を選んでいるうちにmixiに放り込み損ねた作品があります。
それは藤沢文翁原作・脚本のミュージカル『CROSS ROAD』。先に結論を言いますが、私には今まで見たミュージカルの中で最高傑作だと思いました。
逡巡しているうちにmixiに放り込み損ねたからというだけでなく、3カ月を過ぎてもこの作品の良さは世界中に伝えたいと思いました。なので、ある程度一目につくnoteに収録することにしました。
当作は原作も藤沢氏が書き下ろしたオリジナルストーリー。19世紀に人気を博したヴァイオリニスト ニコロ・パガニーニの人生を、彼の卓越した演奏技術を「悪魔と契約した」と噂されたエピソードをもとに、音楽への葛藤や家族・周辺の人々との絆を描くもの。
元々は朗読劇だったらしく、2022年にミュージカルにリニューアルされたのだとか。
今回の演出は末永陽一。音楽は、作曲を村中俊之、編曲を江草啓太が務めました。
ここまでスタッフを列挙するのはこのnoteでは珍しいのですが、なぜかって、そのどれもが本当に「完璧だ」と思ったから。
これまでミュージカルっていうのは、どこかで「壮大な音楽!演者の圧倒的な歌唱力!芝居もついでに面白ければ儲けもんだね!」くらいの認識でいたからです。“どこかで“というよりは、はっきりと「ミュージカルにおいて物語まで満足し、しかも音楽と調和して聞こえるなんて博打みたいな確率」と思っていた。
それが覆されました。何の破綻もなく、心情を乱暴に扱われたという“ミュージカル独特の心の擦傷“も残らないシノプシスと丁寧な演出。何より素晴らしいナンバーの数々。
タイトル『CROSS ROAD』を表現する十字路のモチーフを使った舞台装置。華やかでありながら品のある衣装と、絶妙に計算された照明。
私は元々、ミュージカルによく見られる音楽の推進力にかまけて物語をおざなりにする傾向が大嫌いでした。はっきり言ってアレルギーに近いと思う。「突然歌い出すのが不自然」とかではなく、「歌で誤魔化される経験」「歌の魔力」を知ってるからこそ、それで文学性を適当にあしらわれることが許せなくてしょうがなかったのです。
だから、私は当作を見終わった後(かなり長い間友人とお茶して語り尽くしたにも拘らず)、こんな作品に出会えた興奮を醒ましきらずにいました。中洲川端の橋の上からなかなか沈まない夕陽を眺めつつ。
偶然ではあるんですが、そんな自分的エポックメイキングな作品に出会ったのが、地元の劇場だというのも、感動もひとしおでした。
「預かり知らない才能=悪魔」と呼ぶ人間の愚かしさを“たった一人“で体現する中川晃教のカリスマ性
物語の主人公はパガニーニ本人ではなく、彼と契約したとされる悪魔 アムドゥスキアス(中川晃教)でした。
今日(執筆時点)たまたま観たミュージカルも、主人公を支配する「人外の何か」みたいなものが登場する話だったし、この手の設定ってミュージカルやオペラ、バレエにありがちだな…というのは見られ方としてありそうと思う。なので、「よくあるやつか」と思ってスルーされてない?勿体無い!!!!と超思っています。
まず、アムドゥスキアスは悪魔なんだけれども、振る舞いや心の動きは「割と人」というのが個人的には結構面白かった。
よくある“人外“が人物を支配するぞ〜〜〜ワワワワ〜〜〜〜というよりは、結構対等に契約して、その道行きを見守る。コンサートも見に行ったりする。
主人公を支配する悪魔というより、少なくとも債権者なんですよ。
それでいてちょっと、単なる“ニコロのファン“では?くらいの感じにも見えてくる。それが憎めないし、中川さんの絶妙な塩梅でニコロとの“精神的な綱引き“のようなものが楽しめました。
で、そこに好感を持った理由はなぜかっていうと、ニコロが元々「悪魔と契約した」と言われた経緯からです。
物語上は、師であるコスタ(坂元健児)の存在がきっかけで追い詰められ、「人生の十字路(CROSS ROAD)でアムドゥスキアスと出逢っちゃう、という感じなんだけど、実際は「上手すぎて『あいつ悪魔と契約してるやん』って言われはじめた」ということらしい。
中世の魔女狩りもそうだし、現代に今なお残る差別の全てが「よくわからない=怖い」から端を発しますが、彼が「悪魔と契約した」という噂もそういう好奇の目だったと。
だからこそ、本気さえ出せば空間全てを支配できる歌声と存在感を持つ中川さんが、ちょっとチャーミーに、なんだか人間臭い「悪魔」を演じていたのって、彼1人が表象するのが「人間の好奇の目」だったからではないかなって。私はそんなふうに読み取りました。だからちょっと愛嬌があって、ユーモラスで、完璧なようでいて危うい。絶妙すぎる。
母の愛に圧倒され、“一介のオタク“に言い負かされる愛らしい悪魔。
中川さんの繊細な演じ分けと本来の魅力とが紡いだ、最後の往生際の悪い姿が、私は何より輝いて見えました。
言い負かされていく姿本当に素敵だった。願わくば自分も、あのくらい美しく狼狽したいと思いぞする。
「悪魔の人間臭さ」を彩った2人のキーマンたち
で、さらに。中川さんんだけでなく、キャスト全員素晴らしい。私が観た回は
ニコロ・パガニーニ 相葉裕樹
アーシャ(ニコロを慕うジプシーの少女) 有沙瞳
アルマンド(ニコロの執事) 山寺宏一
でした。
それと、前述のヴァイオリン講師と音楽家を坂元健児。ニコロのパトロンとなるナポレオンの妹・エリザを元榮菜摘、ニコロの母を春野寿美礼が演じました。
注目すべきは山寺さん。なんとミュージカル初出演だったそうなのですが、全くそう感じさせず、冒頭から見事なストーリーテラー(アーシャと共に)ぶり。
よくよく聞くと、山寺さんは朗読劇時代にニコロ以外の男性役を全て兼ね役したのだそうで。こんなややこしい物語で、そんなカバオくんとチーズみたいなことさせたの!?と驚きつつ、そういう人をキーマンとしてミュージカルリニューアル時に放り込むところも「さすが」の一言だなと。
藤沢さんにとって『CROSS ROAD』最大のキーマンは山寺さんであり、物語中最大のキーマン、ニコロを最も深く知る人としてその世界に“居てほしい“という感覚をお持ちになったのかなと推察すると、その感覚がすごく好きだなと。
そのアルマンドと共に、ニコロのそばに居続けるもう一人の“テラー“はアーシャ。差別される苦境を生きる力をくれた音楽そのものと、ニコロを慕います。
追い払われてもあっけらかんと国から国へ付きまとうアーシャは一見、現代でいうところの「推し活オタク」そのものですが、クライマックスに圧倒的な格の違いを見せつけてきます。
ニコロが悪魔と契約していること、契約と共に命が削られていることを知ると、アーシャは声を震わせながらこう言います。
「そんなの音楽じゃない 命じゃない」
生きることと心の平穏を天秤にかけられやすくなったなぁ、と思う昨今。死んでしまいたいと思わせる世の中が悪い、心の平穏や好きなこと、没頭できることに比べたら“命なんて軽いもの“だとか“自分の命をどうしようが自分の勝手“だとか──
その中で「(命と引き換えに打ち込むのは)音楽じゃない」と、それを愛した(推した)はずの人から発せられるセリフとしては、今の世の中すごくしっくりくるなと思ったのでした。アーシャがジプシーというのもまた効いてるなと思ってて。
さらには、有沙さんの言い方も良かった。否定ではなく、動揺を持って「自分が消費していたのは命だった」と震えるような声色で表現していました。
最後の1曲を前にアムドゥスキアスに啖呵を切るシーンもまさにきっぷがよく、彼女が堂々としているからこそ、アムドゥスキアスの「人間臭さ」が溢れて物語に奥行きを生み出していたと思いました。
「親の愛は悪魔に勝つ」そう信じたいし、信じさせてくれる苦さとあたたかさ
すでにものすごく長いんだけど、どうしても言いたいのが。
ニコロの母・テレーザの存在です。
彼女の存在が、物語をよくあるミュージカル風な単調なものではなく、奥行きを持って心に刺さるものにしているなと思ったのでした。
テレーザは自身も音楽家で、ニコロにも音楽の才能があると信じています。ニコロの師・コスタに「息子さんには才能がある」(※この男自身はニコロが「天才ではないと自覚している」と見抜いている)と言われるがままレッスン代を工面し、苦しい生活の中必死にニコロを一流の音楽家にしようと奔走する姿勢は一見愚かしくも見えます。
が、そんなクライマックス。
ニコロの晴れ舞台を、安いチケットの末席で席を並べるアムドゥスキアスに対して
「あなた、十字路の悪魔でしょう」
とすべて見抜くシーン。
私、見ていて意外すぎて、2階席でアムドゥスキアスくらい狼狽しました笑笑
そして、嬉しかったなぁ。実の親に言ってもらったくらい嬉しかったです。涙が出た。
すべて見抜いた上で、「あの子はあなたなんかに負けない」と言い切ってくれる母親。まじで久しぶりに、ミュージカルを見て涙出ました。
中川晃教と春野寿美礼という、カリスマシンガー2人が交わす静かな会話&心理劇。
そのメリハリという意味で、このシーン1つだけでも圧倒的な秀作だと思います。
親ってそうなんだろうなぁ、と自分の親を思い浮かべて納得できるこれまでの人生にも感謝です。
こういう親子のあり方が、少しの綺麗事にもならない世の中にしなければなと思いもします。
おーい、ニコロ。藤沢さんが描き春野さんが演じるテレーザはどうでしたか? 母ちゃんっぽかった? 愛されてたなと思い出せた?
私が「確かに生きた人間を描く」作品を見たとき、いつも気にすることです。
いたずらに悲劇を捏造したり、勝手に“駒“として扱い尊厳を踏み躙ったりしない書き味って、意外と珍しくて難しいんですよね。
今回の作品は、ニコロのこともテレーザのことも、どちらも「確かに生きた人」として丁重に扱っていたように感じました。
極力同じメンバー&同じスタッフで再演を希望!
音楽的読解はここでは満足にできないのですけれども、少なくともここまで物語として、心情表現として完璧なミュージカルを私は見たことがないので、多少大袈裟かとは思いましたが「完璧」とタイトルに冠することにしました。
まだまだ読み込みたい要素、音楽にしても装置にしても衣装にしても… …魅力が両手にあまりあるほどなので、とにかくまた見たい、再演してほしいと強く希望します。
1回で完璧に満足できるのだが、完璧だからこそもっともっと反芻したいミュージカル。
私には少なくとも、初めてで唯一の経験です。
2022年、2024年と頻繁に再演していますので、これから年々箱も大きくしていき……!
ぜひ1人でも多くの人に、この夢想的で有りながら人間らしい優しさに満ちた、あたたかい世界に触れてほしいと思います。
ミュージカルを観て得る感情が「楽しかった!」だけではもったいないと思うんです!
切なく痛くて苦い、それでいてじんわりとあたたかい……人間らしいマーブルさもミュージカルで表現できるのだということが、今回初めて実感できました。
本当に早く再演してほしい!
こんなに再演を心待ちにする作品ありません。
少なくとも再放送を!>>>スカパー様
★★★2023年3月・書籍を上梓しました★★★
ISBN978-4-7872-7453-3 C0074
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