小人は同時て和せず#ニコニコ内定塾#2017年就活編#4th#2/19
「で、どうよ就活は?」
水タバコ特有の濃い煙を吐きながら、インターンでも仕切り役だった櫻井が切り出す。
「あぁ、とりあえずcydreeとかのベンチャー系と外コンは内定したわ」
櫻井の隣に腰掛けた帰国子女の柳沢がさらっと返した。
「外コン?マジ?おめ!イヤイヤ、おまえもうちょっと喜べよ!」
「別に。割とサクッと行ったし。お前は?」
「俺?俺はひとまずcydreeの内定は揃えたわ。まぁけど抑えだからな。本命の不動産はまだだし。岩渕は?」
あぁ、やっぱり振られるかぁと思いながら岩渕は「有名商事から内々定出たわ」と軽い感じで伝えた。櫻井と柳沢の目の色が変わる。
「え、マジ?」
「マジマジ。けど、内緒な。俺も人事から言うなって口止めされてるからよぉ」
「いわねぇーいわねぇー、けど就活なんてそんなもんだよな。マジで何も知らないで真面目に就活やっちゃってるやつらかわいそー」
と言いながら、櫻井がキャッキャッと無邪気に笑う。
櫻井、柳沢、岩渕、三人はITベンチャーcydreeの夏の短期インターンで同じメンバーだった。総勢30名程度の学生が3人1組+社員メンターでビジネスプランを考え、競い合う。インターンでは残念ながら優勝できなかったが、やはり5日間一緒にチームとして活動すると信頼関係も生まれ、たまにこうして集まることがある。だいたいは、六本木の水タバコ屋だ。
「けど、日本の大企業でも今の時期にそんなことしちゃうんだな。さすがに周りで有名商事から内々定は聞いたことなかった」
柳沢の言葉は岩渕を一瞬ひやっとさせた。「世知辛いよなぁ。そういえば、他の奴らとかどんな感じか知ってる?」とさりげなく話題を変える。
これ以上、内々定の話に突っ込まれるわけにはいかなかった。なぜなら、岩渕は有名商事から内々定なんてもらってないからだ。実際は、どうにかこうにかゼミのOBで有名商事の人事にアポを取り、話を聞いただけだ。しかも、そのOB訪問では「就活について、岩渕くんは結構曖昧だよね。そんなんじゃ上手くいかないよ」と芳しくない反応をされていた。
「結構、みんな内定揃えてるらしいけど、ぶっちゃけあんま知らないわ。ほら、中々聞き辛いじゃん?もしダメダメだったら可哀想だしさ」
3年の夏から様々なインターンに参加するいわゆる「就活ガチ勢」の中には、暗黙の序列がある。あいつは特別選考に呼ばれてないらしい、あいつはこの間内定をもらったらしい。そういった噂を元に、「あいつは優秀だ」「あいつは優秀じゃない」と勝手にラベリングし、自分たちは「優秀組」にいることに対する安心感と優越感に浸る。
やっぱり今日は仮病でこなきゃよかったな、と岩渕はここにいることに後悔した。ただでさえ、今日の朝、cydreeに一般エントリーをしたばかりだった。話を聞いていると、二人は特別選考にも呼ばれ、内定ももらったらしい。
「インターンに参加してた小坂っているじゃん?そいつが就活塾ってやつに通ってるらしいってのは聞いた」
「あぁ、懐かし!あのパッとしなかったやつでしょ?しかも『就活塾』って言う香ばしい響き」
櫻井がゲラゲラと笑う。
「いや、なんか、就活の塾?みたいな感じで。詳しくは知らないけど」
柳沢がタバコの火をつけながら興味なさげに呟く。
「なんだよそれ、それ情弱ホイホイじゃん。うわ、ググったらたくさん出て来たよ」
櫻井のスマホ画面にはヒットしたたくさんのサイトが並んでいる。
「これさぁ、試しに一個連絡してみね?」
櫻井が意地悪そうな顔で言った。
「名案。一番やばそうなやつにしようぜ」
柳沢も意外とノリノリだ。
「これとかどうよ?」
そういって見せられたツイッターアカウントには「ニコニコ内定塾」と言う名前が書いてある。
「ちょっと岩渕さ、DM送ってみてよ」
いきなり振られた。だけどここで断ってもただのノリの悪い奴になってしまう。
「良いよ、やってやるよ!」
「さすが。大企業内定者は違うわ!」
二人が手を叩いて囃し立てる。
「えぇっと『すいません大学三年で就活しているのですが、困っていて‥。』こんな感じ?」
「良いじゃん!」
「天才だな」
二人に煽られ、岩渕は特に何も考えずに送信ボタンを押した。
終電での帰り道、スマホがポケットで震えていることに気づく。
画面を見ると、見知らないツイッターのアイコンが表示されていた。パスワードを押し、画面を開く。
「初めまして。ニコニコ内定塾の石川です。この度はご連絡ありがとうございます。一度詳しいお話をできればと考えているのですが、明日のご予定はいかがでしょうか。石川 拝」
「おいおい、マジでリプが来たよw」とグループラインに送ったが、一時の興味だったのか、マジか、と言うそっけない返答しかない。
岩渕は少し不満に思ったが、まぁ、話のネタになるかもしれないし、とテキストボックスを叩く。
「石川様 ご連絡ありがとうございます。承知しました。明日の午後はいかがでしょうか。」
○この物語はフィクションです。実在する団体や個人、事件などは一切関係がありません。