ところで、デザイン料はおいくらですか?<後編>
前編ではデザイン料の算定がプロジェクトスタート時において難しいことや、提示はどのタイミングで行うべきかを述べました。
後編ではデザイン料はどうやって算定されるか、一般的な方法をいくつか挙げて解説し、その後に僕自身の会社のデザイン料算出の具体的な方法を述べたいと思います。後者にのみ興味がある人は、目次から飛んでください。(前段ながいので。)
この記事を読んでいただければ、これからデザイナーに仕事を依頼をする人は、出てくる見積り金額に対してどうやって評価するべきかがわかるようになると思います。
ちなみに、デザイン料と一概に言っても広い範囲になるので、今回は僕の属する空間デザイン(建築やインテリア)についての話になります。
前編はこちら↓↓
代表的な3つの算出方法
デザイン料の算出にはおおまかに3種類あります。
ここに挙げる方法そのまま利用している人もいれば、これを基本にして自己流にアレンジしている人もいることと思います。
坪単価を設定し面積に掛け算する方法
工事費に対する比率で算出する方法
直接人件費・会社経費・技術料をそれぞれ算定する方法
それぞれ解説します。
1. 坪単価を設定し面積に掛け算する方法
デザイン対象の空間の床面積に、業種ごとに設定した単価を掛け算して算出します。
例えば、床面積100㎡・飲食店(レストラン)の場合。
100㎡は約30.25坪、これに例えば8万円を掛け算すると242万円となります。これをデザイン料とする方法です。
8万円という額は事務所によって違います。
また業種ごとに設定値が変わるのは、対象によってデザインに係る工数(=人が動く時間)が違うからです。
厨房やトイレなどの水回り設備がある飲食店と、それらの無い服屋さんで考えるとわかると思いますが、後者の方が工数が少なく済むので、掛け算する額面も安くなるという理屈です。
2. 工事費に対する比率で算出する方法
工事費に対して特定の数字を掛け算して算出します。
例えば、工事費が2000万円、設定した数字は10%の場合、
2000万円×0.1 = 200万円 となります。
掛け算する数字は事務所ごとでまちまちですし、1の方法と同様の理由で、業種によって変えています。
また、常に一定の数値ではなく、工事費の多寡でパーセンテージを変えます。なぜでしょうか。
例えば工事費が100万円の場合、上記の例のまま10%を掛け算するとデザイン料は10万円となりますが、10万円ではデザインに係る全作業を行うには足らないのです。
工事費が小さくとも、それに係るデザインの作業はそれより大きな額の工事と変わらない工数が必要になります。
なので、工事費がいくらまでは⚪︎⚪︎%というように、工事費の額面によってパーセンテージを変えている(工事費が小さいと大きくなる、逆も然り)という訳です。
3. 直接人件費・会社経費・技術料をそれぞれ算定する方法
あくまで想像になりますが、空間デザイン関連のデザイン料算定においては、この方法が一番多いのではないかと思います。
一つの根拠は、建築設計業を所管する国土交通省が「このような方法に則って算出するように」とガイドラインを発行しているからです。
設計料を1.業務に従事する人の工数×単価、2.会社運営に関わる経費、3.利益に相当する技術料に分解して、それぞれの合計で算出するこの方法は、実作業の工数によって増減する詳細な算定方法と言えるでしょう。
3つの算出方法、それぞれのメリットとデメリット
デザイン料を算定する3つの方法を紹介しました。
3の方法が国土交通省が関係しているので、正式にはこの方法でなければならないのでは?と感じた方もおられるかもしれませんが、実際のところは強制されるものではないので、その他1,2の方法で算出される事務所もあるという状況です。
これら3つの算出方法にはそれぞれメリットとデメリットがあります。
1.坪単価を設定し面積に掛け算する方法
メリット
・プロジェクトの初期に提示できる。
・算出が簡単である。
デメリット
・業務が進むにつれて、想定していなかった作業が発生しても、その分の追加デザイン料を請求しにくい。
・業種や業態が多様化し一概に設定数値を決められない。
2.工事費に対する比率で算出する方法
メリット
・算出が簡単である。
デメリット
・工事費がわかるまでデザイン料が決定できない。(なので大体の場合はプロジェクト初期に工事費概算をして計算する)
・デザイン料が工事費に連動することが厄介。なぜか?
例えば、床の素材を選ぶという行為に対し、選ぶ素材によって工事費が大きく変わる。塩ビシートを選ぶのと、高級カーペットを選ぶことに係る時間に違いはほとんどないが、工事費は全く違う。つまり工数が同じなのに高い素材を選んだ方がデザイン料が高くなる。この特性を利用して工事費を高くしようとする思惑が働く人がいるとクライアントにとって不利益になる。
3.直接人件費・会社経費・技術料をそれぞれ算定する方法
メリット
・実際の作業に係る人工や必要利益を提示する方法なので、信頼感がある。
デメリット
・算定するのに時間がかかる。
・プロジェクト初期に必要な作業をしっかり定義しないと工数計算にズレが生じて利益が減ることがある。
・国土交通省のガイドラインに掲載された係数を用いて計算すると、一般に想定される金額より非常に高くなり、見積りが通らない。(建築士の知人・友人からよくこの話を耳にする)
僕のデザイン料の算定方法
ベースにしているのは解説した3番の「直接人件費・会社経費・技術料をそれぞれ算定する方法」になります。
見積り方法を順を追って解説します。
直接人件費の算定
ヒアリング〜やることリストの作成
まずはすべての仕事の起点になるヒアリング。
あらかじめ用意した聞きたいことリストを用いて、プロジェクトにおける自社に求められていること、やるべきことを確認していきます。
ヒアリングを終えたら日常的にアップデートしているやることリストのフォーマットを開いて、そこに並んだ約450項目から今回のプロジェクトで実施するタスクにチェックを入れていきます。
このリストはここに掲載されていない新しい「やること」が発生する度に更新しており、仕事をすればするほど、発生を想定できなかった作業の存在を減らすことができます。
つまり、初回ヒアリングの際に「このプロジェクトでは、こんな作業が発生するかもしれないのですが、どう思われますか?」とクライアントに先回りして確認することができるようになります。
またこの方法が良いなと思っている理由の一つとして、タスクリストが自動的に完成することがあります。
特に新人に仕事を教える時には、段階を追って一つずつ解説していくことは当然ですが、やることの全体像を見せておき、どのタスクがどの後続タスクに関係するのか、といったタスクのつながりを教えることができるので、このリストは重宝しています。
あと、これは関西に限ったことなのかもしれませんが、デザイン料はよく値切られます。そんな時、僕はここで作ったやることリストをクライアントにお渡しして「不要な作業を削ってください」とお伝えしています。
実際にこれはやってもらわなくて良い、という作業が見つかることもありますので、この場合は合理的に減額ができると思います。
こういった良いケースでなく、感情的なただの値下げ要請に対しては、必要な作業を削ることはできないという話題に移行し、理解いただく対話ができるのでこれも一つのメリットだなと思うようになりました。
それでも「いや、とにかく値引きせよ」というクライアントとは仕事はしないようにしましょう。(クライアントと書きましたが、クライアントではないですね。)
やることに対してかかる時間を見積る
次にチェックを入れた項目でフィルタをかけ、画面上にやるべきことのみを表示させます。
そしてそれぞれの項目に対して、作業にかかる時間を記入していきます。
人間のやることなので、作業時間は見積もった時間そのままに完了させることは難しいですが、少なくとも一度これくらいで終わらせられるだろう、という時間を入れることでいわゆる締め切りを設定できます。
ここで見積もった時間がそのままデザイン料算定の「直接人件費」に掛け算する数字になります。
ここの話題について「クリエイティブな業務に、時間を設定するのはナンセンスだ」という意見も出るかと思います。私もそう思います。
しかし、どんな仕事にも締め切りはある。
いいアイデアが思いつかなかったから納期を延ばしてください。とはならないはずです。
そのためにも、一旦、プロジェクトはどれくらいの時間をかけてやるべきか、という指標は考えるべきだと思います。
もし素晴らしいアイデアが5分で浮かべば、設定した残りの時間は遊んでも良いし、他に時間がかかりそうな作業に費やしても良いのです。
仮にいくら考えてもアイデアが出ないのであれば、それは業務時間外で頭の片隅に寝かしながら捻り出すしかないのではないでしょうか。
直接人件費の単価について
プロジェクトに関わるのはデザイナー一人ではなく、マネジメントをする上司やアシスタントも関わるので、先ほど算定した総作業時間を、担当者の時間で按分し、それぞれの時間給を掛け算して直接人件費を出します。
掛け算する単価は、担当者の年間給与を、1年間で一人が使える作業時間のおよそ2080時間で除して求めます。
クライアントには、項目ごとに時間の前後は当然あるが、平均してこれくらいかかるものであると断りを入れることは忘れてはなりません。
会社経費の算定
個人事業主のデザイナーとデザイン料の話をした時にしばしば見られるのですが、直接人件費は見積りに掲載しているのだけど、会社経費の項目がない、もしくはあっても特に根拠のない数字で適当に計上している場合がありました。
デザイン料はクライアントからすると結構なコストになるので、数字の根拠を聞かれることがままあると思います。
その時に回答に詰まらないようにしておきたいところです。
そのためには、会社経費とは何かをしっかり認識する必要があります。
この見積り項目でいう会社経費とは、人件費以外の会社の運営に関わるすべての費用のことを指します。
事務所の家賃や光熱費、通信費。新聞図書費や使用するアプリケーションの購入費などがこれに当たります。
損益計算書でいうところの販管費から人件費を差し引いた額です。
ただし、差し引く人件費はあくまでデザイナーとしての業務を担当するスタッフのもののみです。
経理や総務などを担当してくれているスタッフの費用は、見積りの直接人件費のところには現れないので、会社経費の方で計上しなければ、どこからも収入を得られないことになってしまうためです。
そうして得られた金額を、こちらも年間作業時間の2080時間で除します。
さらに、その金額をデザイン業務に従事している人数(見積りで直接人件費を請求できる人数)で除します。
これはなぜかというと、デザイン業務従事者は同時並行に仕事をしているからです。
デザイン業務従事者が3人いた場合、出てきた会社経費金額を3で割らないと、作業時間に対して計上する会社経費が3倍になってしまいます。これを適正にするための計算になります。
時折、会社経費が高いので安くしてください、とおっしゃる方がおられますが、これを差し引くと事務所運営が成り立ちませんので、しっかりと説明して頂戴する必要があります。
技術料の算定
この項目は、平たくいうと「利益」を設定した項目になります。
会社を発展、存続させる、あるいは技術力を上げていくためには、利益を得ることが必須であることは議論するまでもないかと思います。
スタッフの給与と会社運営の経費以外の余剰金がなければ、新しい技術取得のための研修をしたり、新しい機材やアプリケーションを購入して効率を上げること、スタッフの待遇を良くするためにボーナスを出す、といったことができません。
そのための費用を「技術料」として計上しています。
金額の算定方法は至って簡単で、次年度に残しておきたい利益=ヒト・モノに投資したい金額を設定し、それを会社経費算定と同じ計算をして出します。
ただし、欲しい利益を計上したからといって、必ずしも適正な価格に見えるかどうかはわかりません。
高望みしすぎると不信感のある数字になるでしょう。
会社の規模や付加価値(メディア露出が得られるデザインができる、など。これにはいろいろあるのでまた話題にしたい)を自問して適正だと思う数字を挙げ、それを無理なく頂けるようなら数字の設定は成功していると言えます。
結局のところデザイン料はいくらでも良い
計算方法のまとめ
自社のデザイン料の算出方法をつらつらと述べてきました。
まとめると、デザイン料は以下の3つの方法の合算で計算します。
①直接人件費 = スタッフの年間給与額を年間の作業時間で割る
②会社経費 = 販管費から①を差引いた額を【作業時間で割り、さらに①に関わる人数で割る】
③技術料 = 次年度に残したい利益の額を設定し、前項【 】の方法で計算する。
デザイン料はいくらでも良い
これまで書いてきたことをひっくり返すようですが、結局のところ、デザイン料はいくらでも良いと思います。
つまるところ、クライアントと合意ができればそれで良い。
クライアントの価値観とこちらの価値観が合えば良いだけだと思います。
僕は「自分のデザインが誰よりも優れているから、言い値でデザイン料を頂ける」という自信がないので、業務に対する根拠を事細かに算出しているだけで、人によってはこんな手間のかかることをしなくても良いと思います。
以上です!
この記事で、noteを始めてからちょうど1年が経ちました。
過去最長の記事になりました。
毎週1回の頻度の低い更新でしたが、コロナ禍が明けてデザイン業務がパンパンに膨れ上がった日々の中、よく続いたなと思っています。
このnoteが少しでも誰かのお役に立てれば、という気持ちでこの次の1年も変わらず更新していきたいと思います。
それではまた来週。
建築・インテリアなど空間デザインに関わる人へ有用な記事を提供できるように努めます。特に小さな組織やそういった組織に飛び込む新社会人の役に立ちたいと思っております。 この活動に共感いただける方にサポートいただけますと、とても嬉しいです。