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サンタ爆発まであと三十秒!―― Usque ad Explosio Santa Triginta Secundis! | #パルプアドベントカレンダー2024

 一か八かだ。やるしかない……やるしかないのだ!

 サンタは叫び、あかき灼熱に身を投じた。圧倒的な熱の波濤が押しよせてくる。熱い。熱すぎる! これはまさに熱の暴力だ。無敵の肉体を持つ彼でさえ、このままでは沸騰・即・爆死はまぬがれない。
 だが、それでも。そうだとしても!
 サンタはカッと目を見開く。
 煮えたぎる奔流の向こうに、光りに包まれた愛しいあのコの姿が見える。彼女は胎児のように身を縮め、まるで眠っているかのように目を閉じている。
 救うのだ。なんとしてでも。俺の体がどうなろうとも。たとえこの身が爆発しようとも。絶対に。絶対にだ。絶対に、彼女だけは――。

 サンタ爆発まであと三十秒!

 走馬灯のように、サンタは過去を思いだしていく――。

🧑‍🎄🎅🤶

 この世は地獄だ。

 それは誰もが知っていることだったし、サンタ自身も生まれてこのかた十八年間、そのことをずっと心に刻みつづけてきた。だから。だからこそ、それゆえに。そうであるからこそ。その夜、サンタは叫んだのだ。

「この聖なる夜に……てめぇらカスどもを、一網打尽にするッ!」

 十二月二十四日――聖なる夜。そう言われた当事者たちカスどもは、ポカンと間抜けヅラでサンタのことを見あげていた。サンタは煌めく摩天楼を背景に、コンテナの上からカスどもを見おろしている。ヤツらの爆笑が、とたんに夜の港湾に渦巻いた。サンタのヒーロー然とした立ち居ふるまいが、連中にとってはツボだったのだ。

「ギャヒーw」
「なんなん。このシャバ僧いきなりなんなん!」
「この聖なる夜にィ……キリッ! だってよォ〜ww」
「おいコイツ、俺らのことカス言ってんぞw」
「大正解じゃん!」
「ゲラゲラゲラw」

 サンタのまだ少年らしさを残した顔に怒りの色がにじんでいく。赤いマフラーをなびかせて、彼はコンテナから飛び降りた。赤がひとすじ夜を切り裂き、華麗なる三点着地をキメる!

「ひょ〜、かっこよ!」
「ゲラゲラ!」

 連中は嗤いながらサンタを取り囲んでいく。ある者はその手に炎を宿し、ある者はその身を硬化させ――そう、この者たちはただのチンピラではない。能力プレゼントを授かった恐るべき超人集団! その名も――。

 Intercontinentalis Maleficus Ordoインテルコンティネンタリス・マレフィクス・オルド――大陸間弾道極悪団!

 連中の襲来によって街はさらなる地獄と化した。サンタは顔をめぐらし連中をにらむ。有象無象の超人チンピラどもの奥に、三つの人影が見えた。

 真ん中――異様な迫力をみなぎらせ、金箔張りの巨大ソファーにドッカと座る岩のような巨漢。髪はがっつりと編みこまれたドレッドヘア。凶悪な形相を浮かべ、年齢は二十台前半に見える。

 そして向かって左。カチっとしたグレースーツの男。サイドを刈りこんだ黒髪の七三分け。場違いにも見えるその男の顔には、仮面じみた笑みが浮かんでいる。若くも見えるが、そうでもないようにも見える。年齢は不詳。

 そして右側には……ギャル! ギャルは上目遣いに巨漢の足にしなだれかかりながら、甘ったるい声をあげていた。

「なぁにこれシャバぁ。アツシくぅん、ドォすんのー? ウチら、ナめられッしょ……」

 アツシくん。そう呼ばれた巨漢は舌打ちし、地獄のような呼気を吐きだした。グレースーツの男を睨み、「おい、どういうこったよ先生・・よォ……」と、これまた地獄のような声音を吐きだす。
「どういうこと、とは?」
 先生・・は微笑みながら首を傾げた。アツシはギャルを鷲掴みにした。

「は?」

 アツシは目を白黒させるギャルをそのまま片手で持ちあげると、背後へと猛烈に振りかぶる。ギャルがすっ飛んでいく! 夜空にギャルの悲鳴が木霊し、徐々に遠ざかっていく……。アツシは立ちあがった。
「俺は……」
 その身長、ゆうに三メートルを超えている!

「ナめられるのが一番嫌いだと、言ってあったはずだが?」
「はい、知ってますよ」
 と先生。チッ。アツシは再び舌打ちをした。
「この栗栖町くりすまちに来れば、ゴキゲンなことが待っている……アンタはそう言ったよなあ。だから俺らはここに来た……。アンタの予言は外れたことがねェ。だからよ。アンタを信用してたわけだが」
 先生は笑みを崩さない。
 アツシの全身にさらなる迫力がみなぎる!
「まぁいいぜ……アンタにも、あとでわからせてやるからよッ!」
 そう言い放つと、アツシはサンタを睨みつけた。そして――。
「てめェらッ!」
 チンピラどもに向けて雄叫びをあげる!

「俺ら大陸間弾道極悪団インテルコンティネンタリス・マレフィクス・オルドとはなんだぁッ!」

 チンピラどもは一斉に呼応する。

「「「最恐最悪ッ!」」」

「俺と、てめェらの関係はッ!」
「「「チーム友達ッ! チーム友達ッ!」」」

「俺にナめた真似したヤツ、てめェらならどうするッ!」
「「「ボッコボコのボッコボコ!」」」

 サンタを指さす。
「こいつの運命はぁッ!」
「「「撲殺、殴殺、ぶッ殺死ころしッ!」」」

 アツシは夜空に向かって手を広げた。
「じゃあ、この街の運命はぁッ!」
「「「焼滅、絶滅、皆殺死みなごろしッ!」」

「よぉぉし、いいぞぉぉぉ……」
 アツシは野獣じみた笑みを浮かべた。

「てめェらッ、やっちまいなあッ!」

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 大気を震わせ、チンピラどもはサンタに殺到する。サンタはゆっくりと息を吐いた。拳を握り、感触を確かめる。大丈夫だ。自分に言い聞かせる。恐れることはない。なぜなら俺が授かりし能力プレゼントは……今日という日は!

 十二月二十四日だ。

 その瞬間、サンタは姿を消していた。いや、速すぎて誰にも見えていなかった。スコン! スコン、スコン! まるで弾かれたピンボールみたいに、チンピラどもが夜の空へと射出されていく。
「は?」
 周囲のチンピラは、間抜けなツラでそれを眺めていた。何が起きているのか? ほとんどの連中が理解できていなかった。ヤツらが吹き飛んで出来た空間。そこに威風堂々、サンタは立っている。赤いマフラーをなびかせて、サンタは言い放つ!

「どうした……この程度かッ!」

 チンピラどもの怒りが沸騰していく。怒声が大気を震わせる! だが、連中もアホではない。慎重に、じりじりと、獲物を追い詰める狼じみてサンタを取り囲んでいく。「こいつ、速いんだ!」魚眼を思わせる巨大眼のチンピラが叫んだ。

「アッパー、膝蹴り、回し蹴り……シンプルに速さで……超高速で俺らをぶっ飛ばしてやがるッ!」
「カカカ……ならば俺の出番だな」

 進み出たのは異形のモヒカンだった。骸骨のように痩せ、紫の肌をした――モヒカンは人差し指を立てて告げた。

「一秒だ……あいつを一秒だけ足止めすれば、俺がどうにかしてやる」

 とたんにチンピラどもは歪んだ笑みを浮かべた。仲間への絶対的な信頼感だ。確信的な殺気が膨れあがり、再びサンタに殺到。そして当然吹き飛んでいく! だが!

「あ゛!?」
 そう叫んでいたのはサンタだった。
「なんだこれわ……」
 サンタの足もと。港湾のアスファルトが紫のシチューじみて溶解し、ボコボコと泡を立てていた。

「おわ゛!?」右足!
「おおお!?」左足!

 サンタの足がずぶずぶと沈みこんでいく! 紫モヒカンが嗤った。
「カカカ……これこそが俺に授けられし能力プレゼント――」

 Uno Tempore Tace, Nihil Faciens, Experiamur?ウノ・テンポレ・タケ・ニヒル・ファキエンス・エクスペリアムル――せーので黙って何もしないでいてみない?

「これでお前は……フクロだ!」

 チンピラどもが呼応する。
「「「ボッコボコのボッコボコッ!」」」

「お、ちょ、待てよ……」
 チンピラたちはうめくサンタを取り囲み、ボコボコにしていく!
「いでッ! 落ち着けって……話せばわかる……」
「ゲラゲラゲラ!」ボコッ!
「待て。待ってって!」
「ゲラゲラゲラゲラ!」ボコボコボコッ!

「あーあ、見ていられませんね……」

 それは清涼なる風を思わせる、女の声だった。赤い閃光が迸り、
「カカ……カ……は?」
 直後、ボコボコになっていたのは紫モヒカンだった。それは一瞬の出来事であり、崩れゆく紫モヒカンの背後には凛とした佇まいの女が立っていた。

 黒髪ロングの姫カットが艶めいて風になびいていく。サンタは力を失った紫シチュー沼から、ズボズボと足を抜きながらうめいていた。
「クロス子……なんで……!」
 女は……クロス子は艶やかな黒髪をかきあげた。

「俺は無敵だ、なーんておっしゃってましたけど。案の、定あんの、じょう
 彼女は口に手を当て、くすくすと笑った。
「私がいないと、てんでダメ」
「と、年上ぶるな……ッ!」

 サンタは顔を赤らめてうつむく。クロス子は、サンタの年上の幼なじみなのだ!
 チンピラどもが色めき立つ。
「「「なんだテメェはッ!」」」

 だが次の瞬間、弾けるような赤の閃光が迸った。クロス子の周囲にいた連中は一瞬にしてボッコボコになっている! くすくす、とクロス子は笑った。迸る閃光とともに一方的に相手をボコる……それこそがクロス子が授かった能力プレゼント――。

 Pulsatio Adducta Estプルサティオ・アッドゥクタ・エスト――誘惑される鼓動!

「うおおッ!」
 負けじとサンタも動きだしていた。そこからは一方的な展開だった。チンピラどもはボコボコにされ、吹っ飛ばされ、かっ飛ばされていく!

「すばらしい……元気な若者たちだ」
 先生がつぶやいた。
 アツシは――。

「ナめんな……ナめんなッ……ナめてんじゃねェーッ!」

 サンタめがけて突進していく! それはさながら巨大ダンプカーの暴走だった。「ちょ、アツシくん……」残っていたチンピラどもを吹き飛ばし、空気すら歪めるすさまじい突撃である!

「サンタくんッ!」
 クロス子が叫ぶ。サンタは一瞬にして顔を引きしめ、身構える。そして……激突! 大気が震え、大地が鳴動した。
「サンタッ!」
 クロス子が絶叫し、サンタを見つめた。サンタは当然……吹き飛ばされて――は、いない!
「なんだと……!?」
 アツシは顔をしかめた。
「いてて……」
 アツシの巨体を受け止め、それでもサンタは笑みを浮かべていた。
「もう……」クロス子は胸を押さえ、安堵の息を吐く。

「君はほんと……心配させますね」

「ははッ!」
 サンタは不敵に笑う。
「アンタ強ェな……だが、てことはよ。アンタを倒せば、この街は少しだけ平和になる……そういうこッたろ?」
 アツシのこめかみがブチ切れる!
「ほざけ、ナメ憎がッ!」
 アツシは両腕を振りあげていた。異常なまでの熱気と殺気が、その岩のような両拳に渦巻いていく!

「見るがいい! 俺の能力プレゼントを――そして後悔しろッ!」

 巨大なパワーが爆発的に発散され、そのあまりの強大さにクロス子は震撼した。サンタは――不敵な笑みを浮かべている!

 アツシはサンタへと右の拳を振りおろす。そのインパクトの瞬間――爆発! 先の突進など目ではないほどの大地の震動。目も眩むほどの閃光と爆風が渦を巻いた。
 だがそれで終わりではなかった。振りおろされた右の拳が上へと振りあがるのと同時。今度は左の拳が続けて振りおろされている。再びの爆発! 直後、再び振りおろされるのは、もちろん右の拳だ。爆発!
 さらに左! 爆発! 右、爆発! 左、爆発! 右、爆発! 左、爆発! 右、爆発! 左、爆発! 右、爆発! ドラムを叩くがごとき、恐るべき怒涛の爆発連打。それこそがアツシの能力プレゼント――。

 Hoc Est Magnifice Gratias Agoホク・エスト・マグニフィケ・グラティアス・アゴ――これはど派手にご苦労様!
 
 まるで戦術核を思わせるすさまじい爆轟、そして輝きが栗栖町に花開いた。その爆風に吹き飛ばされそうになりながら、クロス子は青ざめた顔で叫んでいた。

「サンタぁぁぁぁぁぁーーーッ!」

 やがて爆轟は止み、朦々と立ちこめる粉塵のなか、夜の静けさと闇とが戻ってくる。港湾のアスファルトは吹き飛び、まるで隕石落下後のクレーターの有り様だ。アツシは額の汗を拭い、ひと息ついた。
「ナメ僧が……跡形も残ってねェだろぅが。ウケるぜ」

 風が吹いた。
 粉塵が流されてゆき……アツシは眉根を寄せた。
「……んだと?」
 消えゆく粉塵のなかに、ゆらり。蠢く人影。
「バカな……?」
 アツシは不吉な予感とともにその人影を凝視する。粉塵が晴れていく――。

「ヌゥゥゥ――ッ」
 アツシのうめきが木霊した。クロス子の表情がパッと明るくなり、手を叩く。
「サンタくんッ!」

 そう、サンタである! 彼は威風堂々、クレーターの中央に立っていた。赤いマフラーをなびかせて――その全身、無傷! アツシの顔色が変わる。

「そんな、バカ……なッ」
 サンタは笑みを浮かべた。
「見るがいい、俺の能力プレゼントを、そんで後悔しろ……だっけ?」
 ははッ! 笑いながらアツシを指さす。
「実際に後悔したのは、アンタの方だったな!」

 そしてサンタは……跳んだ! 摩天楼の輝きを背に、赤がひとすじ夜の闇を切り裂いていく。その様を、アツシは戸惑いとともに見つめていた。

 なぜだ……バカな……なんでこんなことに……。

 サンタは宙で身をひねる。
「まったく解せねェ……そんな顔してんなあッ!」
 拳を握りしめ、アツシへと急降下する!
「残念だったな……これこそが俺の能力プレゼント! 年に一度、一夜限りの無敵状態――」

 Sancta Nocte Invictus Virサンクタ・ノクテ・インウィクトゥス・ウィル――聖なる夜の無敵の男!

 急速降下したサンタの拳は、アツシの顔面を捉えていた。アツシはそれを、スローモーションのように感じていた。

 痛ェ……俺は常に痛みを与える側だと思っていた。だが今宵、この聖なる夜に、俺はこうして殴り飛ばされ――。

 次の瞬間には、アツシは吹き飛んでいる。意識を途切れさせ、体を硬直させ、スパン、スパン、スパン。飛び石じみて港の海上をすっ飛んでいった。サンタは着地し、ガッツポーズをキめる!

「ぃやッたぜ!」
「いーえ、まだ終わりではありませんよ」

 なんだと?
 サンタは奇妙な予感とともに声の主を見た。

「てめェ……」
 とたんにサンタの怒りが沸騰する。そこには仮面を思わせる、笑みを浮かべたグレースーツの男がいた。そしてその頭上には――。
「そのコに……クロス子に何をしたッ!」
 クロス子が、光に包まれ浮かんでいる。彼女は胎児のように身を縮め、まるで眠っているかのように目を閉じている。グレースーツの男はパチパチと手を叩いた。

「まずはすばらしい勝利。おめでとうございます。ここまで成長した人間が現れたこと――わたし、本当に感動しています」

「んだと……? つか、てめェはなんなんだよ! さっさとクロス子を解放しろよッ!」
 それには応えず、男はうなずきながら言った。

「そうそう、自己紹介がまだでしたね。わたしは――」
 彼は姿勢を正すと、右手を胸の前へ。左足を後方へ引き、弧を描くように左手を伸ばす。そして深々と頭を垂れて、恭しくお辞儀しながら告げた。

「わたしの名はNicolausニコラウス。あなたがた人間の――創造主です」

「はぁ?」
 なに言ってんだこいつ……頭がおかしいヤツか? サンタの理性はそう考える。だが、本能は別の何かを感じ取っていた。怖い。言い知れ得ぬ恐怖が湧いてきて、鳥肌が立ち体が震えてくる。なんなんだ、こいつ。なんなんだ、こいつは――。「もう少し自己紹介を続けましょうか……」男は体を起こしながら続けた。

「かつて。ここから遥か彼方。宇宙の片隅に、地球という惑星がありました」

 ニコラウスがそう告げた瞬間、サンタの脳裏には映像が浮かんでいた。まるで強制的に脳内投射されたかのような感覚だった。
 そしてサンタは見た。大地を埋め尽くす輝きを。星と宇宙を行きかう船団を。絢爛にして豪華。壮大にして壮麗なる文明を――。

 ――これこそがわたしの故郷ふるさと、地球です。そしてこの地球という星では、皆さまとほとんど同じ姿形をした人類と呼ばれる種が繁栄していたのです。

 ニコラウスの声が、まるでナレーションのように響いてくる。映像は徐々に地表に近づき、その様子を映しだしていく。サンタは映し出されていく内容に圧倒された。

 ――ご覧なさい。地球の地表は、そのすべてが人工物で覆いつくされていました。清潔で完ぺきに設計された環境のなかで、ほら、見てください。人びとの幸せそうな笑顔を! ここではすべてが不可視のネットワークでつながっていました。誰かが何かを思うとき、それは世界の考えでした。その考えすべてが共有され、一瞬にして世界規模の思考が結論をくだすのです。誰かの課題は世界の課題であり、世界全体で想いが共有され、世界全体が思考し施行する。しかし同時に、個々の営みは維持されている――それこそが地球の栄華だったのです。

 サンタは息をのんだ。あまりにも圧倒的で、あまりにも想像を絶する文明。

 しかし――とニコラウスは続ける。映像が一転、輝ける太陽を映しだす。

 ――人びとは考えたのです。身近にある、あの無限ともいえる太陽エネルギーを使い尽くしたい。そうすれば、我々の文明はもっと発展し、高みへと到るだろう、と。でも、それが間違いでした。

 ああ! サンタはうめいた。サンタは太陽が苛烈な赤みを増し、爆発的に肥大化していく様を見た。その燃えあがる天球は、人びとの駆る宇宙船団を飲みこみ、地球をも吞み尽くしていく。人びとが地獄の猛火のなかで死んでいく。ありとあらゆる人びとが、男も、女も、老人も、子どもも、そのすべてが――。

 ――試みは失敗しました。暴走する太陽に飲みこまれ、地球は滅びたのです。そして、たった一人だけ生き残った。

「それがお前ってことか」
「そういうことです」

 映像は消え、夜の港湾が戻ってくる。眼前にはグレースーツを身にまとったニコラウスと、光りに包まれたクロス子がいた。サンタは拳を握り締め、問うた。

「それとこの状況に、なんの関係があるッてんだよ……!」
「いやいや、大ありなんですよ」

 ニコラウスはうなずく。

「たった一人、生き残ったわたしは誓ったのです。人類を必ず再興してみせると! だから永劫ともいえる時間をかけて宇宙をさまよい……地球に近い環境を探しつづけました。そうして見つけたのがこの惑星なのです! 種をまき、生命をはぐくみ、そうやってあなたがたが生まれた。言ったでしょう? わたしは創造主だと!」

 ニコラウスは続ける。

「ふふふ。そして我が願望を成就させるために。わたしは、あなたたちに贈り物をしたのです。もうお気づきかな? それこそが」
能力プレゼント……」
「ご明察! 能力プレゼントの進化収斂の先に、わたしの願う未来はあります! そしてサンタ。君は実にいいところまで来ています。わたしの願いが成就するまであともう少しというところまで、君はたどり着いている……」

 ニコラウスは懐かしむように遠くを見つめた。

「ようやくです。ここに到るまで。どれほどの時間が必要だったことか……。長かった、本当に。何十億もの時を経て、ようやく君という希望が現れたのですからね。だからね、サンタ。わたしは本当に期待しているんですよ。必ずや君なら、これから与える試練テストにも打ち勝ってくれるとね」
「試練だって……?」
「そうですとも!」
 ニコラウスは頭上のクロス子を指さした。クロス子を包む輝きが増し、ニコラウスを照らしだしていく。逆光となったニコラウスの顔には、禍々しい笑みが浮かんでいた。

「今からこの娘を太陽に打ちこむ!」
「なんだッて!?」

「この娘をコアにして、かつて地球で起きた人類の滅びを再現するのだッ! ははは、これこそが最後の試練です! さあ、わたしを止めてみるがいい――サンタッ!」

 その瞬間「うぉぉッ!」サンタはニコラウスに殴りかかっていた。ニコラウスは笑う。

「実に元気ですばらしい! だがッ!」

 その笑顔にサンタの拳が叩きこまれる! しかし、ニコラウスは微動だにしない。まるで手ごたえがない!
「な……ッ?」
 なにか不可視の防壁が、ニコラウスの表皮を包みこんでいるかのようだった。
「言ったはずですよ……わたしは、創造主だと!」

 サンタの足もと。地面が紫シチューじみて溶解し、その足をからめとっていく。「う!?」動けない! さらに赤い閃光が迸り、今度は、ニコラウスの拳がサンタの顔面に炸裂していた。しかも!

 ――これは!

 直後、爆発! アツシが放ったものと同じ力だ。だが、大きく異なる点があった。ニコラウスは叫ぶ!

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!」

 その怒涛の規模はあまりにも桁違いであった! アツシの何万倍もの連打が、一方的にサンタをボコっていく! 圧倒的な爆轟が生じ、
「うわぁぁぁッ!」
 サンタはかっ飛んでいた。その吹き飛ぶ中で、サンタは見ていた。極彩色の輝きに包まれるニコラウスを。そして理解する。あぁ、こいつは……コイツは! ありとあらゆる能力プレゼントを使いこなしやがるんだッ!

「そうともッ!」
 ニコラウスが手を広げ吠える!
「これこそが創造主たる我が能力プレゼント――」

 Quantumcumque Conveniatis, Me Vincere Non Potestisクァントゥムクムクェ・コンウェニアティス・メー・ウィンケレ・ノン・ポテスティス――アンタらなんかじゃ束になっても敵わん!

「ぐわーッ!」
 サンタはいくつもの港湾施設を突き破り、街中を突き抜け、吹っ飛び、転がり、そして摩天楼のビルに激突して止まった。
「うう……」
 見あげると、宙に浮かんだニコラウスが彼を見おろしている。その頭上には、光りに包まれたクロス子がいる。ニコラウスは言い放った。

「サンタ……君を、太陽で待つッ!」

 その姿がぐんぐんと上昇していく。
「待て……」
 サンタは追いすがるように手を伸ばした。
「待てって……」
 だが無情にも、ニコラウスとクロス子は夜の彼方へと消えていく。
 クロス子……!
 傷ついた体を持ちあげながら、彼の胸の裡を占めていたのは怒りではなかった。
 彼女への想いだ。
 幼いころ、サンタは不甲斐ない少年だった。やんちゃなくせに不器用で、そんなサンタを常に助けてくれたのが彼女だった。
 どんな時も、いかなる時も。彼女がそばにいることで、サンタはこの異常超人溢れる過酷な世界の中で、生き残ることができていた。それが当たり前の日常だった。それが当然だと思っていた。それなのに俺は。そのくせに俺はッ!

 あのコを助けることすら、できねェッてのかよ……!

「くそッ!」
 サンタは拳をアスファルトに打ちつけた。サイレンの音が聞こえてくる。ここまで街が破壊されたのだ。いずれ、能力プレゼント持ちの警邏どもやさまざまな勢力が大量に駆けつけてくることだろう。俺は……俺はッ!

 シャンシャンシャン……。

 サンタは顔をあげた。奇妙な音が聞こえてくる。サイレンに入りまじるように聞こえてくるその音は――。
 鈴の音?
 サンタは耳をすます。それは夜空のどこかから聞こえてくるようだった。
 シャンシャンシャン……。
 やがてその音の源は、サンタの前に滑るように降りてきた。
「え? は? トナカイ!?」
 そう、トナカイだった。四頭立てのトナカイ曳くソリが、静かにサンタの前に滑り降り、止まっていく。
「ブルォォォ……」
 トナカイたちは親しげにいななくと、サンタに顔を寄せ、鼻をすりつけてきた。
 なぜだかわからない。でも、わかる。
 このトナカイたちは俺の仲間だ。そして――。
「お前たち。俺を太陽まで連れて行ってくれるんだな?」
「ブルォォォ……」
 トナカイたちはうれしそうに嘶いた。その瞳は優しくサンタを見つめている。サンタは――。
「よぉしッ!」
 拳と拳を打ちつけた。優しい瞳に見つめられていると、なんだか勇気が湧いてくる。イケる気がする! 創造主? 上等だ。ぶちのめす! そしてあのコを……クロス子を、救い出すのだ! サンタはソリに飛び乗った。

「よぉし、行くぜ!」
「「ブルォォォ……!」」

 トナカイたちは駆けあがる。空を、そして宇宙へと。サンタたちは光に包まれていった。グングンと速度が上がっていく!
 やがて、自分とトナカイたちが光の速度で宇宙を駆けているのだとサンタは理解する。
 なぜだかわからない。でもわかる。言葉が脳裏に浮かんでくる。これは能力プレゼントなのだ。これこそ極限の中でサンタが得た新しい能力プレゼント――。

 Rudolphus Nasus Ruber Cervusルドルフス・ナスス・ルーベル・ケルウス――真っ赤なお鼻のトナカイさん!

 灼熱の輝きが目前へと迫っていた。太陽だ。その熱が、ひりひりとサンタの肌を焼いていく。

「見事! ルドルフス・ナスス・ルーベル・ケルウス真っ赤なお鼻のトナカイさんまで発動させるとは――本当に、君はすばらしい!」

 太陽を背に、ニコラウスが笑みを浮かべて浮かんでいた。
「てめェ……」
 サンタは拳を握り締める。
「クロス子は、どこだッ!」
「あっちですよ」
 ニコラウスは指さした。
「ああッ!?」
 光に包まれたクロス子が、太陽の中へと落ちゆくのが見えた。
「クロス子ーッ!」
 ニコラウスは笑った。

「さぁ、どうします?」

 一か八かだ。やるしかない……やるしかないのだ!

 サンタは叫び、ソリから跳躍した。ぐんぐんと太陽が近づいてくる。そのあかき灼熱へと身を投じる! 圧倒的な熱の波濤が押しよせてくる。熱い。熱すぎる! これはまさに熱の暴力だ。無敵の肉体を持つ彼でさえ、このままでは沸騰・即・爆死はまぬがれない。

 だが、それでも。そうだとしても!
 サンタはカッと目を見開く。

 煮えたぎる奔流の向こうに、光りに包まれた愛しいあのコの姿が見える。クロス子は胎児のように身を縮め、まるで眠っているかのように目を閉じている。

 救うのだ。なんとしてでも。俺の体がどうなろうとも。たとえこの身が爆発しようとも。絶対に。絶対にだ。絶対に、彼女だけは――。

 サンタ爆発まであと三十秒!

 走馬灯のように、サンタは過去を思いだしていく。
 地獄のような日々。それでもクロス子に助けられ、生きてきた日々を思いだしていく。彼女を中心に笑いあう人びとがいた。彼女は常に人を助け、支えあい、そうした笑顔の中心だった。
 世界は地獄なのかもしれない。狂った能力者どもの非道がまかりとおる、そんなクソみたいな世界なのかもしれない。でも、そうだとしても。そうだったとしても。そうだからこそ!

 クロス子のまわりにあった笑いは、ぬくもりは、温かさは――! それだけは、本物だった!

 サンタ爆発まであと二十秒!

 少しずつ、少しでも! サンタはもがき、クロス子に近づいていく。あと少し。あともう少し。あと、ほんの少し――。手を伸ばせば届く――。

「おっと。そう簡単にはいきませんよ。なにせ、最後の試練テストですからね」
 もがくサンタの前に、ニコラウスが立ちふさがった。
「――!」
 ニコラウスが手をかざす。灼熱が触手じみて蠢いた。
「な……ッ」
 触手はサンタにまとわりつき、彼を縛りつけた! さらなる熱が体をさいなんでいく!

 もはや肉体の限界は近い。サンタの体は内側から沸騰をはじめていた。

 サンタ爆発まであと十秒!

 サンタはもがいた。だが、灼熱の触手はますます彼の体に喰いこんでいく。
「どうしました? その程度ですか?」
 ニコラウスが嘲笑った。

 くそ。ダメなのか……もう俺は……。

 ニコラウスの肩越しに、愛しいあのコの姿が見えた。くそ……クロス子……。サンタの脳裏に、クロス子の口癖が浮かんでいく。

 私がいないと、てんでダメ。

 そうだ……俺は……。思い出の中の彼女は、いつも心配そうにサンタのことを見つめていた。俺は……。

 君はほんと……心配させますね。

 ああ、クロス子……君がいたから。君がいたからこそ。俺は生きてこれたんだ。君がいたから、俺はこの世界にいられたんだ。君がいたから、俺は幸せだったんだ。君がいたから、みんなは笑っていられたんだ。君がいたから、この地獄みたいな世界が輝いて見えたんだ。君がいる世界が当たり前だった。君がいる世界が俺のすべてだった。君がいたから。君がいたから、俺は――!

 君がいたから……君がいたから……君がいたからッ! 君がいたからこそッ!

 サンタの中で想いが渦巻き、それは言葉となって迸る。サンタは叫んでいた!

「俺は、君が好きだーッ!」

 サンタは爆発した!

 その瞬間、サンタは閃光そのものとなり、「ふっ、それでいい……」そう笑みを浮かべたニコラウスを吹き飛ばして消滅させ、クロス子を抱きかかえて太陽をも貫いた! 巨大な太陽フレアと化し、サンタは太陽から噴き出していく!

 それは奇跡だった。それこそがニコラウスの望みだった。かつて人類は驕りによって滅んだ。だからニコラウスは、年に一度に訪れる「聖なる夜」の伝説を人類に伝え……そしてその夜、一夜限りの本物の奇跡が現れることによって、人が謙虚となることを望んだのだ。

 能力プレゼントを授けられし人類進化の収斂の先に……ついにそれは発現した!

 Verum Miraculum Sanctae Noctisウェルム・ミラクルム・サンクタエ・ノクティス――聖なる夜の真の奇跡!

 その閃光は宇宙を貫く――。

 やがてサンタは……クロス子をお姫様抱っこして、宇宙空間の中で茫然と太陽を見つめている自分に気がついた。

「は? 俺たち……なんで生きてるんだ?」

 シャンシャンシャン……。

 真空の宇宙空間に鈴の音が鳴り響く。トナカイたちがサンタを迎えにやってきたのだ。
 くすくす。腕の中でクロス子が笑っていた。「クロス子!」思わずサンタは半べそになってしまう。
「よかった……目を覚まして!」
 そんなサンタを、クロス子はいたずらっぽく見つめている。

「ねえ……。さっき、君はなんて言ったのかしら」
「は?」
 サンタは首を傾げ、しかし、途端に記憶が戻ってくる。

 俺は、君が好きだーッ!

 クロス子が微笑む。

「ねえ……もう一回言ってくださらない?」
「え!? は? ちょ、なに!?」
「もう一回……」

 耳まで真っ赤になったサンタの首に、クロス子は腕を回してささやく。

「言ってくれるまで、離さないですよ」



 Merry Christmas…

【fin.】


毎年恒例パルプアドカレ。今年はめっちゃ忙しいので参加するか悩んだんですが、結果楽しく書けたので「参加してよかったなあ」としみじみ思いました。飛び入り参加大歓迎!

明日の担当は初瀬川みそらさん! パルプアドカレは12月24日まで続きます。めくるめくパルプの洪水をどうか楽しんでください!

ヘッダー画像はDALL-E3にて生成したものをベースに利用しています

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しゅげんじゃ
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