邪悪な”毒姉”に悩まされる妹の苦悩を描く、渡辺優の最新作『悪い姉』。作家の小嶋陽太郎さんによる書評を公開!
渡辺優さんの最新長編『悪い姉』が発売されました。
いじめや暴力などの問題行動を起こす”毒姉”と、その姉の支配に悩む年子の妹を描く、スリリングな青春長編小説です。
いつか姉を「殺す」という未来を夢想しながら生きている妹。
ただの空想なのか、それとも本気か? 妹の決意の行方とは…。
ラストまで目が離せません!
作家の小嶋陽太郎さんによる書評、ぜひご一読ください!
『悪い姉』渡辺優 著 (集英社)
ISBN 978-4087717259
本体1600円+税
姉殺しと前髪の調子に一喜一憂する女子高生の物語
数年前、対談の機会をいただいて渡辺優さんにお会いしたことがある。終始謙虚で朗らかだった。毒や刀を腹に隠しているのは間違いないけど、そもそも毒や刀がない人みたいに見えるぞ、と困惑した。
『平穏な生活を手に入れるために殺すのだから、絶対にバレてはいけないと思った。』
不穏な一文で物語は始まる。
主人公・麻友の殺したい対象は彼女の姉だ。タイトルがしめすとおり、この姉がとにかく悪い。ひとくちに「悪い」といってもさまざま種類があるが、この姉は本質的に悪い。人を傷つけることに喜びを感じる、世界にとってネガティブな存在である。
「殺す」という言葉を口にする人は案外多い。実際に口にしないまでも心の中でつぶやいたことさえない人は、そういないのではないか。
私も何度か他人に対して、ぶっ殺してえなこいつ、と思ったことがある。これはなにも特別なことではなくて、とくに十代のころには瞬間的にそのような気持ちになりやすい(経験則から)。だがこの場合の「殺す」はただの言葉で、本当に殺そうとは思っていない。
本書の主人公である麻友にとっての「殺す」は、ただの言葉ではない。彼女は自分の世界を守るために、「悪い姉」を殺すと決める。が、いくら悪い姉とはいっても家族である。本当に殺してもいいものかという葛藤が生まれないはずがない。彼女にとっての「殺す」は、これ以上ないほど切実な決意である。
と、こんなふうに書くと、なにやら陰気な話なのね、と思われるかもしれないがしかし、決してそうはならないのが渡辺さんのすごいところである。
姉を殺すという通常ではありえない決意を抱える一方で、朝、前髪の調子に一喜一憂し、好意を寄せる男子との会話に胸を躍らせる。そんなアンバランスな麻友の、女子高生的にフラットな、さばけたユーモアに満ちた語りに何度もニヤリとさせられる。彼女の世界は少しもじめじめしていない。
だがそこには同時に、純粋悪でありサスペンスそのものでもある「悪い姉」が存在し続けている。
そうしたユーモアと緊張の絶妙なバランスに引っ張られるままにたどりつく結末付近、嘘のない麻友の言葉にハッとさせられる。
ある意味で現実的な容赦のなさが凝縮したようなラストに、私は思わずウググとうなった。
渡辺さんの作品にはぬるさがない。容赦もない。嘘もない。
本書を読んで、また渡辺優という人に困惑しなおした。
こういうものを書くのにあんな昼行燈のような顔をして、あの人相当おっかない人だな。
――この書評は、小説すばる2020年9月号に掲載されたものです。
評者/小嶋陽太郎(こじま・ようたろう ) '91年長野県生まれ。'14年『気障でけっこうです』でボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『放課後ひとり同盟』『友情だねって感動してよ』など。
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