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長編小説『遠の眠りの』のこと。著者の谷崎由依さんからメッセージ

 谷崎由依さんの最新長編小説『遠の眠りの』が12月に刊行になりました。

 昭和初期の福井を舞台に、貧しい農村に生まれた少女・絵子が、旧弊な実家を飛び出し、紆余曲折を経て、百貨店附属の「少女歌劇団」で脚本係を務めることになる…という物語。家父長制の強く残る時代に、自分の手で運命を切り拓いていく、主人公の姿が心に残ります。

 かつて福井市に実在した百貨店に着想を得て書かれており、歴史に裏打ちされた物語のダイナミズムを実感できる物語です。

 このたび、著者の谷崎由依さんから、刊行に寄せてメッセージが届きました。ぜひご一読ください。

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谷崎由依『遠の眠りの』(集英社)
2019年12月5日発売
ISBN:978-4-08-771687-0
定価:本体1800円+税

昭和初期、福井市の百貨店に「歌劇団」があった

 はじめて文芸誌(「すばる」)で連載させていただいた長編『遠の眠りの』の単行本が、12月初旬に刊行になりました。でもその校了と時期をおなじくして、著者のわたしは入院生活をすることになってしまいました(といっても重病とかではないのですが)。

 たくさん時間をかけた小説だから、インタビューやイベントの機会があれば、いろいろお話したいなと思っていたのですが、すべてできなくなりました。そこで編集者さんと相談し、このnoteを借りて少しだけ語らせてもらうことにしました。

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 きっかけは2014年の秋、福井県立こども歴史文化館の館長に伺ったお話でした。昭和のはじめ、福井は人絹産業が盛んで、世界恐慌後の不況をそれで乗り切ったとのことでした。福井はわたしの生まれ育った土地なのですが、いまも地元で親しまれている百貨店だるま屋には、そのころ少女歌劇部まであったというのです。

 あのローカルなだるま屋に、宝塚みたいな歌劇団があった――。驚きだったし、とてもわくわくしました。館長の語り口が、楽しげだったからかもしれません。その時代の福井を、いつか書きたいと思いました。
 資料を集め、調べていくうちに、それは都市部と農村の格差が広がった時代でもあったと知りました。そんな世界を背景に、絵子という主人公を置いてみたとき、物語が動き出した気がします。

 本なんか読むのは時間もお金も無駄、とは、わたしの母が幼いころ、農家をいとなんでいた両親に実際に言われていた言葉です。男の子のほうがお菜が多かったというのも、母の友人が経験したことでした。
 そうしたことに、絵子は怒っている。
 昔の話を書いていたつもりでした。でも連載中に、東京医科大の点数操作があかるみになり、ああ、これはぜんぜん昔のことではなかったんだな、と感じました。

 絵子の造形には、その少し前に翻訳したコルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』の主人公コーラが影響していると思います。
 奴隷制の持つさまざまな側面を見ることになるコーラと、地方都市のさまざまな顔を、そして女性たちが抱えている問題を垣間見てゆく絵子は、わたしのなかでは重なっています。

最終回の執筆時、主人公と一緒に戦争を追体験した

 百貨店だるま屋の少女歌劇部は5年ほどでなくなってしまうのですが、そのころ日本は戦争へと突入していきます。
 この小説、はじめはもう少しふんわりとした、幻想的な文体で書いていくつもりでした。でも太平洋戦争を書かなければ終われないと気がついたとき、もっときちんと書かなければ、調べられるだけ調べて、物語に対する責任のようなものを自分なりに取らなければ、と思うようになった気がします。

 最終回を書き終えたあと、しばらく涙が止まりませんでした。たぶん、ある種のショック状態だったのだと思います。絵子と一緒に戦争を追体験したことが、つらかったのだろうと。小説を書いていて、こんなことははじめてでした。

 絵子はわたしには似ていない、自分はもっと気が弱いし、と思っていたけれど、意外にそうでもないのかも、と最近感じています。わたしが作品らしきものを書いたのは、高校演劇の脚本が最初でした。でも上演されたあとで苦しくなって、その後やめてしまいました。小説のなかの絵子の行動と、奇妙に重なります。

 ……と、まだまだ話したいことはたくさん出てくるのですが、作者が語りすぎるのも鬱陶しいかもしれないので、このくらいでやめておきます。
 このnoteをきっかけに、『遠の眠りの』に興味を持ってくださるかたが少しでも増えたら、とても嬉しいです。

 病室から出られないわたしに代わって、この本と絵子がどこまでも歩いていってくれますように。

2020年の年初に
谷崎由依

著者プロフィール
谷崎由依(たにざき・ゆい)
1978年福井県生まれ。作家、近畿大学文芸学部准教授。2007年「舞い落ちる村」で第104回文學界新人賞受賞。19年『鏡のなかのアジア』(集英社)で第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。小説のほか、英語圏の小説の翻訳を手がけている。著書に『舞い落ちる村』、『囚われの島』、『藁の王』、訳書に、ジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』など。

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