蕎麦が笑んでます
農家の丹精する田や畑の風景は、自然の森や空よりも尚美しく散歩の目を楽しませてくれる。
9月の初め頃に一面真っ白に咲いた蕎麦の花。
花が真っ白なのはほんの1週間ほどのこと。
すぐに黄土色に落ち着き、2週間もすると実をつけ始める。
10月に入るとどの畑も赤茶色…絵具の顔料名で言うならバーントシェンナ(焼きシエナ土)に染まる。
近づいてみると実がはじけている。実のこんな様子を「笑んでいる」と言う。
ボクは秋の実の弾けるのを見るといつも「野菊の墓」のシーンを思い出す。
青空文庫 伊藤佐千夫「野菊の墓」
正男とともに山の畑へ棉摘みに来た民子が棉の実の弾けているのを見て
「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」
と言う。「笑む」は花のつぼみがほころびることを言うが弾ける実の様子にも使うことを初めて知った。
棉摘みにゆく往復路の秋が沁みるほどに美しい。そして感受性豊かに反応する民子の描写がいっそう美しい。筆者は無邪気で無自覚な民子の様子を淡々と綴って秀逸である。この作品が名作たる由縁は、この棉摘みと数日前の茄子畑の情景描写にあろうと思う。これほどに美しい秋の表現をボクは他に知らない。
今年も山里では秋が笑んでいる。