ビストロ☆シュウ15/海苔の佃煮
ボクたちの八ヶ岳しらべ荘への移住では荷物や家電,食品などで三世帯分をひとつにまとめる必要に迫られた。すなわち,東京の自宅と職場ともともとしらべ荘にある生活用品である。とにかく捨てた捨てた。質,量ともに断捨離とか終活のレベルである。調味料や乾物などの食品はドレミがきちんと期限順に整理して計画的に消費している。
「この海苔はSさんからもらったのだけれど湿気ってしまってあぶってもダメ。捨てるしかないかしら。」
「待った!」
大事な人からのいただき物が処分の危機にあるときボクは天才クッカーである。クッカーとは造語で,なぜコックではないのかと言えば,味音痴の妻以外にはテイストする人間がいないからだ。天才と断定するにはいささか客観的評価に欠けている。
日本酒と味醂を煮切り,適量の水に砂糖と醤油で佃煮にする。
1582(天正10)年,本能寺の変を知った徳川家康は世にいう伊賀越えに先立ち,明智軍の追及を逃れて,堺から海岸線を北上して木津川方面を目指していた。道中,現在の西淀川区付近で神崎川を越えられずに進退窮まった。そのとき,中洲にある佃村の漁師たちが舟を出して一行を助けた。家康はこのときの恩義を忘れず,江戸開闢に際して,大川河口の島に佃村の漁師たちを移住させて江戸前の漁業権を与え保護した。これが佃島の始まりである。小魚や海藻を甘露煮して保存する技術はこの漁師たちが江戸に持ち込んだ。
海苔を煮るほどに潮の香りがふゎーっと立ち上がってきた。濃縮されていたグルタミン酸やイノシン酸が煮汁に溢れ,一切の出汁も必要ない。水飴の代わりに蜂蜜を加えるとつやりと光る佃煮が完成した。
添加物が入っていないので市販の海苔よりずっと味も香りもよい(個人の感想です)。保存料にチューブのワサビをどっさり加えてあるのでその風味もまた良い。