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樽の蓋
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春先から軒下に収納してあった樽の蓋を残らず庭に出して割る作業をしていた。真夏になってようやくそれが終わった。これらは近くにある大手酒造メーカーの蒸留所でウィスキーの熟成に使われていた樽の蓋である。固い固い樫の木をいったいどうやって加工するのか、木の継ぎ目からは水も漏れない。…当たり前ではある。その継ぎ目には金釘も使われているものも一部あるがほとんどは木製の隠し釘で継がれている。手に取ると信じられないほどの精巧さで作られている。その上ボクがこれらの蓋を買ったのはなんと30年前である。軒下に放置してあったにも関わらずご覧のように形状はびくともしていない。割れているのは後の手間を考えてわざと放り投げているからである。割ってストーブの薪として使う。
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およそ30年前にしらべ荘を建てたとき、この薪ストーブを米国バーモント州から輸入し暖房の中心に据えて設計したのはオシャレが目的ではなく専ら実用面とコストからの選択であった。見た目はクラシックだがこのストーブには当時のハイテクが駆使されている。日本製ストーブの性能はたぶん今でも足元にも及ばない。まず庫内の気流が薪のカロリーを逃さぬよう計算されつくされている。おまけに扉の裏にはエアーカーテンが下りてガラスに煤がつかない仕組みまである。寝る前に良い薪をいっぱいに詰めてダンパーを閉じ吸気を絞ると夜通しとろとろと燃え続ける。朝、室内が氷点下になるのを防いでくれる。これが実用面である。
そしてコスト面が樽であった。当時、蒸留所では樽も蓋も廃棄物…つまりゴミとして二束三文で売られていた。呼び名も薪だった。レンタカーで2tトラックを借りて買い付けに行ってもFFストーブに使う灯油のランニングコストよりはるかに安かったのだ。ところが余計なことに気づいてしまった人がいる。樽を植木鉢や家具、調度品に加工すると飛ぶように売れたのである。樽は廃棄物ではなくなり、値上げどころか売られなくなってしまった。我が家を含め、この樽を頼りにしていた周辺の家では薪代がいきなり数倍となった。さらに最近は別荘族の間で薪ストーブがはやりとなり、薪はどんどん値上がりしている。薪の調達先を工夫しないと灯油の方が安くなってしまう。
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樽の蓋をすべて割って薪小屋に積んだ。もうこれだけしかない。他の薪を買い足しながら2、3年かけて小出しに燃やそうと思う。…と言うのも他でもない。樽の蓋をくべると微かに芳しいウィスキーの香りがするのだ。
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踏み石代わりに庭に置いてあった蓋も回収した。朽ちているものは焼却炉に入れたが、どうしてどうして腐っても鯛ならぬ朽ちても樫である。数本燃えるのに半日もかかる。そこで手間はかかるが焼却炉でいぶしてから水洗いし天日干しするとキレイな薪になった。
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ストーブをちんちんと焚いた部屋で飲る冷たいハイボールはまた格別のうまさ。さても冬の来るのが楽しみなことである。