見出し画像

灰色に恋した人たちへ

彼は、風変わりでとても愉快な人だった。
飄々としていて、何を考えているのか掴めない人。
もっと、知りたいと思った。
気づけば、好きになっていた。
なかなか縮まらない距離に痺れを切らし、好きと伝えた。
そして、両想いになれた。
これで、彼をもっと知ることができる。
もっと、もっと……

好きではいられないことを知ることになるなんてね。


これは、もしかしたらわたしの好きになった人は「グレーゾーン」だったのかもしれないというお話。
パートナーと通じ合えない、得体の知れない違和感を感じている方に、ぜひ一読してもらいたい。

わたしは医師ではないので確実なことは言えないし、決して相手を非難したいわけではない。けれど、わたしが悩んで苦しんでいた以下の違和感は、彼がグレーゾーンであることですべて理解できるのだ。

・曖昧な言葉が理解できず1から10まで説明しないと伝わらない
・こちらが言ったことに対し奇想天外な捉え方をして、返答も奇想天外
・真面目すぎて、そんなこと言わなくてもいいのにというようなことまでわざわざ口に出す
・たまに場の空気が読めていなくて暴走している
・相手のことを見ていない(知ろうとしない)、だから寄り添うことができない
・愛情表現が薄い
・パターン化した行動を好む
・こだわりが強い(こだわらないことのこだわりが強かったりも)
・自分が興味のあることなら通じ合えるが、それ以外は事務的な反応
・一方的に話し続ける

これらは自閉症スペクトラム障害(ASD、アスペルガー症候群)の特徴に沿って、彼に当てはまることを書き出してみたもので、もちろんこの他に当てはまっていないものもある。というか、こんなことを言い出したら、わたしだって誰だってグレーゾーンじゃんとも思っている。だからこれは、グレーゾーンを非難するために書いたものではなく、グレーゾーンを理解するために、彼をグレーゾーンと仮定して書いたものだということを念頭に置いて読んでほしい。

わたし自身が、「カサンドラ症候群」なるものを知り、どんなに救われたか。その経験談を読むたびに、心が軽くなっていった。もう、相手を憎むことも、自分を責めることもしなくていいのだと。
だから、わたしの経験談で誰かの心が軽くなればいいと思う。

カサンドラ症候群とは、パートナーや近しい人がアスペルガー症候群をはじめとした共感性の低い特性がある場合に起こる、心身の不調のことです。

「カサンドラ症候群」とは何か
〜いちばん近しい人と、共有できない〜

久しぶりの恋だった。もう誰かを好きになることはないのかもと思っていたふたりだったから、最初はすべてが楽しかった。お互いの好きな本や音楽、漫画やゲームを教え合ったり。愛情表現の薄い彼も、この頃はさすがに浮かれてくれていたと思う。だから、ちゃんと好かれようという努力をしてくれていた。今思えば、この努力が彼にとってどんなに尊いものなのか、わたしはわかっていなかったな。


最初の衝突は、彼が出張先で飲み会へ行ったときのこと。
女性のいる会ではなかったし、彼の真面目な性格やモテない見た目(失礼)からも、心配するようなものではなかった。何より、彼はお酒が飲めなかった。
しかし、わたしには彼の知らないトラウマがあり、大切な人がお酒の絡む場へ行くこと自体が精神的負荷になっていた。けれど、これまでの飲み会でもきちんと連絡をくれる人だったので、今回も大丈夫であろうと思っていたのだった。

23時頃の時点で、「もうすぐ終わりそう」とLINEをくれた。
しかし、そのあと0時過ぎても連絡がこなかった。蘇るトラウマ。
「もうすぐってどれくらいの時間のことなの?」とLINEをした。
しばらく返ってこず、1時あたりになってから、「今ホテルに着いた」と連絡がきた。
こんな時間になった理由は、もうすぐ終わりそうだったのは本当だが、その少しあとに別の人が合流したので、延長したとのことだった。

わたしはブチギレた。

だったら、その人が合流して延長することになったときに、「もう少し飲むことになった」と連絡すればいいし、それができなかったとして、なぜ次の連絡がホテルに着いてからなのか。お店の外で解散した時点で、タクシーに乗った時点で、もっと早いタイミングで連絡ができたはずだろうと。トラウマのこともこれを機に話した。

彼は、連絡するのを忘れていたと言った。はぁ? とは思ったが、言い訳をせずに謝罪し、ひたすら反省している彼の様子に、わたしは引き下がった。
問題は、今後の飲み会についてどうするかということだ。今回のことで腹を立てはしたが、彼への信頼は揺らいでいない。なので、行かないでほしいとは思わない。むしろ、行くなら飲み会を心から楽しんでほしい。わたしのことを気にして、逐一連絡なんてしてほしくない(こちらもそんなにヒマではない)。
考えた末、「飲みはじめるときと、0時を過ぎそうなときは一度状況を連絡すること」というルールを提案したが、彼は不服そうに「できないときもあるかもしれない」と言ってきた。これは、彼の真面目さ故の発言だ。

そうだね。必ずできるとは言えないよね。たとえば誰かが急性アルコール中毒になって倒れてる状況だったら無理だよね。だけどそんな状況なら、なんで連絡をくれなかったの! なんて怒らないよ。そこらへんは臨機応変でいいよ。とわたしは伝えた。すると彼は、臨機応変がわからないから、とにかく逐一連絡すると言うのだ。

なにそれ。

けっきょく、わたしが何に不安を感じ、何を嫌がっているのかが彼には汲み取れないのだ。想像力の欠如。「相手のことを考えて連絡する」ではなく、「連絡してと言われたからする」であるから、臨機応変の曖昧さを判断できない。連絡できない可能性があるのに、連絡するとは言えない。彼の中では0か100しかない。誠実と言えば誠実と言える。頭は良いので、起こりうるすべてのパターンを説明すれば対応できるかもしれない。しかし、そんな説明はしんどいというかほぼ不可能だ。

この1エピソードだけでけっこう長くなってしまったが、他にもこういったことが付き合っていく中で積み重なっていった。
わたしは説明が下手だし、人にとやかく言うのも好きではない性格だ。だから、何かあったときに全部説明しないと伝わらない相手と向き合うことはストレスになっていた。そうなってくると、伝えようとすることを諦めるようになる。彼には笑顔でいてほしい。わたしが些細なことを気にしなければいい、心を無にして……そして、わたしがそんな悩みを抱えていることに、彼が気づくことはない。彼はわたしを奥深くまで知ろうとはしないから。


なんて、ひとりなんだろう。


付き合っているのに、両想いなはずなのに、ひとりでいるときよりもひとりぼっちだ。
彼のことを知りたかった。知れば知るほど好きになるものだと思っていた。
けれど違った。近づくほど、彼はわたしを見ていないことがわかってしまう。

知ることができたのは、好きではいられない人だったという事実。

けっきょくわたしから別れを切り出して別れた。その際、わたしが何に苦しんでいたのか伝えようとしたが、半分も伝わっていなかったように思う。しかしそれは、わたしの伝え方も悪かったと今は反省している。

わたしは、こんな簡単なこともわからないの! と腹を立てていた。
けれど、彼にとってそれは簡単ではなかったのだ。
わたしは、わたしのこと全然好きじゃないじゃん! と自信をなくしていた。
けれど、彼なりに精一杯の愛情をくれていたのだ。

付き合っているときにグレーゾーンについての知識があれば、もっと彼を大切にできていたのではないかと思う。けれどその場合、今も悩んで苦しんでいたかもしれない。この問題は、がんばればどうにかなるものではなく、身体(脳)の問題であるから複雑だ。ASDについての正しい知識を身に付けて、それでも傷つきながら、彼との関係を諦めないでいられただろうか。

人生相談のYouTubeで、こんな話があった。
長年、夫と子ども、家族のために家業の手伝い・家事・育児をしてきた奥さんが、大病を患った。なのに、夫は病院の送り迎えもしてくれず、奥さんは自転車で病院を行き来したそうだ。どうして……と、自転車を漕いでいるときに涙が出てきたという。こんな夫とこれから先、どう連れ添っていけばいいのかと。
その話を聞いたとき、何それ酷い。わたしでも泣くわと思った。この話のポイントは、夫婦仲が悪いわけではないということ。この相談に対しての回答が、”旦那さんは発達障害かもしれない” だった。言わないとわからないから全部言いなさい。病院に車で送ってほしいのなら、「自転車で行くのは体が辛いから、車で送ってほしい」と言いなさい。とアドバイスされていた。

そんなことまで言わなきゃいけないの……きっつー。

しかし、程度の差はあれど、グレーゾーンの人と付き合うということは、そういうことなのだ。こちらが大病を患ったとて、とて! なのだ。わたしは先にも書いた通り、人にとやかく言いたくない察して女なので、こんなことが続くなら気が狂ってしまうだろう。

念押しするが、グレーゾーンの人は悪くない。悪気もない。
だからこそ、向き合う相手が苦しむことになるのだけれど。


彼は付き合うときに、「自分は恋愛に向いてないけど、〇〇(わたし)さんとだったら穏やかに楽しく過ごせそうだと思った」と言ってくれた。わたしはその言葉を、本当の意味で理解できていなかった。思い出すと今でも心がキュゥとなる。目が潤む。

ごめん。本当にごめんなさい。

わたしが、彼とはたくさんのことを分かち合えるに違いない! と勝手な期待を抱いていたのと同じように、彼も温厚なわたしに期待してくれていたのだろう。お互い、自分を出すのが下手だったね。

もう、わたしのために努力してくれる彼はいない。純粋にわたしを好いてくれていた彼はいない。自業自得だ。けれどあのとき、こんな未熟なわたしに何ができただろうか。

彼をひとりぼっちにしてしまった。
なんて、胸を痛めてしまうが、先に心をひとりぼっちにされたのはわたしであるし、きっと彼は自分がひとりぼっちなことをさほど気にしていない。
わたしたちは、想像力や共感性についてあまりにも差がありすぎた。その部分の相性が悪すぎた、ただそれだけのことなのだ。


最後に。
彼と別れてからグレーゾーンへの理解が深まり、自分が思っていたよりもグレーゾーンの人たちはたくさんいるのだと知った。
なんだか変わっていて、それでいて誰のことも気にせず、自由に生きている(ように見える)彼らたち。その姿は、生きづらさを感じている人にとって、眩しく魅力的に映るのかもしれない。仕事熱心な人も多いようで、わたしもそんな彼に惹かれた。

だからきっと、灰色に恋をする人は少なくない。
そんな人たちのために、自分のために、書き残しておきたかった。
諦めるのか、別れるのか、とことん付き合うのか、どんな決断をするにせよ、それがあなたにとって納得のできるものであることを願っている。


いいなと思ったら応援しよう!