【連載小説】マザーレスチルドレン 第十話 のんだくれカジさん【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
どんっ!
入り口のドアが勢い良く開かれて一人の男が転がるように入ってきた。大きな黒いショルダーバッグを肩にかけた四十を少しこえたくらいに見える中年だった。
ハンチング帽にヨレヨレの半袖の開襟シャツ、それにかなり汚れが目立つジーンズを履いていた。すでにかなり酔っているようだった。
「いらっしゃ…… なんだカジさんか、また来たの?」
「悪かったね、マスターオレで。でもこの店は客なんて来ねえだろそんなに、だからオレが来てやってるのよ、いつもマスター一人で可哀そうだから」
カジと呼ばれる男、おぼつかない足取りで三席あるテーブル席の一番入口に近い椅子にドカッと腰を下ろした。
「またかなり出来上がって―― 一体どこで飲んできたんですか? 今日は絶対早めに帰ってくださいよね」
迷惑顔でマスターは言った。
「分かってるよ。昨日は悪かった。朝まで付きあわせて」
「そうですよ、オレも随分酔っ払ってたけどあの後でレイコと大喧嘩だったんだから」
「すまんすまん、今夜は少しだけ飲んだらすぐに帰るからさ」
「もう、カジさんは酒癖悪いんですからね、昨日もみんなに絡みまくってましたよ。まあ、どうせまた覚えて無いでしょうけど」
「分かってる、分かってるって、マスター、じゃ、とりあえずビールね」
「って、まったく懲りてねえなあ……」
マスターは冷蔵庫から瓶ビールを取り出すと慣れた手つきで栓を抜き、よく冷えたグラスと一緒にカジの座るテーブルに置いた。
カジは手酌でビールをグラスに注ぐとその泡立って不自然に黄色い液体を一気に飲み干した。
「ふぅぅー、仕事が終わっての酒はやっぱ最高にうまいね」
「よく言うよ、昼間っから酒飲んで仕事なんてしてねえくせに。なあ、ハル」
マスターは苦笑いしながらハルトに小声で呟いた。
「聞こえますよ、カジさんに」
ハルトがマスターにヒソヒソ声でいった。
「あー、ハルちゃんもいたの、 わかんなかったよ。そんなカウンターの端っこにいるから。大丈夫マスターの悪口はちゃんと聞こえってから。オレはねえ昔から耳はいいのよ」
大声でハルトに話しかけるカジ。
「ハルちゃん、オレはねぇ、ちゃんと仕事してるよ。そうだ今やってる仕事のお金入ったらさ、ハルちゃんをちゃんとした寿司屋に連れていってやるよ。旨いよ、本物の寿司は。こんなしけた店のわけの分からない食い物と違ってさ」
「悪かったね、カジさん! わけの分かんない料理で。でもウチの唐揚げは人気メニューなんだよ!」
「そうだよ、カジさんこの唐揚げ定食、最高にうまいよ、食べたことないの?」ハルトが言った。
「けっ、そんな何の肉使ってるかわかんない唐揚げなんて食えたもんじゃないよ、ハルちゃん」
「でも、マスターの作った唐揚げサクサクしててマジでおいしいよ」
「そりゃドブネズミのから揚げじゃねえの? 街の噂じゃあ……」
「カジさん!いい加減にしてくれよ。そんなこと言ってるとまた出入り禁止にしますからね、ウチのはれっきとした鶏肉の唐揚げ!」
マスターは、苛立たしそうにそう言った。
「わかったって、マスター。ちゃんとマスターも連れて行くから、寿司屋」
カジは少し焦った様子で言った。
「いいよ、オレは行かない。行きたくないもん。重油まみれの海で捕れた放射能汚染したサカナで握った寿司なんか食えたもんじゃないし」
「分かった、いいわ。じゃあハルちゃんと二人で行くわ」
「勝手にして下さい。っていうか、カジさんやっぱ仕事なんてして無いでしょ?」
「失礼な! マスターよぉ、オレは建築家だぜ、それも超一流の。あえていうなら一級より上、特級建築士だぜ。仕事のオファーは山のようにくるけど気が向かない仕事は一切受けないの、昔からそういう主義でやってんの、安売りはしないんだよ、オレ様は。だいたいオレがやるのは政府のでかい仕事とかね、例えるなら、そう、五輪とか万博とか都心の再開発とかそんな国をあげてのビッグイベントとかあるだろ? そういう政治家とか役人が絡む利権のでかい仕事しか受けないようにしてるんだ……」
カジは得意げにまくし立てた。
「はじまった、またその話かよ。そのあとはこの街のフレンドシップスクエアはカジさんの設計だって話だろ。もう聞き飽きましたよ。だいたいうちのツケすら払えないくせによく言うよ、そういう景気のいいウダ話する前にいい加減たまってる飲み代払って下さいよ、まったく」
マスターは呆れた様子で嫌味を言った。