【連載小説】マザーレスチルドレン 第六話 I Shall Be Released 【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
The Bandの演奏するアイ・シャル・ビー・リリーストが天井から吊るされた小型スピーカーから流れてきた。ボーカルの搾り出すようなファルセットが淀んだ店内の空気を僅かに震わせた。
僕のとなりにいる見知らぬおとこが
オレは悪くないと叫んでいる
僕は一日中そのおとこの叫びを聴いていたいんだ
オレははめられただけなんだっていう
悲痛なおとこの叫びを
ほら君にも見えるだろう
西から昇る太陽が僕らの顔を照らすのが
そのときに僕らはきっと
自由になれるさ
この国の経済は今から二十年前の西暦二千〇五年に破綻崩壊した。
それは数年前に起きた未知のウイルスによる疫病の世界的大流行が発端だった。
人同士のコミュニケーションが極端に制限され人の移動の停滞により生産活動や物流が止まり、物資の不足が生じた。 グローバル化によって発展した国境を越えるサプライチェーンも途絶した。
徐々に世界経済のバランスが崩れ始めた。先進国と言われていた殆どの国が連鎖的な経済危機に陥ってしまった。行き過ぎた市場原理主義、資本主義社会の崩壊だった。各国の物価は急騰した。物は売れなくなり、世界は失業者で溢れかえった。
主要各国はこの国の高品質で高価な製品を買い取る経済力を失ってしまった。もうこの国の世界に対する経済的影響力はゼロに等しいといえた。
完全失業率四十五パーセント、食料自給率五パーセント。
この国を含む周辺地域の国々は数年前に締結された協定により加盟国間のすべての関税を撤廃していた。
自国の工業製品を海外により安価に輸出し有利な貿易を行う事と引き換えにこの国は食料自給へ回帰する道を捨てたのだ。
あらゆる農作物、海産物、畜産物は近隣諸国から安価で輸入された。その事によってこの国の農業および漁業、畜産業、その他、第一次産業のほとんどは消滅して行った。
紛争と頻発する世界規模の気候変動、その影響による自然災害。各地で農作物への被害が相次ぎ、不作による穀物相場は急上昇、同時に家畜伝染病 の大流行で各国の家畜数も激減した。あっという間に未曽有の食糧不足時代がはじまった。
急遽ほとんどの食料輸出国は自国民の食料を確保するために極端な輸出規制を行った。外国に売る食料は存在しなくなったのだった。
各国はブロック経済体制を取り始め、再び世界経済は分断された。
それは資源がなく工業製品の輸出に頼ったこの国の経済にとって大きなダメージとなった。
食料自給率が異常に低いこの国はもちろんかつて無いほどの食糧難に見舞われた。
この国はあっけなく崩れ落ちた。飢えで死んでゆく人の山また山。
温厚でおとなしいといわれていたこの国の国民もさすがに国難時に全くにして無策の政府に対する不満を爆発させた。
市民の食糧配給に対する抗議デモは次第に大きな運動となっていった。
それはやがて暴動となり国中を巻き込んで拡大した。国内各地で荒れ狂う暴徒。
当時の政府は反政府デモを弾圧するために強硬手段を投じ軍隊を派兵した。
首都に戒厳令がしかれた。国民の権利を保障した法律の一部が効力を停止し、行政権・司法権のすべてが政府軍の権力下に移行した。
政府軍による市民の殺戮。多くの罪のない国民の血が流れた。
それでも飢えた人々は政府と戦う姿勢を崩すことは無かった。
政府軍による一般市民への攻撃。この事態に憤った軍の一部が政府軍から離反し武装闘争を開始した。
軍隊の幹部によるクーデター。そして強大な反体制組織が生まれた。
内乱は日を追うごとに激しさを増していった。これが後に泥沼とかす革命戦争の始まりだった。
混乱に乗じてテロリズムも横行した。反政府のテロリスト集団が国内の主要原子力発電所を同時多発的に爆破したのだ。
原発依存度の高かった大都市への送電は瞬時にストップしこの国は暗闇に包まれた。そして最悪なことに数基の原子炉が制御不能に陥り炉心が融解爆発した。
この事で原子炉内の放射性物質が大気中に大量に放出された。当初、政府は住民のパニックや機密漏洩を恐れ、放射能漏れの事実を公表しなかった。
また、付近住民の避難措置なども取られなかったため、多くの人々が甚大な量の放射線をまともに浴びることになった。高濃度の放射性物質で汚染された土地は居住が不可能になり、数百万人が移住を余儀なくされた。首都を含め主要都市は壊滅状態となった。
政府軍も同盟国の協力を得てテロリズムに徹底的なよる報復を……。しかし全ては遅すぎた。パンドラの匣は開けられた後だった。
五年続いた泥沼の内戦が終わると、勝利した革命軍の若きリーダーが新政府を立ち上げた。
開戦時一億二千万人いた人口は革命終了後には半減してしまった。なんとか残された六千万人は新時代の幕開けを迎えることが出来た。
希望に満ちた新しい時代が訪れると誰もが信じていた。
しかし実際にはそうはいかなかった。漏れ出した放射能はこの国を覆い尽くしていた。
世界はこの国を見捨てた。 こうしてこの国は死の国となったのだった。