【連載小説】マザーレスチルドレン 第九話 最悪の食糧難【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
「ねえマスター食糧難のときってそんなにひどかったの?」
「うん、世界的な大不況が来たかと思うと、翌年には異常気象と家畜病の流行で食料難がきて、世の中からあっという間に食べ物が消えた。そう、いきなり。あっという間にスーパーの棚から食べもんがなくなったんだ」
「へえ」
「あの頃、オレはまだ高校生だったし一番腹減る頃じゃん。部活もやってたし……今思い出してもゾッとする。地獄だった、人間食えないっていうのが一番こたえるな、そこら辺に生えてる草は全部食ったよ。犬や猫も食った。酷いだろ、でも仕方なかったんだ。生きていくためには」
「そうなんだ……ほんとひどいね」
「うん、食べ物がなくなって、食べもん取り合いで略奪や殴り合いもしょっちゅう起こってた」
「……」
「だからさあ、今の方がましなの。確かに今だってろくに仕事もないけど、この街じゃ、飢えてる奴はもういないだろ。今の政府は国民の最低限の生活は保証してくれてる。低所得者にはフードスタンプ。就職難で就労できない若者には支援金、それ以外の失業者や年寄りや病人には失業手当と基本所得保障。
ギリギリの生活だけど飢え死にすることはなくなった」
「そうだね、今のほうがずいぶんましなのかな……」
「そうそう、その頃。前の政府はさ、膨れ上がる失業者対策として何の社会保障もできなかった。いや、やろうともしなかった。その時の政治家たちも今と一緒だ。大企業からの賄賂を受け取って自分たちの私腹を肥やす事だけは熱心だった。一般の国民は仕事もなく、あっても低賃金だ。その安い賃金の半分以上は税金として納めさせてたんだからあの頃から格差が急激に拡がっていって自殺者も一気に増えたんだ」
「うん、でもね。今だって施設で働いててると当たり前のように毎日死んでいくじゃん、入居者がさ。なんの治療も受けることなく。これでいいのかって思うよ。人の一生ってなんなのかなって……本当に今がいいのかな」
「放射性物質か……。今はそれが一番の問題だな。 ハルは毎日死んでいく人見ってからな……。貧乏人は安全な食品なんて高くて食えないし、わかんなくなるよな、確かに。大体誰が原発破壊したかすらわかってないんだぜ」
「うん、国内の組織か、他国のテロリストの仕業か」
「案外今の政府の仕業だっていう陰謀論も出廻ってる」
「シンセカイ党の連中が原発破壊したなんてね。まさかだよね」
「いや案外そうかもしれないぜ。政権とりたくてさ」
「この国の水と食品に混入してる放射性物質はまだ除染できないんだ、土壌も汚染が進んでるし、相変わらず政府はこの件に関して正しい情報を開示しない。大体このネオシティの外の世界がどうなってるのかさえわかんないしね。外側にまだ住んでる人たちは放射能を取り込んで体内で濃縮してしまう生体濃縮が進んでひどい有樣だって聞くよ。まあ、あくまで噂レベルだけど……」
「うーん、かと言って、安全な輸入食品は俺たち貧乏人には高嶺の花だ」
「うん、リカやユウジが大人になる頃って……。どうなってるんだろうな、良くなってるって思う、マスター?」ハルトはマスターに尋ねる。
「そりゃあ……。あいつらは安全世代は健康だしオレたちと違って長生きもできる。でも今後この国の状況が良くなるのは考えにくいな」
「だよね」
「だからアイツらは頑張って勉強してもらって将来はシンセカイ党員になってもらうしかないって思ってるよ、オレもレイコも。本当は嫌なんだけどさ」
「シンセカイ党員かあ……」ハルは天井を見上げた。
突然店内の音楽が止んで静寂が訪れた。
「あれ、最近調子悪いなこのCDプレイヤー」
そういいながらプレイヤーをバンバン叩くマスター。
「止めなよ、ますます壊れちゃうよ」
「いや、これでいつも動き出すんだ。ところでどう、お袋さん見つかりそう?」
「いやあ……。 なかなか難しいよ。ぜんぜん手掛かりが無いから」
「そうねえ、別れてからずいぶん経ってるから……。容姿も変わってるだろうしね。ハルだってもう子供の頃とは全然違ってるだろうからね」
「うん、そだね。最近は母さんについての記憶がだんだん曖昧になってきてるんだ……」
「やっぱり、壁の外側にいると思う?」
「うん、昔あっち側に住んでたからね」
「そか、あっち側じゃあ、確かに探すの難しいな。オレたちは自由に行き来できないからね。政府のやつら勝手にこの街をぐるりと高い壁で囲んじゃって。このネオシティは天井のない監獄って呼ばれてるってさ外国からは」
「母さんはもう死んでいるかもしれないし、もし生きていたとしてもはそんなにこの先長くはないだろうし」
「そんなことないよ! 絶対どっかで生きてるって、きっとお袋さんもハルに会いたがってるよ」
「だといいけど。確かにあっち側から搬入されてくる人はいまだに多いんだよ。だから今の仕事続けてるんだ。いつか母さんが運ばれて来るかもって」
「そうだな……。でもさあ、なんでお袋さん、ハル残していなくなっちゃったんだろうな?」
「……」ハルトは無言で目を伏せる。
「あ、ごめん、ハル。今の発言は取り消す」
「いや、いいよ」
「あの頃はまだこの国も革命の後のどさくさで大変だったもんな、きっとハルのお袋さんもいろいろな事情があって、ハルを安全な児童施設に預けたんだろうな」
「うん……」
しばらくの沈黙の後、マスターがしみじみと話し出した。
「でも部活終わってさあ、すげー腹減っててさ、家まで我慢できなくって。それで帰り道のコンビニでお湯もらって作って食ったカップラーメン。あれが一番かな、うまかった思い出ランキングでいうと」
「マスターまだ言ってんの」二人は爆笑した。