【連載小説】マザーレスチルドレン 第八話 ゼンタイシュギシャ?【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
「ねぇーマァマァー、ユイちゃんちのバースデーケーキすっごくおいしかったねー」
リカが楽しそうにレイコに話しかける。月のない暗い夜道。商店街の店舗は早々とシャッターを閉じている。レイコたち親子三人レイコを真ん中にして手をつなぎ並んで家路を急いでいた。
リカは今年でもう十歳だ。最近は急に生意気になって、何気ない会話をしてるつもりが時々レイコを驚かせる事を言う。
「そうねえ、本当に美味しかったわね」左側のリカの方を向いてレイコが言った。
「リカ、また食べたいよぉー」
「ユージもたべたい! たべたい!」右側で弟のユウジがピョンピョンと跳ねながらつないだレイコの手を振り回す。
ユウジは七歳。まだまだ幼い。可愛いさかりである。
「はいはい、また来年ね。ユイちゃんのお誕生日に食べれるよ」
「えー、一年なんて待てないよー」
「ユージもそんなにまてないー、明日食べたい!」
「もー、二人ともわがまま言うんじゃありません!」
今夜はやけに蒸し暑い。空はどんよりと曇っていた。雨の降り始めの匂いが風に乗ってレイコの鼻先を通り過ぎた。
すっかりナカシマ家に長居してしまった。天気予報は夜半にまとまった雨が降ると言っていた。
───早く帰らないと、雨に降られたら大変だ。一応傘は持ってはきたけど。
放射性物質を多く含んだ雨の中、子供連れで歩くのはまっぴらだった。
「ねー、どうしてユイちゃんのおウチはあんなにおいしいものがあるの?」
「それはねえ、ユイちゃんのパパはシンセカイ党の幹部だからよ」
「ねー、シンセーカイトウってなに? カンブっておいしいの?」ユウジがレイコに向かっていった。
レイコは思わず吹き出してしまった。
「バカだね、ユージは。カンブは食べ物じゃないってばっ!」リカは、ユウジの頭を軽く小突いた。
ユウジは大げさに頭を押させてうずくまった。
「いたいよーー、ママー、リカがなぐったよー」
「かるくやっただけじゃん。いつだってユージは大げさなんだよ」
「んでさぁー、ママ、あんなケーキとか果物とかお肉とかあったじゃん、あれって毒が入ってないの?」
「うん、ユイちゃんちのは大丈夫だよ」
「でもさあ、うちのお店の料理は毒が入ってるんでしょ?」
「そうよ、だから絶対食べちゃダメ、あなた達は安全クッキーと健康ミルクがあるからいいでしょ」
「だって、まずいんだもんアレ。超まずい」
───だから、ユイちゃんちのお誕生日会は行きたくなかったんだ。
レイコは、多分こうなるだろうと思っていた。
「でも、お店のお客さんは食べてるよ、パパのお料理」
「あれはねえ、大人にしか出してないからいいのよ。大人はもう体に毒が入っちゃってるからいいの」
「ずるいよー」
「それにカジさんとかヤマサキ先生が食べるだけだし、いいのよ。あの人たちならどうなっても」
レイコは、言いすぎてしまった事に気づいたがもう遅かった。
「じゃあさー。ハルちゃんもいいの?」
「うーん、そうだねぇ、ハルちゃんには食べてほしくないなぁ、ママも」
「ふーん、でもハルちゃんも食べてるよ。いつだってとってもおいしそうにパパの作ってるから揚げ。お酒も飲んでるよ、うまいうまいって言ってさ」
「うーん……ハルちゃんも、もう子供じゃないから、いいのよ」
───ハルト君は確か十七歳のはず。
シンセカイ党政府が十年前に発令したこども家庭安全育成法の施行前に生まれている。安全クッキーと健康ミルクの提供は受けてない。リカから下の子供たちが安全世代になる。
こども家庭安全育成法が施行された以降に生まれた子供達には政府が汚染されてない安全な食事を保証している。
こども家庭安全育成法とは――
将来のある子供達の生命を守り我々国民の共有財産として大事に後世に命を繋いでいこう。という理念に基づき内閣府で制定された法令でその年に生まれた新生児から授乳時期には母乳は禁止され政府配給の安全な粉ミルク、離乳食が配給された。
離乳食以降も政府が安全な食べ物を継続して提供してくれている。リカとユウジは学校で給食を食べているがそれは質素だが栄養のバランスが考えられ、海外の安全な食材を使用してこども安全給食センターで作られた食事である。こども家庭安全育成法設立以降に生まれた子供は一応安全世代だということになっている。このまま汚染されてない食事をとり続ければ、八十歳くらいまでは生きれるという厚生労働省保険局の試算が発表されている。
「じゃあ、うちもシンセカイ党にはいろうよ!」
「そうな簡単に入れないんだから。だって仕方が無いじゃない、ウチは違うんだから、ユイちゃんちとは」
「ねー、シンセーカイトウっておいしいの?」ユウジがまた聞いた。
「やっぱりバカだね、シンセカイ党はこの国の政権与党だよ」
「リカ、誰からそんな難しい単語教えてもらったの?」
「ユウタ君だよ、こないだ学校で聞いたの」
「もー、ユウタ君と仲良くしないでっていつもいってるじゃないの」
ユウタは、リカと同じクラスの男の子で少し変わった子である。まだ小学四年生なのに大人びた事を話す。
「分かってるよ、そんなに仲良くしてないってば、ただお話しただけ」
「どんな?」
「えーっとねー、ユイちゃんの誕生日会のこと話したら、ユウタ君はユイちゃんちのパパはゼンタイシュギシャなんだから行かないほうがいいって。でそのゼンタイシュギシャのせいで私たちは自由をハクダツされてるって、だからすごい悪い人なんだって。そんな事ないよねママ? だってユイちゃんちのパパもママもすっごく優しかったもん。ぜんぜん悪い人にみえないよ」
「リカ今のお話誰かにした?」レイコは立ち止まってリカの肩に手をおいて聞いた。
「ううん、誰にも話したことないよ、今はじめてママに話したんだよ」
「そう、それはよかった……。だけど。いい? 今度はママの言うこと、ちゃんと聞いて。その話は絶対誰にも言っちゃダメよ! 絶対の絶対よ!」
「どうして?」
「そんなこと言ってると黒服さんに連れていかれるからよ!」