【日米戦争】日米交渉の隠語にみる、日本人の平和への願い
2020年は世界規模で荒れ荒れの幕開けとなりましたね。Twitterでいきなり"第三次世界大戦"が注目ワードとして浮上してきて、ビックリされた方もいるのではないでしょうか? ぼくもびっくりしました。一体何が起きたの? と。
米軍とイランがつくり出した中東の緊迫は、いったん落ち着いたとはいえ、予断を許さない状況です。石油の90%以上を中東に依存する日本にとって、かの地の戦乱はもちろん他人事ではありません。タンカー護衛を目的に派遣される自衛隊の任務遂行と、無事帰国の途を願いたいものです。
何とか平和を維持している日本ですが、この国でもアメリカと戦争したという歴史があります。
当時の外交官たちによって、開戦ギリギリまで、戦争を回避するための和戦交渉が行われた史実はあまり知られていないかもしれません。
外交交渉という性格上、情報が漏れないよう重要語には隠語をあてるなど非常な神経が使われました。この記事では、そこで使用された隠語を紹介し、当時の人々がどのような気持ちで交渉にあたっていたのか、探ってみたいと思います。
「総理」は"伊藤君"「形勢逆転スル」は"子供が生マレル"
本省と在米大使館におけるやり取りでは、次のような隠語を使うよう指示が出されました。
• 三国条約問題⇒ニューヨーク
• 無差別待遇問題:⇒シカゴ
• 中国問題⇒サンフランシスコ
• 駐兵問題ニ関スル米側態度⇒マリ子サン
• ハル四原則⇒七福神ノ懸物
• 総理⇒伊藤君
• 外務大臣⇒伊達君
• 陸軍⇒徳川君
• 海軍⇒前田君
• 日米交渉⇒縁談
• 大統領⇒君子サン
• 国務長官⇒梅子サン
• 国内情勢⇒商売
• 譲歩セズ⇒山ヲ売ラズ
• 形勢逆転スル⇒子供ガ生マレル
(引用:外務省ホームページ)
用語と隠語の関係をみると、単なるつながりを意識しただけでなく、願望や複雑な思いも透けて見えたりします。
"縁談"と隠された「日米交渉」は、必死の思いで和解にこぎつけようとした思いが見え隠れします。「どうか破談にならないでほしい」という願いが込められていたような気がしてなりません。軍部はともかく、政府や省としては、日米戦争は是が非でも避けなければならないという一心で交渉に励んでいましたから。
「総理」が伊藤君、「大統領」が君子サン。これは何を意味するのでしょうか? 当時日本の総理大臣は、近衛文麿という、高貴な出自を持つ人です。伊藤というのは、ひょっとすると初代総理大臣伊藤博文からとったものかもしれません。
日露戦争がはじまる直前、総理大臣として日本の命運を背負った伊藤は、盟友・金子堅太郎を密使として米国へ派遣します。狙いは、早期講和の仲介役として米国を巻き込むこと。金子は米国留学時代、セオドア・ルーズベルト大統領と机を並べる学友でした。
日本が薄氷の勝利で早期講和にこぎつけられたのも、アメリカの仲介があってこそ、と言えるでしょう。そんな当時の日本と伊藤が持っていた勝運を、近衛にも期待した、と読み取れなくもありません。
そして時代が経過し、ときの米国大統領はセオドアの甥っ子であるフランクリン・ルーズベルトになりました。彼には、"君子サン"なる隠語が当てられています。この名前が誰にあたるのか不明ですが、これを「キミコ」と呼ばず、「君子は豹変す」の君子とみなせばどうでしょう? 大統領に君子としての品格と理性を求めた、とするのはうがった見方でしょうか?
ちなみに、伊藤博文の最初の妻の名前は、「梅子」といいます。日本との交渉にあたったハル国務長官の隠語も同じ「梅子」。ここでも伊藤の後光にあやかりたかったのでしょうか?
このように、どのような関連で紐づけられたのか推測するしかないのですが、唯一、由来がはっきりしている隠語があります。それは、「駐兵問題ニ関スル米側態度」に対する「マリ子」です。
日本人の父とアメリカ人の母を持つ混血児
「マリ子」は、実在の人物です。外交官であった寺崎英成の娘・マリコ・テラサキ・ミラーの名前からとられました。
寺崎は日米開戦時、在ワシントン大使館に属する一等書記官でした。彼は外交官でありながら、アメリカ人の妻を持つという"タブー"を犯し、マリコという一女をもうけます。
終戦後、寺崎は宮内省の御用掛を任ぜられ、天皇陛下の通訳官などを担当。昭和天皇とマッカーサーの会談にも数回同席するなど、歴史の一ページにのるような重要な任務もこなしています。
陛下の近侍として仕えた寺崎は、陛下の発せられたお言葉を、公私両方から吸収できる立場にありました。数あるお言葉のなかには、昭和史における重大な証言も含まれます。そのように寺崎がお側に仕え聞き取ったお言葉は、『昭和天皇独白録』としてまとめられ、昭和史の第一級資料として高く評価されています。
戦前、暗雲漂う日米の橋渡しにならんと奔走した寺崎。父みずから、マリコを隠語として使用すると決めた可能性が高いでしょう。その思いは戦争回避、平和への願いだったと推察されます。
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