ジョン・ル・カレ「寒い国から帰ってきたスパイ」
ル・カレが亡くなったので、読んでいなくても誰もがタイトルを知っている代表作について紹介してみる。
冷戦時、イギリス情報部員リーマスは東ベルリンでの諜報活動中に、一人の有力な協力者を壁から脱出させる任務に失敗してしまう。
東ドイツ諜報部の大立者ムントは西側の工作をつぎつぎ挫折に追い込んでおり、いまやイギリスの活動も下火となり、リーマスも本国に呼び戻される。
責任を問われたリーマスは経理部門に廻されるも馴染めず、退職する。
リーマスは、糊口を満たすため職安で紹介されてロンドン場末の貧弱な図書館の整理係となった。やがて同じ職場で司書として働く下級共産党員のリズと親しくなるものの、しだいに酒に溺れて怠惰な日々を送る。
生活の荒む一方のリーマスは、食糧品店の主人を殴って刑務所送りとなるが、出所後に東側スパイ筋の男がスカウトのため接近してきた。
応じたリーマスがまず向かったのはオランダで、ここで情報と金との交換を呑むことになった。
いっぽうリズは、党員の相互訪問という形で思いがけず東ドイツを訪れる。
リーマスが最後にたどり着いたのは予期したソ連ではなく、山中にある東ドイツ諜報機関の施設だった。
リズのことをも含め、すべてはイギリス情報部によって周到に練られたシナリオに基づく作戦だったのだ。
尋問した防諜局長フィードラーに対して、リーマスは漏らす情報の中にフィードラーの上司であるムントが二重スパイであることを密かにほのめかす。
やがて東ドイツ諜報部の二人の確執が始まり、ムントは政府の査問会に召喚されるも反撃に出て、逆にフィードラーを追い詰める。
なんとムントは本物の二重スパイであり、事情も知らずに召喚されたリズを解放し、リーマスとともに逃亡させる。
リーマスとリズは壁にたどり着き、あらかじめムントが用意させた目印に従って登り始めた。やがて追手の銃撃が始まり、壁を超えたリーマスだったが、かれの握るリズの掌にはもはや力はこもっていない。
感想
身体の芯まで寒くなる内容である。大方の読者と同じように、読むまでは、タイトルの寒い国とはとうぜんソ連だと思っていた。
冒頭と最終場面の壁越えは対応しており、基調旋律が二度にわたって繰替えされる。
無駄な記述はなく、子細に読めば、伏線はすべて一点に絞られるのだ。
最後の場面でリーマスのとった行動。共感を覚えるか、それとも・・
冷戦期における東西情報戦の冷酷な実態。紹介の中では触れなかったが、イギリス情報部幹部のスマイリーという人物が登場して、リズの面倒を見たり、二人の逃亡を壁の向こうから見届ける。
冷え冷えとする中に唯一ともる明かりであり、かれの存在で、不快に終わりかねなかった読後感が救われた。
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