生命とは続いていくなかで在り続けるもの〜『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』
宮本常一(民俗学者)と渋沢敬三の出会い、縁もすごいんだけど(それ以前の彼らの存在自体も)
その周囲も、個々だけじゃなくて、ひっくるめて全部が超劇的。
しかもそれがモノホンの日本の近代の歴史なんだから、こういうひとたちがホントにいたんだと知ると、すごい、ホントに凄い。
しかも、彼らひとりひとりがというだけでなく、やはり人という存在は昔(あえて「過去」ではなく)から未来に向かって、間違いなく「つづいていくなかで在りつづける」っていうところを、この年齢になってあらためて実感、痛感させられるというか、見せつけられたというか。
しんどいほうでこれを感じさせられるのは、たとえばマイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』だったりするかもしれない(翻訳は村上春樹氏)。
魂の高貴さだけでなく、やっぱり根底にはすごく人間くさいものがあり、それがしっかり感じられて、だからこそ、その高貴なふるまい、偉業やなんかがうわついてなくて、地に足のついた強烈なリアリティを感じる。
渋沢家三代だけでも映画とか、スペシャルドラマ(12時間ものとかの)になりそう。案外なってたりして。知らないけど。
ドキュメンタリーは、ものによってはとんでもなくショッキングで、うちのめされたり、こわいこともあるから、若いころは好んで読んでこなかったけれど、ようやくおとなの階段をあるていど上ってこれたのか、最近はグイグイとすすんで読むようにしている。
あたりまえだけど、ふつうに生きて生活していたら、その(自分の)人生しか体験もできない、知れないわけで、その点、伝記やドキュメンタリーは他者の経験、時間、人生を部分的であれ、恣意的であれ、体験(疑似であっても)できることはすばらしい。
あと、宮本常一といえばこの一冊。
これももう、立派に名作古典の仲間入りだろう。