昭和きもの愛好会インタビュー3.日本刺繍職人 大久保好江さん
職人になったきっかけ
大久保好江さん
多くの職人さんが、高校卒業かあるいはそれ以前に工房や会社に入り、そこで修行をするという道筋をたどられるのに対し、大久保好江さんの職人になられた経緯は、少し変わっています。
まず、京都芸術短期大学で日本画を学び、それから刺繍を教える団体である「紅会」の研修生になりました。紅会は昭和45年に設立された日本でも有数規模の刺繍教室で、海外にも支部があります。この紅会の寮に住み込み、ほぼ毎日刺繍をするという生活でした。研修生になった当初は住まいと食事は保証されましたが、ほぼ無給の待遇でした。6年目からは技術社員として採用されました。その後は引き続き紅会の仕事をし、現在も大阪支部で師範として刺繍を教えています。
大久保さんの刺繍作品
紅会に入る際も、進路指導の先生から「本当にこの進路でいいんか?」と聞かれたそうですが、大久保さんの決意は固く、住み込みで学ぶという道を選びました。しかし、いきなり刺繍の道にはいらず、先に日本画を学んだことは後に刺繍の下絵描きに大変役立ち、今もずっと役に立っているそうです。こうしたキャリア形成の方向も、これから職人を目指す人々の参考になるかもしれません。
自分の団体をつくる
ビーズ刺繍をする大久保さん
こうして弟子入りから約30年、紅会の仕事を主に刺繍を続けてきた大久保さんですが、2020年8月に「いとへん・ぎん」という団体を作り、個人事業主となりました。
制作に日本刺繍以外の路線を見出すこと、制作の過程で知り合った人々を職人の集団としてまとめるのがその目的でした。
刺繍そのものはそれだけで生計を立てるのは大変ですが、技術のある人が副業として収入を得られるようにしたい、また、介護や子育てで十分時間がとれない人をサポートしたいという思いがありました。今まで学んだことが無駄にならず、収入の足しになるようにしたいとも考えました。
「自分一人だと思っていたものが、職人集団になるとできることも増え、いろいろ見方も変わりました」と大久保さんは言います。「いとへん・ぎん」では日本刺繍に加えて、ビーズ刺繍の作品も制作しています。
職人としての生き方
大久保さんのビーズ刺繍作品
こうして、刺繍職人としての生き方を選んだ大久保さんですが、その方向については思うところがありました。それは、100%完璧に世間と付き合えない人・学校になじまない人や緊張感のある人間関係が苦手な人にも、刺繍は向いているのではないかということです。
「世の中と無理にあわせる必要はありません。世間とうまく付き合えない人には、職人という選択肢もあってもいいと思います。考えようでは私もその一人かもしれません」というのが大久保さんの意見です。
今の日本ではまず会社などに所属し、人の中で生きていくことを求められますが、どうしてもそこから脱落する人が出てきます。オフィスを仕切ったり、後輩をいじめたりする人もいるので、こうした人と戦えない人は残れないのです。そんな人々への救済になるのが、自宅でできる刺繍という技術であるかもしれません。
また、刺繍をするというのは美しいものに触れ、美しいものを制作するということです。それもまた精神に良い影響を与えると思われます。
「美しいものを作り、心おだやかに日々を送る」そんな生活を送ってほしいという大久保さん願いが、今の時代への解決ともなる気がします。
似内惠子(一般社団法人昭和きもの愛好会理事)
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【関連動画】 ビーズ刺繍展での対談動画
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